四章 変革のオフシーズン
第68話 ストーブに火が灯る
MLBにおけるFAの扱いというのは、選手にとって大切なものである。
特にスーパースタークラスの選手であれば、FAによって一気に年俸が上がる。
そしてこのFAの取得方法にも、色々な方法がある。
また改定は何度も行われており、その中の一つが重要なものであった。
通常は満六年を経なければいけないFA権取得だが、このため本来なら開幕から使うべき戦力を、一ヶ月ほどマイナーで過ごさせて、それからメジャーに上げるという戦略さえあった。
これに対して選手会側の要求が通り、五年間の間のロースター入り日数によって、一年間FAになる期間が短縮される。
まさにこれが適応されたのが、アナハイムでは坂本であった。
本当ならばもう少しマイナーに落として、日数を調整するつもりだったのだ。
だが圧倒的なチームの躍進のためには、必要なピースであったのは確かだ。
おかげでFAとなった坂本であるが、これに対してアナハイムは、当然ながら普通に契約の交渉をする。
ただ坂本の代理人は、色々な球団からのアプローチを受けていた。
優勝チームから正捕手を引き抜くということ。
それは一気に投手陣の力を下げることにもつながる。
そしてここに悪魔の囁きでもないが、またセイバーが話を持ってくるのだ。
NPBにおける現在では間違いなく最高のキャッチャー。
キャッチャーはそもそもピッチャーやベンチとの意思疎通が重要なため、単純に優れているだけでは獲得しにくい。
もちろん樋口の経歴自体は、GMであれば知っている。
ただコミュニケーションが取れるかどうか、それが問題なのだ。
純粋に金銭的な話をするなら、樋口の方が安い。
坂本はマイナーから順調に上がり、しっかりと実績を作った。
樋口も実績はあるが、それはNPBでのもの。
キャッチャーのくせに30-30を記録しているのは驚きだが、それよりは高打率が注目点だ。
OPSにしても坂本より、かなり高い。
NPBだから、という理由で甘く見ることは出来なくなっている。
そしてセイバーは樋口の英会話の能力を保証する。
元々樋口は大学卒業後は官僚となって、国家を支える柱石になるはずだったのだ。
その過程において英会話を磨くのは必須であった。
坂本をほしがっているチームはいくつもある。
キャッチャーでありながら機動力もあるというのは、本当に珍しいことなのだ。
その中で一番注目しているのは、メトロズである。
ワールドシリーズにおいては、坂本もしっかり活躍していた。
何より直史と組んだ、日本人ピッチャーを引き抜きたかったというのはある。
メトロズのキャッチャーはベテランではあるが、かなり打撃を重視して起用している。しかしさすがにその打撃部分が落ちてきている。
打撃も優れた坂本を使えば、そこは上手く入れ替えられる。
何よりアナハイムを、もっとも良く知る選手と言えよう。
メトロズにだけは、坂本を渡したくないアナハイム。
今年は他に大きなFA流出はないため、なんなら高額年俸で引き止めることも出来なくはなかった。
だが来年のオフには、流出する戦力が多い。
それに最大の戦力である、直史をどう保持し続けるか。
アナハイムは直史が、三年でMLBから去るつもりなのを知らない。
結局のところ、その直史を活かすために、どちらの方がいいかという話になる。
一年間、坂本はしっかりと直史をリードしてくれた。
トリックスターとしての役割を果たす、いい選手ではあった。
ただFAになった時の年俸を考えると、それに見合った選手であるか。
とにかくメトロズが、全力で取りに来ている。
アナハイムが用意する条件は、単純にそれに及ばない。
これがメトロズ以外のチームなら、アナハイムも早々に引き下がるところなのだ。
「坂本一人にこれだけの金をかけるなら、メトロズは数年間は大きな補強は出来ないのでは?」
メトロズがアナハイムを弱体化させ、そして直史を一番良く知るキャッチャーを得ようとしている。
そしてキャッチャー補強は、メトロズの方針とも間違っていない。
交渉の中でアナハイムは、樋口が西海岸の中でも特に、治安のいい場所のチームを探しているとも聞いた。
アナハイムは金額以上に、住環境などを樋口に提供し、その生活をサポートする。
なんと言っても樋口は、四人も子供がいるのだから。
もっともこのあたりの情報は、セイバーからもたらされたものだ。
あちこちの球団に接触しているが、果たして何を考えているのか。
まさか色々と考えた結果、ほとんどが上手くいっていないなど、思いもつかないだろう。
ただレックスやスターズには、自分の息のかかった人間を、フロントに入れることには成功しているが。
情報収集と分析が、MLBのフロントの仕事である。
印象的なプレイではなく、確実な安定感を。
その視点からすると、樋口ほどに安定したプレイヤーは、NPBでも他にいないというレベルだろう。
首位打者を取っているその打率の高さに、打点やホームランが、日本では重視される。
だがOPSの高さはそれらだけではなく、出塁率も関係しているのだ。
好打者というのは打率、出塁率、長打の三つが備わっている。
しかし樋口はそこに、走塁と勝負強さが加わっているのだ。
勝負強さなどというものは、つまり普段は打たないのではないか。
そう思われるが樋口は、同時にチャンスメーカーでもある。
アナハイムとしては今年、ターナーの飛躍が大きかった。
そして先発三本柱のうち、スターンバックとヴィエラも、来年まではアナハイムにいる。
打線もターナーはまだFAまで四年あり、シュタイナーも契約が残り三年。
メトロズと同じように、連覇が望める戦力だ。
それにメトロズは去年、上杉獲得のために、プロスペクトを多数放出した。
かなりの金をかけなければ、戦力の維持すら難しいであろう。
もっともメトロズのオーナーのコールは、そのかなりの金をかけてしまう人間なのだが。
あと少し、打線に厚みを持たせたかったのは確かだ。
樋口の打力は国際試合などでも、結果を残している。
打率や案打数に比して、打点が多い。
クラッチヒッターだとはNPBでも言われている。
直史が入ったことで、日本人ファンは爆発的に増えた。
坂本はNPBで活躍してからMLBに来た選手ではないので、集客力という点ではあまり高くなかったのだ。
だが樋口はNPBのスタープレイヤーで、アナハイムが今一番重要視すべき、直史とのバッテリーを組んだ経験が長い。
日本人キャッチャーがMLBで成功するためには、まずそのチームのエースに認めてもらう必要があるだろう。
その点で言うなら樋口は、確かにアナハイムに来るべき選手だ。
それなりに高くはなるが、それでもFAの坂本よりはずっと安い。
そんな打算もあって、アナハイムは樋口との、つまりはセイバーとの交渉に臨むのであった。
12月に入ってようやく、直史は日本に帰国した。
アメリカで生まれたため、現段階ではアメリカの国籍も持っている、明史と一緒にである。
田舎の長男の長男。つまりは跡継ぎ。
これにはたいそう家族も喜んで、瑞希の扱いも良いものになっている。
跡継ぎを産むということ。
田舎では本当に、これが大事なのだなと思わされる。
特にほっとしていたのは、直史の母であるらしい。
これでとりあえず親戚からの、面倒な口出しはなくなってくるとのことだ。
思えば真琴は、生まれた時からずっと病院で、なかなか祖父母がこの孫を抱くことも出来なかった。
明史は特に問題もなさそうで、すくすくと育っている。
少しだけ注意しなければいけやすいのは、皮膚がかぶれやすいことか。
だがこれも特に、心配するほどのものではない。
順番的に佐倉家に寄ってから、それから佐藤家にやってくる。
孫を可愛がる祖父母に曽祖父母。
年末年始になれば佐藤家の本家には、親戚もやってくる。
中にはこの集まりを目的に、狩猟で撃った鹿を一頭、丸々持ってくる人間もいたりする。
「鹿肉っておいしいの?」
「美味しいことは美味しいけど、それよりもヘルシー?」
直史としては鹿肉は、食べやすくあっさりとしているものだ。
それだけに味付けには注意が必要なのだが。
なおまだこちらに戻っておらず、東京の恵美理の実家にいる武史は、鹿よりも猪の方が好きである。
猪は野性味の強い豚なので、時期さえ間違わなければ不味くはない。
ただやはり、子供の雌が一番美味いのだとか。
このあたり、平気で動物を捌くのは、瑞希はおろか直史の母でさえ大変で、祖母も手を出さない。
獲物の解体は男の仕事なのだ。
ただし鳥は除く。
せっかく帰ってはきたものの、直史も瑞希も年末年始を穏やかに過ごすため、まだ東京近辺でやらなければいけないことがある。
もうさほどの名残惜しさもないNPBの様子を、ある程度は探っているのだ。
今年はNPBからMLBへ、ポスティング移籍を宣言したのが三人。
レックスから武史に樋口という主力二人と、相変わらず主力が抜けるのを黙ってみているジャガース。
大阪光陰出身の蓮池が、同じくポスティングでMLB挑戦を表明していた。
蓮池は大阪光陰から高卒でドラフト一位で、埼玉ジャガースに入団。
一年目から一軍のローテに入り、その年のパ・リーグの新人王を受賞。
毎年二桁勝利を記録して、名実共にジャガースのエースと言える。
ただ今年のジャガースは、蓮池が必死で貯金を稼ごうと思っても、打線が不調でBクラスのまま終了。
これでも補強が微妙なジャガースに呆れて、ポスティングを申請したらしい。
ジャガースは昔から、選手のFA流出や、ポスティングにも慣用というか無関心なところがある。
もう少し打線の援護があれば、沢村賞の候補に上がってもおかしくなかったのがこの数年の蓮池だ。
それがついに、日本を飛び出した。
直史がそれについて樋口と話し合ったのは、彼がアナハイムとの契約をまとめ、日本に帰ってきてからのことである。
千葉にあるSBC施設で、直史はこの一ヶ月、あまり動かさなかった体を再起動させる。
そしてその練習につき合わせながらも、樋口とは会話をするのだった。
樋口の事件に関しては、直史も呆れるばかりである。
第四子となる次男を誘拐されそうになり、そこから刑事事件化。
それはもちろん誘拐する女が悪いのだが、結婚していながら愛人を囲い、性欲の発散に使っていた樋口にも責任はある。
直史は民事が専門であるが、民事でもそういった男女間のゴタゴタはある。
離婚事案などはたいがい、妻の求めすぎか、夫の任せすぎが原因となるのだ。
完全に玄人さんの、愛人としての関係を持つべきだった。
樋口としてもそのつもりであったのだろうが、女の心境の変化に気づかなかったのは樋口らしくない。
樋口がプロとして結果を残し、完全にスターという認識になったのは、プロ入り後三年目あたりから。
そこから四年もすれば、女は年齢を重ねる。
「男に都合のいい女の中に、男が本当に賢いと思える女はいないからな」
キャッチボールをしながら会話をする二人であるが、さすがに樋口も今回のことは、自分の責任を痛感したらしい。
ただ愛人に対して、済まないという思いは全くない。
契約関係で性欲の解消をさせてもらっていただけで、それなりに金は渡していたのだ。
済まないと思っているのは、妻に対してだ。
自分の行為が愛する者を傷つけた。
なら最初から浮気などするなと言われるかもしれないが、樋口にとってそれは単なる処理であって、浮気ですらない。
直史は本当に、この鬼畜メガネのことはよく理解している。
一歩間違っていれば、刺されていてもおかしくない。
ただこれで、樋口も日本の女は全て切ることになった。
手切れ金などはそれぞれ渡したし、本来なら割り切りの出来る女たちを選んでいたのだ。
「女にとっては年齢を重ねることで、出産や育児のリスクは高まるわけだしな」
「それなら普通に別れて、他の男と結婚すればいいだろうに」
「有名人の恋人というのが捨てられなかったんじゃないか?」
「恋人どころか愛人でしかないのにか?」
「それにお前、子供を産ませる気はなかったんだろ?」
「そりゃあそうだ。誰が不倫をするような女に自分の子供を産ませたいと思う?」
「うちの妹」
「……あれは不倫じゃないだろ」
珍しく一瞬で樋口を論破する直史であった。
直史と樋口が、単に友人と言うには微妙な、性的嗜好までも含めた意思の疎通が出来るのは、間違いなくお互いの性癖の歪みを理解できるからだ。
直史は完全にパートナーへ貞節であることを望み、それに応じる人間と結婚した。
ただし自分自身への、根源的な嫌悪感を持っている。
樋口の場合は過去の己への無力感を、痛烈に感じている。
よって妻が己より先に男を知っていたことを、許容するのに無理をしている。
もしも樋口の妻が、貞操を守ったまま樋口と結ばれていれば、ここまで歪んだ性癖にはならなかったろう。
そもそも普通に生きていれば、交際をして性的な関係を結ぶことは、自然なことではないか。
それを必要以上に、樋口は憎悪してしまう。
ここでは逆に直史は、自分を嫌悪しているからこそ、パートナーには貞節を望んだ。
都合のいい人間を見つけられたのは、本当に運がよかったのだ。
ただ弁護出来るとしたら、樋口にはもう一つのトラウマが存在するからだ。
父の死において、樋口はある意味潔癖症になった。
だからこそ人生のパートナーに対しても、それを求めてしまう。
自分もまた複数の女性と関係することで、自分の考えるひどい男になる。
そうならないと妻を責めてしまいそうで、それが樋口の女好きに見える、実のところの女性嫌悪につながっている。
ちょっと本当に医者に診てもらった方がいいのでは、と直史は思う。
妻の子宮を自分の子供が占拠していることで、ようやく妻を自分の支配下に置くことが出来る。
そう、支配下においたと感じてようやく、樋口は対等と感じられる人間なのだ。明らかに歪んでいる。
その歪みをどうにか理性でコントロールしている結果、多数の女性との関係となっているわけだが。
直史は逆に、自分に対する性嫌悪がかなり強かった。
「そんな調子なら娘に恋人が出来た時とか、ひどいことになるんじゃないか?」
「いや? 娘は娘で独立した人格だから、どういう交際をしようと自由だろ。もちろん変な男に引っかかってほしくないとは思うが」
このあたりは逆に、直史の方が娘への期待と言うか、歪んだ望みは大きい。
結婚するまでするなとは言わないが、将来を共にしてもいいと思える人間と、結ばれてほしい。
想像すると、ちょっと泣いてしまいそうになるのだが。
やはりこちらも歪んでいた。
練習とトレーニングを終えた二人は、風呂の後にサウナへ入る。
ここでは他に会員もいるため、赤裸々な話はしない。
来年の具体的な話を、理路整然と開始するわけだ。
この感情と行動をあっさりと分断するあたり、やはり二人は歪んでいる。
マイナスとマイナスがかけあわさって、プラスになっている珍しい例だ。
年末と年始は、樋口も新潟に戻るらしい。
それは上杉たちも同じで、先日上杉はスターズと新たな契約を結んでいた。
これでおそらく、もう大介と対決することも、直史と対決することもない。
もしも皆が引退したら、その時こそ勝敗も考えず、青空の下でプレイを楽しむことが出来るのではないか。
そんなことを考えたりもする。
アナハイムのあるカリフォルニア州は、他にもトローリーズなど、MLB球団が複数存在する。
ただ同じ州であっても広大なので、一言でまとめることは出来ない。
直史が一年間過ごした限りでは、暮らしやすい街であったと思える。
ただそれは瑞希が生活のフォローをしてくれたのと、特に治安のいい場所に住んでいたからだ。
「多分、同じマンションを紹介されるんじゃないかな?」
「瑞希さんが一緒だと、俺も安心できるな」
しかし樋口は、30歳前で既に、四人の父親なのか。
日本の少子化を阻止するためにも、さらに頑張ってほしいものだ。
妻である美咲も30代後半なのだから、頑張ればあと一人か二人はいける。
ただ子供の多さで言うなら、おそらく大介には負けるだろうが。
つい前年に里紗を産んだばかりの桜が、またも妊娠したという。
しかも今度は双子である。
佐藤家は多産の血統であるのか。
武史のところも既に三人目が生まれているので、あながち間違いとは言えない。
ただこのあたりのことについて言えるのは、どの家庭も経済的に裕福であるということだ。
上杉の家も四人いるし、日本のこの近辺であれば、鬼塚の家も二人はいたはずだ。
「そういえば星のところも二人目生まれてたんだよな」
「一人目はお前の一番目とうちの二番目と同年だったよな」
「聖子ちゃんだっけ。悪い名前じゃないんだけど、星聖子ってすごい芸名っぽいよな」
高校大学と、二人の思い出は共通したものが多い。
「上杉弟のところはどうなんだっけ?」
「ああ……あいつは見合いだったしな」
「すんげーブスとかお嬢様とか?」
「普通に地元の有力者の娘っぽいぞ。ほら、上杉さんはもう神奈川で自分の地盤築いちゃっただろ? だから新潟の方は正也に継がせようかって話で」
「ああ、だからそこそこ年齢離れてたのか」
「七歳差だからうちと同じだな。子供はまだだけど新婚だし」
「まあ男が年上の場合は珍しくないか」
知らないところで世間は動いているのだ。
この一年が特別に忙しかったように、直史は感じている。
実際にMLBの日程は、NPBよりもはるかに大変であった。
単純に試合数が多いのに、レギュラーシーズンの期間はそれほど変わらない。
それだけ休んでいられる期間が短いのだ。
あとは先発の場合、NPBであればあがりの日があったので、移動する必要が少なかった。
特にレックスの場合は、スターズやタイタンズとの対決でも、自宅からの移動となる。
チームは西日本に遠征に行っても、自分は自宅から二軍グラウンドで調整、などという日も多かった。
MLBでは全て選手団に帯同である。
直史は武史の場合、むしろ肉体的なことよりも、その拘束時間に文句が出るのではと思っている。
仕事と生活のどちらが大切なのかとか、仕事に生きようだとか、そういう価値観の話だ。
直史はあくまで、野球は人生での一過程に過ぎない。
あと二年もすれば、普通のサラリーマン的に、弁護士としての仕事をすることになるだろう。
大介などは人生と野球がかなり密接に結びついているが、野球のためだけに生きているわけではない。
そして樋口の場合は、野球に対する考え方は、直史に近い。
武史はその点、野球はあくまでも単なる仕事である。
人生の充実は、その余暇の生活にあると割り切っている。
するとシーズンオフはともかく、シーズン中のMLBの生活は、かなり苦痛になるのではないかと思うのだ。
10連戦や20連戦があり、家に全く戻れないホテル暮らしが続く。
武史がMLBに適応できないとしたら、その点だけが心配である。
来年もまた一月あたりから、大介のフロリダの別荘に集まることになるか。
今度はどれぐらいの人間が集まるか、子供たちも未就学年齢の子は、集まってくるだろう。
ものすごい人数になるが、ある程度多くなると逆に、一人あたりにかかる手間は少なくなる。
またあちらでシッターを雇えば、それでいい。
大介には金があるのだ。
樋口はこれから新潟に帰り、そして正月は実家で過ごす。
もちろん妻の美咲や、子供たちも一緒である。
樋口の実家は普段は母親が一人暮らしなので、たまには騒がしくなってもいいだろう。
年末年始に孫が四人も来れば、さぞやかましいことだ。
そんな話をしていると、本当に終わったのだな、という気分になってくる。
大介との最後の対決を前に、直史は自分が壊れることを覚悟していた。
残りの大介との約束の年月、おそらくそれでは回復しないほどの。
例えばトミージョンなどになっていれば、一年は丸々リハビリとなる。
別れ際に、直史は樋口に聞いておくことを思い出した。
「そういえばセイバーさんとは会ったか?」
「アメリカで契約に同席してもらったけど、それが最後だな。何か気になるのか?」
「いや、気になるというか、あの人が動くと色々となあ」
今年はエキシビションマッチはなかった。もしあったとしても、直史が投げられなかったので、注目度は低くなっていただろうが。
実際のところ直史が投げなければ、またもレックスはアナハイムに勝っていてもおかしくなかった。
セイバーはMLBに渡ってから、その影をあちこちで見かけている。
アナハイムにメトロズと、他にボストンも古巣のはずだ。
悪い影響を与えてくるわけではないが、それでも彼女の動きは、直史たちの未来を左右する。
そう考えている直史は、セイバーが直史と大介に、散々に振り回されていたのを知らない。
「忘年会はもう向こうか。じゃあ早めだがいいお年を」
「ずいぶん早いな。まあいいお年を」
そしてバッテリーは別れる。
来年の活躍を期待するファンは、日本中にいるだろう。
だが未来は、そう完全に定まっているものではないのだ。
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