第64話 覚悟

 アナハイムの打線を焚きつけるのには成功した。

 その翌日、ホテルで目覚めた直史は、体の各所をチェックする。

 疲れは全て取れている気がする。

 調子はいつも通り。つまり、特別良くもない。


 散々に煽っておいたが、本当に完封できるのか。

 それはかなり微妙な話である。

 両チームの先発が発表されたが、さすがにメトロズは上杉に連投はさせなかった。

 メトロズは第二戦で先発したオットー。

 上杉が投げたため、中六日の完全休養後の登板となる。


 アナハイムの打線がどれだけ奮起するかにもよるが、一点か二点は取ってくれるだろう。

 問題はメトロズが、上杉をリリーフで出してくるかどうか。

 出してくるのはほぼ決まりとしても、どのタイミングでどれだけを投げさせるか。

 試合後、坂本はあの煽動の後に、冷静な事実も追加していた。

 最終回の上杉のボールは、コントロールが甘くなっていたのだ。

 球速は落ちていなかったので勘違いしていたが、確かに映像で見ても、甘いところに投げてきている。

 もっともそれは最終回、下位打線であったという事実も関係しているのかもしれないが。


 今日の試合は、パーフェクトはもちろん完封すら難しい。

 そもそも前の試合も、大介の当たりはヒットになっていても、おかしくないものであったのだ。

 ホームランだけは打たれないようにして、実際にホームラン性の打球ではなく、それが偶然に守備陣のグラブの中に入った。

 そういう試合であったと、直史は考えている。


 重要なのは点を取られないことだ。

 たとえヒットを10本打たれても、点を取られなければいいのだ。

 三振を20個奪っても、その間に一本のホームランを打たれていれば、負けることはある。

 だから、完封を目指す。

 大介が塁に出ることは、想定の内としておく。

 そこからホームに帰さないことが重要なのだ。

 

 シュミット、ペレス、シュレンプ。

 もしもまたメトロズが、一番大介をするなら、そのあたりもしっかり抑えなければいけない。

 一発があれば、それでもう試合が決まるかもしれない。

 いや、この試合だけは、どうにかして完封するのだ。ホームランを打たれてはいけない。


 昼になって軽く体を動かしてから、直史は瑞希に電話をかける。

 告げることはそれほど多くない。

「見ていてほしい」

『もちろん見るけど』

「これが、最後になるかもしれないから」

 その直史の言葉に、瑞希は息を飲む。


 直史は三年間、アメリカで投げる。それが予定であった。

 予定であり、約束であった。直史は基本的に約束は破らない。

 それが最後になるかもしれないというのは、それだけの覚悟を直史が決めたということだ。

『私は、見ていればいいの?』

「ああ、見ていてほしい」

 ただ、見ていてほしい。

 ずっと長い間、直史を見てきた瑞希だからこそ、こういう言い方になる。

「別に、本当にどうにかなると決まったわけじゃないけどな」

 直史は本当に、確信があるわけではない。

 ただ自分は限界まで投げるであろうし、その限界まで投げる姿を、瑞希には見ていてほしい。

『分かった』

 瑞希の応える声に、震えはなかった。

『しっかりと見てるから』

「ああ」

 そして直史は通話を終えた。




「おかあさん、どうしたの?」

「なんでもない。……なんでもないのよ」




 夜を待つ。

 直史は食事なども、最低限のものとしていた。

 肉体の使うエネルギーを、とにかく運動だけに集中させたい。

 普段から一試合を終えれば、途中で水分などを補給していても、体重が1kgは減る。

 だが今日の試合は、3kgぐらいは減ることを覚悟する。

 筋肉の繊維がぷちぷちと切れたり、指先の毛細血管が破裂したり。

 そういった肉体へのダメージの、一切を許容して投げ抜いていく。


 来年のスプリングトレーニングまでに、回復していればそれでいい。

 その程度の覚悟では足りないかもしれない。

 命など賭けない。それほど直史は、勝利には固執していない。

 だが選手生命までなら、賭けてもいいぐらいの舞台だ。


 大介との約束を、守らないつもりではない。

 だが大介の、本当に望んでいることは、ただ対決するだけではないと分かっている。

(心残り、とでも言うのかな)

 大介と対決して思うのは、確かに直史に対して、全力で向かってきているということ。

 しかしそこに、負の感情は全く感じない。

 

 戦って、必死になって勝っても、また次にはパワーアップして挑んでくる。

 その勝負は、もちろん楽しいものである。

 試合に勝つためだけなら、敬遠の方がよほど楽だ。

 だが勝負を許されるのは、自分がこれまで積み上げてきた実績のため。

 野球はピッチャー有利のスポーツではあるが、それでもここまでほぼ一方的に勝ってきたのは、もう運の要素が強い。


 大介はホームランばかりを狙ってはいない。

 あの足で塁に出られたら、後続には上手く帰すだけの技術はある。

 上杉と比べると奪三振能力の低い直史は、内野ゴロを打たせることまでは出来るが、内野フライなどで進塁を許さないアウトを取ることは難しい。

 球数を多めに使って、どうにか三振を奪えるかどうかだ。


 この最後の試合は、意識的にボール球も増やしていく。

 150球投げても、もう今年は試合はないのだ。

 限界を超えてもいい。

 壊れないことよりも、大介に勝つこと。

 それが直史から見て、大介にとっては重要なことだと思っている。

 上に、先に、誰かがいること。

 野球で食っていく大介にとっては、必要なモチベーション。

 もしここで直史がいなくなってしまっても、その幻を追いかけるように。


 夜が来る。

 最終決戦の幕が開く。




「ほいほいほい」

 掛け声と共に、その老人は走ってきた。

 メトロズの本拠地、シティ・スタジアム。

 そのバックスクリーンに彼は腰掛けるが、既にもう先客がたくさん集まっている。

 バックスクリーンの上だけではなく、照明の上やフェンスの上。

 数えられない観客が、今か今かと少年のように試合の開始を待っている。


 老人たちの多い中で、際立って若い女性がいた。

 老人は彼女に声をかける。

「早いのう」

「私はここにいるから」

 彼女が振り返った先には、ニューヨークの夜景が広がっている。

「日本からは遠いわい」 

 それでもわざわざやってきたのは、やはり孫の活躍を見るためか。

 ただ、今日の試合ではそれは、見られないかもしれない。


 彼女はずっと待っていた。

 ニューヨークから動く気はなかったので、よく知っているロスアンゼルスにも行っていない。

 最後にはここに戻ってくると思っていた。

 だからずっと、ここで待っていた。


 最近のベースボールは退屈だ、とのたまう老人たちが、目を輝かせたこのシーズン。

 ホームランをガンガンと打って、三振をバンバンと取って、そしてパーフェクトを繰り返す。

 とても派手で分かりやすい。

 あらゆる分析によって、戦力が細分化された現代のベースボールとは、とても思えないものであった。


 孫と同じぐらいの年齢の彼女に、老人は話を続ける。

「もう楽器は演奏せんのか?」

「ええ、今は」

 もう、楽器は必要ない。

 心を表現するために、声を出すことが出来る。

 かつては楽々とやっていた、ただ歌うということ。

 病に冒されて不可能となっていた肉体からも、今はもう自由になっている。

 

 何かを生み出すためでもなく、ただ見たいから見る。

 ひたすら純粋に、試合を楽しむだけになる。

「さあ、勝つのはどっち?」

 その呟きは、生きとし生ける全ての者に、届かない声であった。




 都会の光の中でも、一際大きく輝くスタジアム。

 いよいよ試合が始まろうとしている。

 ベンチ入りした直史は、グラウンドの様子を観察する。

(そういえば)

 ワールドシリーズの開幕戦に国歌斉唱がされたが、もしも生きていたらイリヤは、わざわざ歌いにきただろうか。

 彼女は満足に歌えなくなったと言っていたが、どれぐらいまでなら歌えるのか、直史たちの前にはその限界を聞かせなかった。

 イメージどおりに歌えないことは、彼女にとって死にも等しい。

 だから結局、やはり歌うことはなかったのだろうが。


 イリヤに見せてやりたかったな、と直史は思った。

 そしてかつて、人間なら誰もが考えたであろうことを、また考える。

 人は死ねばどうなるのか。

 肉体は消える。他のものに再構成されていく。

 だがその魂は、記憶は、意識はどうなっていくのか。


 直史の出した結論は、そんなものはないというものであった。

 器をなくした人間は、せいぜいがその意識も周囲に溶けていくだけ。

 来世も死後の世界もないから、だから人間は今の人生を生きるしかない。

 死後のことなどを語るのは、それがあった方がいいと勘違いしているか、その方が都合がいい人間だけだ。

 人は死ねば無になる。

 それでも人は生きていく。


 ただそんな直史でも、もしもと思うことはある。

 もしもこの意識が、人格が、どこかに残っているのだとしたら。

 死んだらイリヤに、この試合の様子を教えてやろうかと。

 実際に説明するのは、瑞希になるだろうが。

 

 死んだ先でも一緒にいたい。 

 直史ははっきり言って、そんな重い男である。

 瑞希は自分を理解してくれているが、自分は瑞希を理解し切れていないと、はっきりと分かっている。

 妻に経済的にはともかく、精神的には甘えている夫。

 だが依存しているわけではない。


 グラウンドを見れば、もう既にほとんどの席は埋まっている。

 立ち見の客まで合わせても、45000人しか入らないスタジアム。

 ただ試合を待つ視線は、それよりもはるかに多い気がする。

 おそらく中継されている電波の先で、今か今かと待っている人々がいるのだろう。


 もはや壊滅したと言われていたMLBのワールドシリーズの中継であるが、去年は前年の倍以上に回復した。

 そして今年は、その劇的な回復であった去年を、さらに倍ほども上回っている。

 アメリカだけではない。日本、韓国、台湾などといった野球大国に、北米圏や中南米、オーストラリア、そしてヨーロッパにまで。

 前の試合の上杉のピッチングは、通信回線をおかしくさせるほど、アメリカ国民を熱狂させた。


 今日の試合は、それに比べれば退屈なものになるだろう。

 直史のピッチングは、三振をどんどんと奪っていくものではない。

 むしろ三球以内に打たせて、それをアウトにしていく。

 今日は組み立てに球数を使っていく予定だが、それでも球数がそれほど多くなることはない。

(それよりは先に、味方に点を取ってもらうことだな)

 メトロズは初回の先頭打者に、大介がいる。

 敗した第五戦と、同じ打順になっているのだ。


 一回のアナハイムの攻撃で、点が取れるか否か。

 それが大きく試合の勝敗に影響してくるだろう。

 野球は点を取れなければ、勝てないスポーツだ。

 MLBは特に、延長をずっと続けて、どうにか試合を決めようとする。

 九回までに試合を決めなければ、さすがに直史もどんどん消耗していく。

 もちろん他の投手陣も全員、今日は投げる覚悟はしている。


 試合が始まる。

 今シーズンの最終戦、ワールドチャンピオンを決める試合が始まる。




 一点を取ってもらえれば勝つ。

 直史の宣言、正確には坂本が訳したものであるが、それをピッチャーに約束させるなど、バッターにとっては屈辱的なものだ。

 だが上杉の前に、一点も取れなかった姿を晒している。

 ここまでの総得点は20点で、総失点は19点。

 六試合を終えてこの点数なのだから、ややロースコアとなっている。

 そもそも直史が二試合投げて、一点も取られていないというのが大きい。

 それを除けばやはり、メトロズの方が得点力は上なのだろう。


 ここまで18イニング、直史はランナーを二人しか出さず、失点をしていない。

 メトロズにとっては直史を打つことは、優勝のための至上命題である。

 アナハイムは逆に、一点でいいと言われて、一点でいいのだと納得する者はいない。

 大介の打球が、偶然にも野手の方向に飛んだだけで、ヒットになってもおかしくないものだったとは分かっているのだ。

 メトロズの先発はオットー。

 悪いピッチャーではないが、本来のアナハイムなら攻略出来ないピッチャーでもない。


 アナハイムの今日も二番に入っているターナーは、先頭打者が必死で粘る様子を見ていた。

 初回の先頭打者としては必要な、その日のピッチャーの調子を探り、あわよくば出塁する。

 その努力は実らなかったが、球数をある程度投げさせたというだけで充分だろう。

(メトロズのキャッチャーはそんなに巧妙なリードをするタイプじゃない)

 現代型のキャッチャーのように、とにかく壁としての能力と、スローイングの能力、そして打撃力に徹している。

 メトロズの方針として、キャッチャーにまで打撃を求めているのだ。


 ターナーは直史や坂本と話して、日本のキャッチャーの役割も聞いている。

 またメジャーからNPBに行って、また戻ってきた人間の話も知っている。

 MLBにおいてはバッターは、まさにピッチャーと対戦している。

 だがNPBでは、キャッチャーとの勝負になるのだと。


 パワーとパワーがないではないが、駆け引きが多い日本の野球。

 キャッチャーのリードに関しては、NPBの方が断然やることは多い。

 あの樋口にしてからが、一年目は途中までスタメンとしては使われなかった。

 もっとも一度使われてしまえば、そこからはずっとスタメンであったが。


 キャッチャーのやるべきことが多すぎて、分析にまで加わっている。

 なので日本のキャッチャーは、なかなか打撃に優れた者が最近は出ていない。

 ただ最近は樋口が首位打者を取っていたりするし、また変わっている傾向にあるのだろう。

 MLBにしても打撃に優れたキャッチャーは、コンバートしてしまうことが多いのだ。


 そんな直史と坂本とのバッテリーで、この試合の注意点などを聞いている。

 試合の展開次第で、選択するべきことは変わる。

 初回の先頭打者に粘られたオットーの思考は、あの二人にとっては読みやすいものだ。

 粘られて気分が悪い時には、自分の一番いいボールで勝負したくなる。

 オットーの場合はこういう時、ストレートを初球に投げてくることが多い。

 最速101マイルのストレート。

 おそらくは外角に投げてくるだろう。

 ターナーはその初球を狙う。

 一撃でしとめなければ、この打席ではもうチャンスは回ってこない。


 ゆっくりとバッターボックスに入ったターナーは、オットーの挙動を観察する。

 ボールを持っていて、ターナーの構えるのを待っている。

 明らかに早く投げたがっている。

 初球を狙うチャンスだ。


 外角へ、速度の乗ったストレート。

 ただ踏み込んだターナーは、それをジャストミートしていた。

 右中間の一番広いところは、役16.7m。

 そのスタンドぎりぎりに、ターナーのボールは入った。

 史上最大の決戦と思われたワールドシリーズ最終戦。

 ソロホームランによる一点という、分かりやすい形で試合は動いたのであった。




 四番の坂本にも、当然ながらこの一回の表に打順は回ってくる。

 ツーアウトであるので、長打を狙っていくべきだろう。

 だが坂本は、積極的なバッティングをしない。

 ホームランの打てるボールがなかった。

 それが消極的になった理由だ。


 坂本としてはこの試合、どういった展開がまずいかは分かっている。

 そしてターナーの一発によって、最悪の状況になることはまず避けることが出来た。

 二点以上取れば、初回で試合は決まるかもしれない。

 だが坂本が打ってもホームランでなければ、もう一点取れるかは微妙なところなのだ。


 直史と話していて恐れたのは、上杉が早いイニングからリリーフに出てきてしまうこと。

 昨日完投したピッチャーを、連投で長く使うことは無茶であるが、上杉ならばやってきてもおかしくない。

 そこから延々とアナハイムが封じられて、そして大介を軸にメトロズが点を取ってくる。

 現実的なところではあるが、この一回の裏にいきなり大介の打順があるので、それで終わってしまう可能性もあったのだ。

 アナハイム打線が復調していて、本当に良かった。

 先頭の粘りから、ターナーは初球の配球を読んで打ったのだから。

 

 この試合の序盤にはせいぜい、アナハイムが一点リードするぐらいが丁度いい。

 中盤にどうにか、二点差ぐらいにしておきたい。

 もしも出来ればそこから、上杉がビハインドで出てきても、直史が一失点以内に抑える。

 2-1でアナハイムの勝利。

 そんなところが一番、都合のいい展開ではと思っていたのだ。


 直史と坂本の間にある、リードは対等の関係だ。

 もっとも最後に投げるボールを決めるのはピッチャーであるが、直史は基本的に、キャッチャーのリードには逆らわないタイプと思われがちである。

 もちろんそんなわけはなく、使える球種が多くてコントロールがいいと、そのコンビネーションは無限になっていく。

 ピッチングのコンビネーションにベストはないが、直史はよりベターに投げることを求めている。

 そこに坂本が提案してくる配球はイレギュラーなものが多い。

 このあたりはもう、キャッチャーのリードの才能と言うよりは、生まれつきの性分といっていいだろう。


 マウンドでの投球練習をいつも通りにふんわりと終わらせて、直史は大介を迎える。

 最初の打者からクライマックス。

 これを上手く抑えたら、試合の流れはかなり楽なものになる。

(あくまでも、ホームラン以外で成功)

 直史はそう割り切っている。


 メトロズとしては昨日、三打数三安打で一ホームランの、地元のスーパースターの登場に大歓声が上がる。

 今年は結局81本という、夢の大台のホームランを打ってしまった。

 以前からMLBは、レギュラーシーズンを短くして、ポストシーズンを多くして盛り上げようとしている流れにある。

 それでもしレギュラーシーズンの試合数が減ったら、大介の記録は永遠に塗り替えられないものになるかもしれない。


 勝負を回避した方が絶対に安全な大介と、必ず勝負をする。

 そんなバカなことをするために、直史はプロの世界に入ってきた。

 敬遠をするという気配を使っていいなら、直史はもっと楽な勝負が出来た。

 大介と、勝負をするという前提で、なおその打撃を封じている。

 他のバッターに比べて、どれだけ特別な存在なのか。


 投球練習を終えて、坂本がマウンドに駆け寄ってきた。

 直史のその日の調子は、投球練習では分かりづらいものがある。

 ただそれでも坂本は、直史が分かりづらく燃えているのを感じる。

 もっともスマートに、大介を打ち取っていけばいいのに。

「どうがか、調子は?」

「悪くはないな」

 今日の試合は、意識して限界を突破する。

 それぐらいのことをしないと、大介には勝てない。

 大介に勝つついでに、ワールドチャンピオンにもなっておこう。

 ほとんど顔見知りの応援がいない直史にとって、やはりMLBで投げるというのは、違和感があるものである。


 ぽんと軽く胸を叩いて、坂本は戻っていく。

 もうここまで来たら、今さらそうそう話すことはないのだ。

 そして大介がバッターボックスに入る。

 ついに来た。

 本当に、こんな試合になってしまった。

 舞台が大きくなり、追い込まれれば追い込まれれるほど、力を発揮する大介。

 最終戦で一点ビハインドと、これ以上はない逆境だ。


 とんでもないプレッシャーがかかるであろうこの場面で、大介は明らかに楽しんでいる。

 直史も楽しんではいるが、それはホラー映画を楽しむようなものだ。

 わずかな気の緩み、あるいはそれさえなくても、大介はホームランを打ってしまう。

 最後の打席の攻略法だけは考えてあるが、それ以外は探りながら投げていくしかない。

(これで、最後だ)

 最後の試合となる。それぐらいのつもりで投げる。

 直史はこの試合で、完全に燃え尽きてもいい。

 それぐらいの気迫をもって、この対決に臨んでいた。

 バッターボックスに大介が入る。

 その顔にははっきりと笑みが浮かんでいる。

 直史はもちろん見たことはないが、空腹の野生の肉食獣などは、こういった笑みを見せるのだろうな、と感じせるひどい笑顔。

(単打までに抑えたら俺の勝ちで、ホームランでさえなければ及第点)

 切り替えた直史は、コンビネーションを頭の中で組み立てていくのであった。




×××




 ※ 最初の打席はこの後にNL編でお楽しみください。

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