第67話 最終回

 本格派と技巧派の極致が投げ合う八回の表裏。

 上杉が三者三振で切って捨てると、直史も三振二つを取った後に一つの内野フライであっさりと三者凡退に抑える。

 九回の裏は一番の大介から。

 そこに全てを賭ける。

 アナハイムのブルペンは既に動き始めているが、一応は直史に全てを任せるつもりだ。

 他のピッチャーを使うとしたら、大介は敬遠するだろう。

 その後はメトロズ強力打線を、抑えられるピッチャーがいない。


 一点リードはしている。だが一点だけだ。

 この一点差を追いつかれた瞬間、アナハイムは一気に逆転負けの危機に陥る。

 大介の三打席目は、かなり強烈なヒットであった。

 直史でさえもう、抑えられるかは分からなくなっていると、アナハイムの首脳陣も思っただろう。

 だが全てはまだ、想定の範囲内。

 顔色も変えない直史に、アナハイムのベンチは全てを託す。

 最後の最後で、原始的なエースと主砲の対決を選んでしまうのは、アメリカ人がベースボールを愛しているから。

 そしてその勝負にふさわしい、二人の選手がいるからだ。


 九回の表、アナハイムの最後の攻撃。

 追い込んでから一本ファールを打たれて、上杉の空振り記録が途切れる。

 グリップを余してバットを握り、アナハイムの打線も必死だ。

 もしも延長戦に入れば、この上杉を打たなければいけない。

 ただし首脳陣曰く、昨日の終盤から上杉は、やや制球が落ちている。

 それでもど真ん中に投げて少し散らばれば、スピードだけでバッターは打てない。

 時折チェンジアップを投げると、完全にストレートにタイミングを取っていたバッターは、見事なまでにくるくると回った。


 元より直史は期待してはいない。

 いや、もう既に期待には応えてもらったのだ。

 あとは自分が、それに返すだけだ。

 九回の裏、一点差でメトロズの最後の攻撃。

 先頭打者は一番の大介。

 四打席目の、そしておそらく最後の対決。

 ここまでの勝負を見てきたら、そろそろホームランが出てもおかしくはない。

 直史までもそう思っている。だからこそ限界を超えると決めたのだ。


 体のどこかが壊れることも、覚悟している。

 故障の度合いによっては来年までに、充分治療に専念できる。

 だがもしもより、重大な故障となってしまったら。

 それでも勝ちにいかないという選択はない。

(大介、これが最後かもしれないぞ)

 直史の持つ覚悟は、大介のそれを上回っていた。




 何も注文はつけずに、ベンチは送り出してくれた。

 バッターボックスに立つ大介には、もうどんな音も聞こえていない。

 自分の心臓の、鼓動だけが体を震わせる。

 全身の血管が、ほんのわずかに収縮する。


 音は聞こえないのに、空気の振動は伝わってくる。

 ユニフォームの間から見えるわずかな皮膚が、びりびりとそれを感じている。

 おそらくほとんどの選手が感じない、直史の放つプレッシャー。

 大介はそれをしっかりと感じている。


 直史のピッチングのメカニックは美しい。

 力が全く逃げずに、そのままボールに伝わっている。

 ただどこかで意識的に力を抜けば、チェンジアップになる。

 そういったタイプのチェンジアップなら、大介は打てる。

 だが直史の使う縫い目の空気抵抗を利用したチェンジアップは、リリースまでも全てが同じなので区別がつかない。

 初球に投げられたスルーは、減速せずにゾーン低めに突き刺さる。

 大介はそれに対し、バットも振らなかった。


 ストライク判定だが仕方がない。今のは打ってもホームランにはならない。

 レベルスイングではなく、わずかにアッパースイング気味に。

 カーブは全て無視するか、カットしていく。

 二球目はそのカーブが投げられて、ゾーンは通ったがボール判定。

 このカーブの判定をするだけで、審判の寿命は数十日単位で削れていっているだろう。


 三球目は、アウトローいっぱいのツーシーム。

 直史としてはMAXのスピードで投げ込まれ、坂本はしっかりとミットを流さずにキャッチ。

(ストライクだな)

 あるいはキャッチングの仕方によっては、ボールになったかもしれない。

 これで追い込まれた。

 あとは際どいボールはカットしていくだけだ。




 直史の勝算は、まず大介を追い込んでからとなる。

 ツーストライクを取るまでが、まず大変である。

 単打で大介が満足するとは、直史は思っていない。

 もう九回の裏ともなれば、選択肢は限られてしまっている。

 作り出した状況は直史有利だが、それを作るのも実力のうちだ。


 ストライクとボールの球を、三度投げた。

 大介は一つも振ってこなかった。

 あるいはここで単打で終わっても、四打数の三安打となれば、大介の勝ちと見なす人間もいるかもしれない。

 だが大介は完全に、この勝負の勝利条件からブレていない。

 試合に勝つことが、直史に勝つことだ。

 それは直史と共通の見解だ。

 ヒットを何本打っても、それはお釈迦様の掌の上で、どれだけ暴れるかを競っているに過ぎない。


 しかし直史側には、縛りが一つある。

 大介と勝負して、さらに勝たなければいけない。

 ただ勝利するだけなら、ここで大介を敬遠してしまえばいい。

 シュミットはここまで内野安打一本であるし、その後ろはヒットを打てていない。

 完全に覚醒してしまった直史が投げれば、三振も取れる。

 それなのに勝負だけは避けられない。

 ここがこの二人の、困ったところである。


 敬遠というリスクをあえて背負う選択肢を、取ることが出来ない。

 これだけで本来ならピッチャー有利のバッターとの勝負が、互角かバッター有利にまで変化している。

 それでもなお、大介には確かな勝ち筋など見えてはいない。

 直史のピッチングとは、そういうものなのだ。


 振ってもらったら困る。

 直史の四球目は、ボールカウントを増やすためのもの。

 膝元に沈むカットボールに、大介はぴくりとも動かない。

 当たりにいけばデッドボールになるコース。

 だが大介にそんなつもりはない。

 ユニフォームにかするギリギリまで見極めて、それでも避けない。

 ボール球だ。直史が当ててこないことは分かっていた。


 これでツーツーの並行カウント。

 普通のピッチャーなら、ウイニングショットを決める場面。

 だが直史には、あと一球を準備に使いたい。

 スローカーブを使うのだ。

 外角に、ボール二つほど外れたところ。

 インコースを攻めた後の大介は、そこは振ってこないはず。

 限界まで踏み込んで打てば、レフトにホームランが打てるかもしれないが。

 それは大介の動きを見て決める。


 クイックから投げようとした瞬間、大介の力のベクトルが見える。

 打てる球を打ってしまう予感。

 直史はリリースの瞬間、ボールを完全に抜いた。

 坂本の捕球範囲から、さすがに届かない大暴投。

 もちろん直史がこんなボールを投げるのは、初めてのことである。

 フルカウントで不利になり、そして周囲の見ている側からは、不安にもなっただろう。


 プレッシャーに押されて、ゾーンに投げ込むことが出来ない。

 そう判断されてもおかしくないだろう。

 だが新しいボールを受け取った直史は、ロージンでしっかりと滑らないように準備する。

 どの道外すことは決めていたのだ。あまり期待できないが、大介が今の暴投にノイズを感じてくれたら、それはそれで勝利の確率が上がる。


 次で決める。

 この打席まだ、一度も大介はスイングしていない。

 ただ肉体がわずかに反応しているのは分かる。

 直史の視界には、大介を打ち取るための軌道が見えている。

 細いそれをたどることは、直史にも難しい。

 だが、それで確実に勝てる。




 次が勝負球だな、と大介も感じている。

 フルカウントにした暴投は、何か意味はあるのだろう。

 だがその意味を考えようとすると、直史の思惑に絡め取られる。

 もっと純粋に、もっと自由に。

 強く、遠くへ、ボールを飛ばす。

 結果はたったの一つであるが、そこに至るまでの過程には、多くの技術が集約されている。


 インコースを攻めた後に、スローカーブ。

 本当ならば速い球が来る布石であろう。

 だが大介はもう、そんなことは一切考えない。

 ただ直史を見つめる。音も色もない世界で、たった一つ。

 脈動する意思。それを秘めた肉体。

 魂と魂をぶつけ合う。


 直史は理論型の人間と思われているが、実はバランス型である。

 ただデータや数字に徹するだけであれば、その限界はもっと手前にあったからだ。

 中学時代の話などを聞くと、とにかく投げまくってコントロールを鍛えたという。

 ウエイトなどで効率的に必要な筋肉を鍛えるのが、現在の主流となっている。

 だが投げ込みも一方的に批判されるものでもない。

 投げるための力は、投げることによって身につく。

 特にコントロールはその中でも最大のものだろう。


 根本にあるものが、気合や根性なのだ。

 精神論に偏った指導者は無能だが、精神論を語らない指導者にも限界がある。

 セイバーが秦野を呼んだように、甲子園で優勝するには合理だけでは足りなかったのだ。

 倒れるまで投げるピッチャーに、気合や根性がないわけがない。


 フルカウントから投げてくるボール。これで決めるつもりだろう。

 ここからボールに逃げていく球であっても、直史の球種ならどうにかカット出来る。

 構えた大介に、直史もセットポジションに入る。

 最後の一球。


 ゆっくりと膝が上がった。

 やや左膝を後ろに傾けるような、溜めのあるフォーム。

 いちいちフォームを調整して、それでもコントロールが出来るのだ。

 力を読め。

 ボールに伝わっていく、力を読むのだ。


 プレートを蹴る力は強い。

 後ろに引いた右腕は明らかにスピードボールを投げるためのもの。

 そして肉体全体が、大きく反り返る。

 振り下ろした指先から、ボールが放たれる。


 それは基本にして究極。

 ストレートだ。

 刹那の間に判断した大介の、スイングが始動する。

 ほぼど真ん中のストレートは、大介ならば打てる。

(勝つ!)

 そしてバットは、ボールを捉えた。




 あわよくば、と直史は思っていた。

 そしてそれは、都合のいい願望でもなかったはずだ。

 空振り三振。そちらの方がもちろん、直史の希望に近い。

 だがファールになっていれば、それはそれでもう次に投げる球がなかった。

 そして大介は、予想通りに打ってきた。

 直史の膝と腰ががくんと落ち、胸に痛み、肩と肘に痺れが走る。

 そこまでして投げた全力のストレートを、大介は打った。


 普段のライナー性の打球ではない。

 ピッチャーの頭の上、センターに向けての特大のフライ。

 深めに守っていたセンターが、慌ててそれを追いかける。

 だが大介の打球は、普段のようなライナー性のものではない。


 高く上がったフライが、どこまで伸びていくのか。

 上空の風が、最後には運で勝負を決めるのか。

 だがこの瞬間、完全に風が止んでいた。

 偶然などで、この最高の勝負が左右されないように。

 そして一度はフェンスに背中をつけたセンターが、数歩前に出る。

 そのグラブに、ボールはしっかりと握られた。


 フライアウト。

 ほんのわずかではあるが、絶対的な差。

 それによって、直史は勝利した。

 九回の裏、ワンナウト。

 だが、試合の終わりを、全ての人間が知っていた。




 倒れることもなく、直史は打球の行方を目で追っていた。

 ふとスクリーンを見れば、97マイルの表示が出ている。

 明らかに限界を超えたスピード。

 そう、直史の答えは非常に単純であった。


 遅い球に目を慣らさせて、最後に速いボールで打ち取る。

 そんな当たり前の緩急、大介ならば打って当然だろう。

 だが現実では、大介の打球は詰まったものとなった。

 直史のボールが、ほんの少し大介の予想を上回った。

 これまでに投げた、どんなボールよりも速かった直史のフォーシームストレート。

 基本の基本で、勝負出来る。

 直史はこれを温存していた。

 技術の制御で戦ってきた直史が、最後の切り札として選んだもの。

 それは、純粋にはこれまでと変わらなかっただろう。

 相手の想定外の球を投げることだ。

(それでもフェンスぎりぎりまでか)

 詰まった打球でもなお、あそこまでは飛ぶのか。

 その大介を見れば、すっきりとした顔をしていた。

 敗北の悔しさとか、屈辱とかではない。

 それは実は、まだまだ進む先に、登る山があるということを知った喜び。

 自分の限界は、まだ先にあるということが分かっている。


 勝負は終わった。

 四打数二安打だが、どちらが勝ったのかは、お互いはちゃんと分かっている。

 ベンチに戻っていく大介の背中。

 それをあと、何度見ることが出来るのか。

「サトー」

 声をかけられて、ショートがボールを戻してくる。

 それを受け取った瞬間、直史の体でぷつりと何かが切れた。

「う」

 全身が痺れているが、これはその類のものでもない。

 左の脇腹を抑えて、直史はその場にうずくまる。

 慌てて坂本や、内野陣にベンチからも人が出てくる。

 心臓の鼓動と共に、脇腹には痛みが走っていた。


 覚悟はしていた。

 肩、肘、股関節。

 だが限界がきたのは、こんなところであったのか。

「サトー、大丈夫か?」

「無理だ」

 直史は受け取ったボールを、FMのブライアンに渡す。

「あと二人、よろしく」

「ああ、よくやってくれた」

 直史はゆっくりと立ち上がる。

 そしてマウンドを降りる。


 ベンチに戻った直史に、ブライアンは確認する。

「すぐに病院に行くか?」

「この試合を見届けてから」

「ああ、そうだな」

 痛みが響かないように、直史はゆっくりとベンチに座る。

 しかし肩や肘の故障は覚悟していたが、こんなところが切れてしまうのか。

 どういった症状なのかは分からないが、おそらくこれは致命的なものではない。

 時間をかけて回復すれば、また投げられるだろう。

 来年も、また。

(さて、それで残りはどうなるかな?)

 直史の代わりにマウンドに登ったのは、今年のクローザーを務めていたピアース。

 そしてメトロズはまだ、シュミットからの打順となっている。


 確率的に見れば、まだ試合の勝敗は分からない。

 だがオカルト的な流れを信じるなら、もうその流れが変わることはない。

 大介がアウトになり、直史がマウンドを降りた。

 それでもう、試合の流れは決まったのだ。


 ピアースがその後、二人をしっかりと抑える。

 それを見てから、直史は病院へ向かうこととなった。



 

 チームドクターの診断では、おそらく左脇腹の肉離れではないか、というものであった。

 もちろん精密な検査をするため、病院へは向かう。 

 動かすのも辛いが、どうにかユニフォームは脱いだ。

「しかし大きな優勝の後は、いつもこんな感じだな」

 呆れたように言う大介が、なぜかタクシーには同乗している。

 だが考えれば別におかしなことではないのだ。

 大介は直史の義弟なのだから。


 間違いなく今日の主役であった二人の不在で、インタビューは味気ないものとなるだろう。

 だが氷を当てた直史の脇腹は、確かに赤くなっている。

「こんなところが故障するもんなんだな」

「肩や肘も限界に近いけどな」

 優勝を争った二人が、並んで座っている。

 通訳の若林は助手席で、それを不思議な感覚で見ていた。

 タクシーの運転手は、これがドッキリだろうかとビクビクしていた。


 お互いがお互いにライバル。

 だが同時に友人であり戦友。

 なかなか他の人間が、理解できるような関係ではない。

「で、他の部分は大丈夫なのか?」

「あちこちぎりぎりだな。今日が最後だから、限界まで投げたわけだし」

「シャンパンファイトもなしか」

「ああいうもったいない催しには参加したくない」

 直史らしい感想であった。


 瑞希には連絡し、特に重傷ではないことを伝えた。

 あとはメールの一斉配信で、ひどい怪我でないことを連絡。

 その間にはあちこちから連絡が入っていたが、球団からのメッセージなどは若林が対応。

 大介も連絡をして、ツインズに状況を知らせる。


 そういったことが一通り終わって、二人の間に会話がなくなる。

 若林などの目からすると、今日の二人の対決は、むしろ大介の方が勝っていたのでは、と思えるものであった。

 直史が純粋に、他のバッターでは打てない怪物だったため、結局ランナーとして出ても無駄であったわけだが。

 試合の流れ自体は、ずっとアナハイムが有利に進んでいた。

 もっとも上杉が出てからは、かなり雰囲気が変わったが。


 さほどの時間もかからず、夜間も診てくれる病院に到着。

 簡単な検査の結果、本当に左脇腹の肉離れだと診断される。

 全治にはおよそ一ヶ月。

 それまでは運動は禁止だ。散歩程度ならいいが。

 夜の営みも禁止されて、直史は絶望的な顔をした。




 ポストシーズンの試合も全てが終わり、ワールドチャンピオンが決定した。

 だが各種表彰などは、まだこれから始まる。

 だがとりあえず直史は、ワールドシリーズMVPには選ばれた。

 実績を見れば当たり前である。


 三試合26.3イニングを投げて、打者84人に317球。

 被安打は四本、与四球は一つ。奪三振31個に、無失点。

 三勝0敗。完封が二つ。うち一つはパーフェクト。

 過去にこれだけ圧倒的なパフォーマンスを見せたピッチャーは、おそらくいないであろう。

 ただポストシーズンの試合は全て終わったが、これから先も表彰は残っている。

 それらのことは直史にとって、どうでもいいことだ。


 アナハイムに凱旋した選手たちであるが、直史は病院へ向かった。

 瑞希の元へ、そしてメディカルチェックを受ける。

 一晩を明けた今朝、直史の体はパンパンの筋肉痛になっていた。

 そして医師の診断としては、全身が肉離れ寸前。

 あと五球も全力で投げていれば、本格的に故障していただろう。

 それは肩や肘といった、重要な部分であった可能性も高い。


 故障ということもあって、直史は不在のまま、各種表彰などがされていく。

 まずはゴールドグラブ賞。その年一番の各ポジションの守備で際立った選手に贈られる。

 ゴロを処理する回数の多かった直史は、これに選ばれていた。

 次にはシルバースラッガー賞。

 ピッチャーの直史には無縁の賞であるが、同じチームからはターナーが選ばれていた。

 また数日後、新人王の発表。

 これは当然のように直史、そしてナ・リーグ側では上杉。

 直史はともかく上杉は、移籍以降の二ヶ月で、これに選ばれたことになる。

 ただア・リーグ時代の成績も加味されたのだろう。


 最優秀監督は飛ばして、いよいよサイ・ヤング賞の発表である。

 ア・リーグでは直史が当然のように、満票で選出された。

 そしてナ・リーグでは上杉が選ばれた。

 各種タイトルならばともかく、投票制のサイ・ヤング賞は、ア・リーグ時代の上杉の実績も鑑みたらしい。

 こちらは接戦であったようだが、上杉に何も表彰がないなど、おかしいと思ったものは多かったのだろう。

 他の誰を選んでも、確かに異論は出ていたかもしれない。


 そして最後がMVPだ。

 それぞれのリーグのMVPの他に、オールMLBMVPが設立された。

 候補者は既に、二人だけに絞られていた。

 直史が受賞するか、大介が受賞するか。

 どちらも記録尽くめの選手であったが、話題性は直史が勝ったのか。

 珍しくも投手として、直史がMVPに選出。

 新人王、サイ・ヤング賞、MVP、ワールドシリーズMVPに輝いた、唯一の選手となった。

 去年の大介と同じような感じであるが、やはり最終戦は打たれたものの、中二日での登板。 

 そしてパーフェクトを達成したのが、直接対決では高く評価されたらしい。


 全ての表彰に、直史は欠席した。

 そのつもりになれば出席できる程度の具合ではあったのだが、出ない理由があれば出たくないのが直史だ。

 ただし病院のロビーを借りて、記者会見は行った。

 いつも通りの理性と知性を感じさせる、静かなインタビュー。

 そしてその年の、全ての野球に関することは終わったのだ。




 だが直史自身のことではないが、MLBは大きく動いている。

 以前から聞いていたが、日本では武史がポスティングに出た。

 そろそろ実績に見合った年俸を出すのが、難しくなってきていたのだ。

 国内FAでもいいような気がするが、どうせならアメリカに来れば、シーズンオフにはNBAの試合が見放題だ。

 そんな無茶苦茶な理由で、MLBにやってくるらしい。

 希望している球団は全て、NBAのチームがあるところばかり。

 裏で動いているのは、どうせまたセイバーなのだろう。


 そしてもう一人、樋口のポスティングが発表された。

 確かに樋口もまた、年俸が高騰している選手ではある。

 今年もタイトルを取っているし、ベストナインの常連。

 キャッチャーではなかなかMLBも取らないと思ったし、そもそも行くにしてもFAで日本の他球団だと思っていたのだ。


 これはまた詳細を聞いて、直史は呆れたものである。

 だが確かにそれは仕方がないかな、とも思えるものだ。

 樋口が希望しているのは、エースクラスに日本人ピッチャーがいるところ。

 即ちアナハイムもその候補にはなっている。

 さすがの樋口も、コミュニケーションについては、最初は不安であったのだろうか。


 長い、とてつもなく長い、それでいて短くも感じる一年が終わった。

 新たな戦いの年に向けて、戦士たちの休息は始まる。




   第三章 了



 ※ NL編にて色々な裏事情が明かされるはずです。

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