第62話 憧憬

 佐藤直史は性格が悪い。

 本人はやや意地が悪いところはあるが、そこまで言われるほどではないと思っている。

 実際に周囲に聞いてみれば、性格が悪いとか、意地が悪いのとは少し違うのではないか、と言う人間が多いだろう。むしろ彼は親切だ。

 瑞希に言わせれば直史は、露悪的な人間である。

 ある意味とてつもない正直者だ。

 正直ではあるが、本音は話さない人間でもある。

 そんな直史は上杉のピッチングをじっと見ている。


 上杉の圧倒的なピッチングにより、アナハイム打線は完全に封じられた。

 まさかバットにかすることすらなく、三者連続三球三振とは。

 ただ上杉は確かにパワーピッチャーであるが、ここまでムキになって投げるのは珍しい。

 単純にバッターを抑えるという以上の意味が、この一回の表のピッチングにはあったのだ。


 ネクストバッターズサークルから戻ってきて、坂本がプロテクターを装着する。

 その坂本に向けて、直史は短く言った。

「セーフティでもなんでもいいから、三振以外でアウトになれよ」

 あまりにもあまりな言葉であるが、坂本は苦笑するだけである。

「また難しいことを」

 下手にバントなどをしてミスれば、指の骨が砕けるかもしれない。

 上杉のストレートは、重いと言われている。


 第六戦のピッチャーはスターンバック。

 第二戦でオットーと投げ合い、勝利してもおかしくない内容であった。

 だが終盤の上杉の降臨。

 出された時点で無条件で、バッターは三人死ぬ。

 ただ上杉も完全に、ヒットまで打たれていないというわけではない。

 ランナーが出てからはギアを上げるので、どちらにしろ得点には結びつかなかったのだが。


 スターンバックをどうリードしようかと、必死で頭を悩ませる坂本の背中を見送り、直史はまたベンチの奥に戻る。

 あるいはこの試合、リードした展開で終盤を迎えれば、直史は投げることすら考えていた。

 朝になればかなり回復していて、短いイニングなら投げられると思ったのだ。

 だがこの展開は、さすがに出番はないだろうと思う。

 そして同時に、こうも思うのだ。

(いいなあ)

 マウンドに立つ、絶対的な安心感。

 味方を鼓舞し、敵を萎縮させる圧倒的なピッチング。

 自分にはないものだ、と直史は思っている。

 人は自分にないものに憧れるもので、それは直史も変わらない。

 人間だもの。

 

 メトロズに立ち向かうスターンバックを見守るが、おそらく六回で三失点以内に抑えれば充分というもの。

 上杉から点は取れないと思う。

 だが上杉も、フルイニングは投げないのではないか。

 今年は少なくとも公式戦では、長くても三イニング。

 体は完全に、リリーフ用、クローザー用に調整されているはずだ。

 先発ローテーションのピッチャーとクローザーとでは肉体の構造が違う。

 統計で勝てばいい先発と、絶対的な力が求められるクローザーでは、根本的に体力のペース配分が違うのだ。

 自分でもクローザーをやったことがある直史には分かることだ。

 もっとも鉄人とさえ言われる上杉が、自分と同じ基準で比べてもいいのかは別だが。


 上杉に完全に抑え込まれた打線が、上杉降板後に打てるとは思えない。

 それは別にいいのだが、明日の第七戦まで打てなくなっていては困る。

 坂本あたりは割り切って、明日もまた打っていくだろうが、他の選手はどう切り替えてはいけないだろう。

 ……坂本にホームラン一本を打ってもらうだけでは、おそらく足りない。


 問題はやはり、上杉をこの試合で、どれだけ削れるかであろう。

 明日の第七戦、まさか先発で連投などをさせないためにも、出来ればフルイニング投げさせたい。

 クローザー型の体になって、ある程度は一日で回復するだろう。

 だがもう一試合を投げきるほどの、体力がフルに回復するとは思えない。

(もうこの時点から、最終戦は始まっているようなもんだな)

 今日は二番にいる大介が、スターンバックのボールを強振する。

 打球はレフトオーバーの長打になった。

 ホームランでなくて良かった、と思う直史である。




 メトロズが一番攻撃的になる初回の攻撃を、どうにか無失点でしのいだスターンバック。

 まだ打線陣に、直史のかけた呪縛が残っていたのかもしれない。

 ただその呪いは、明らかに払拭されていっているだろう。

 上杉のピッチングは、まさに浄化の儀式にも似ていた。


(三振以外のアウトちゅうても)

 バッターボックスに入った、この回の先頭打者である坂本。

(まずは誰か、バットにボールを当てる方がさきじゃろう)

 そうでもしないと流れが完全にメトロズに行ってしまう。

 ただこの考えは、どうにかまず直史のパーフェクトを防ごうとした、大介のものに近い。


 グリップを余した坂本は、トップの位置も浅くする。

 とりあえずは、当てるだけでいい。

 そう思ったところに投げられたアウトローには、手も出なかった。

(どこに来るか分からんぞ)

 坂本はアメリカに来てからも、NPBの様子を完全にシャットアウトしていたわけではない。

 二歳上の上杉のピッチングは、普通に配信された放送で見ていた。


 上杉は無敗のピッチャーではない。

 スターズが弱いということもあるが、どこかで抜いて投げなければ、上杉だけが勝ってもチームが強くならなかった。

 それでも日本での最終年などは、スターズもそこそこ強くなっていたと思うのだが、今年もまた最下位に終わっていた。

 坂本はドライな人間なので理解出来ないが、上杉はチームや地元に対する愛着がある。

 今は弟もスターズにいるので、来年は日本に戻ってプレイするという。

 大介も直史もいないNPBなら、またスターズが強くなるのか。

 そうは思うがMLBで対決しているこの上杉は、これでもまだ全盛期に比べれば、力を落としているのだ。


 二球目は手元で曲がるカットボールで、これまたスイングも出来ない。

 元々スイングするつもりもなく、ボールを見ていくつもりではあったのだが。

 振ったとしても間違いなく空振りしている。

 そして動くボールなのに、101マイルも出ていた。


 上杉のボールは、フォーシームが半分、ツーシームとカッッターが二割ほど、そしてチェンジアップが一割ほど。

 ただスプリットもごく稀に投げてくる。

 チェンジアップが140km/hはあるので、スプリットみたいなものであろうが。

 高速チェンジアップは、バッターの手前でストンと落ちる。

 上杉のスピードボールに目を慣らしていると、その変化に付いていけない。


 まずは、当てるだけでいい。

 坂本はそのあたり、ひどく現実的だ。

(一番速い球か、チェンジアップか)

 そうは思うが、上杉の投げる球はおおよそ分かる。

 わずかに投げる時の、空気が違うのだ。


 これを投げるぞ、打てるもんなら打ってみろ。

 ストレートを投げる時は、そんな気迫を感じさせる。

 それでも打てないのだから、もうどうしようもない。

 直史とは全く真逆の、しかし人外の領域に達したピッチャーだ。


 投げられたストレート。

 坂本のバットに当たって、それが砕け散る。

 いや、感覚としてはそれぐらいのものであったが、実際にはバットは普通に真っ二つに折れていた。

 ボールはファースト前に転がって、そのまま普通にアウト。

 ただどうにかバットには当てて、しかも前に飛ばすことが出来た。

(こりゃあ手が……)

 ミートしなければ、打った方が折れるのではないか。

 そんなことまで思ってしまう上杉のストレートであった。




 三振は取れなかったが、バットを折って内野ゴロというのは、ある意味三振よりも派手なパフォーマンスであった。

 ストレートを投げる雰囲気をぷんぷん出させていたら、それは当てるぐらいは出来る。

 前に飛んだのは完全に偶然であったが。


 バットを回収して、手を振りながらベンチに戻ってくる坂本。

「下手に打つと手が折れるが」

 もはや無理ゲーであるが、大介は今よりもさらに速い球を、ホームランにしていたのだ。

 今時他には使わない材質のバットであるが、それは別としても上杉を打ったバッターはいるのだ。

 ただ、NPB時代もポストシーズンに入れば、クライマックスシリーズではギアを上げて投げていた。

 大介のいるライガースとの、ポストシーズンを大介の五年目まで見たとする。

 するとほとんどの試合を完封勝ちしているのだ。

 直史と違ってコンビネーションを駆使するタイプではないので、パワーを落とすとそれなりに打たれる。

 だが絶対値の大きさには差はない。


 上杉が本気で投げて、それでも負けた試合。

 高校時代まで遡っても、キャッチャーの技術不足で、だいたい全力を出せずに負けるということが多かった。

 樋口がキャッチャーをした最後の夏は、無失点のまま球数制限でマウンドを降りることになった。

 プロ入りしてからは、一年目は無敗であったし、二年目も重要な試合は全て勝っている。

 重要な試合で投げて負けたのは、味方のエラー絡みなどがほとんどだ。

 大介が日本シリーズで初めて上杉に勝ったのは、三年目のこと。

 真田が1-0で完封してくれた時であるが、その時も大介自信は打点を取れていない。


 本気になった上杉を、打てるのはおそらく大介だけだ。

 それでも確実に勝てるなどとは、全くもって言えない。

(この試合で消耗させて、明日の試合に出させない……。可能なのか?)

 直史としては上杉が、連投で先発してきても、全くおかしいとは思わない。

 自分もやってしまったことがあるからだ。

「けどまあ、明日投げてきても、上手く組み合わせたら一点は取れるか」

 坂本がのんびりとそう言って、直史は思わずまじまじと見てしまう。

「上杉さんから点が取れるのか?」

「同じ人間ぜよ」

「いや……それはどうかな……」

 大介と上杉の出力は、ちょっと人間か怪しいところがある。

 ただ坂本が、点が取れるというならその算段はあるのだ。

「どうやって点を取る?」

「あん人を打たんでも、点は取れるがよ」

 発想の転換であった。




 坂本に前に飛ばされてから、上杉は三振にこだわりすぎるのはやめた。

 さすがにそれは、消耗が激しいと思ったからだ。

 ただムービング系で追い込んだら、普通に105マイルを投げてくる。

 それを粘られた時には、チェンジアップで空振りを取っていたが。


 上杉がパーフェクトのまま、大介の二打席目。

 またもランナーがいない状況で、今度はセンターフェンス直撃のツーベース。

 打球がなかなか上に上がらないが、それは贅沢というものだろう。

 そして今度はここから後続が奮起し、メトロズは一点を先制。

 だがまだ一点差である。


 自分が投げている時の相手ベンチは、ちょっと違うのだろうな、と思う直史である。

 直史は確かにパーフェクトを何度も達成しているが、全く打てない球を投げるというわけではない。

 それだけに真綿で首を絞められるような感覚でもあるのだが、アナハイムのベンチは案外、上杉に圧倒されてはいても、雰囲気が絶望的に暗くはなっていない。 

 なんでだろうと考える直史であるが、それは攻守の違いこそあれ、パーフェクトの緊張感には慣れているからだ。


 四回の表、アナハイムの攻撃は、一番からの好打順。

 つまりまだ一人もランナーが出ていない。

 九つのアウトのうち、坂本が転がした一つ以外は全て三振。

 ゴロを打たせるためのムービングに、バットが当たらないのだ。


 レギュラーシーズンの時や、第二戦のクローザーの時よりも、明らかに速くなっている。

 いや、これは速さではないのか。あの時も105マイルは普通に投げていた。

 むしろ今日はムービング系を多くしていて、かろうじてファールになることは多い。

 それでも三回まで、29球で八奪三振。

 普通にパーフェクトでマダックスのペースだが、奪三振がひどいことになっている。


 先頭打者は二巡目であり、スピードにある程度は目が慣れていってもおかしくない。

 ところがそこにスプリットを投げると、もう全く手が出なくなってしまう。

 ようやく二人目の、三振以外のアウトとなったのは、二巡目のターナーであった。

 キャッチャーフライとなって、そしてやはり手が痺れていた。

 ファールで粘ることも難しい。

 上杉の本領発揮と言うべきか、とてつもない記録が生まれようとしている。


 そして四回の裏には、メトロズが追加点。

 二点差はほとんど逆転不可能化とも思える。

「サトーと違ってウエスギは、パワーピッチャーだ。スタミナ配分に問題があるはずだ」

 ブライアンはそう喋るが、それは間違ってないにシロ、上杉の球数は増えていかない。

「まあ、アシがやるしかないが」

 五回の表、先頭の坂本が呟く。




 坂本は、本質的には野球が好きなわけではない。

 勝負をすることが好きなのだ。

 高校時代はピッチャーをやっていたが、今は左利きのキャッチャーという訳の分からないことをしているのは、出来るだけたくさんの試合に出たいから。

 そして勝負に影響を与えるのが一番大きいのは、ローテの先発を除けばキャッチャーであるからだ。


 本質的なことを言うなら、坂本はもっと個人技が必要とされる競技の方が、その素質を活かせたのだろう。

 だが変に群れるのは嫌いだが、皆でワイワイとやるのが好きなので、今も集団競技をしている。

 どうにか上杉を攻略する糸口はある。

 だがこの打席は条件が揃っていない。

(今日は普通に粘って、どうにかスタミナを削らんと)

 そう思ってどうにか、スプリットもストレートも含めて、本日最多の六球を投げさせた。


 マウンドの上の上杉の肉体が、膨らんだ気がした。

(来るか)

 これまでよりも、さらに上のギアがある。

 なんとなくそんな気はしていた。

 その、さすがに一番上であろうギアを使わずに、ここまでパーフェクトをしてきた。

 もはや人間ではないとさえ思えるが、それでもどうにかしてみせよう。


 投げてくるのはストレートだと分かっていた。

 だがリリースした瞬間、ボールが形を失った。

 白い残像が、キャチャーのミットに突き刺さる。

 坂本はスイングさえしていなかった。

(なんちゅう……)

 スピード表示を見れば、107マイル。

 MLBでの上杉の、最高速を更新している。

(つまり……今までまだ、全然本気じゃなかったちゅうがか)

 あまりの衝撃に、さすがに変な笑みが浮かんでしまう坂本である。


 笑みとは攻撃的なものだ、と言われることがある。

 だがこういった、敗者の笑みというのも存在するのだ。

 もしも上杉が本当に、NPB時代まで完治しているなら、その最速は109マイルのはず。

 つまりまだ上があってもおかしくはない。

 これはもう、この試合で攻略するのは不可能だ。

 と言うよりこれを相手にクライマックスシリーズで勝ったライガースは、NPBのルールだからこそ勝てたのだ。

 MLBでは引き分けがない。

 上杉が延々と投げていれば、0-0で引き分けた試合は、多くがスターズの勝った試合となっていたであろう。


 ベンチに引き上げてきた坂本は、清々しい笑顔であった。

「こりゃあ打てんが。あとはどう負けるか」

「107マイルは今年最速だな……」

 げんなりしてくる直史である。

 必死に150km/hオーバーを一試合の中でどれだけ投げるか、考え抜いてきたのが直史である。

 そこに160km/hオーバーどころか、170km/hオーバーを投げてくるとは。

 球速が全てではない、とはよく言われる。

 だが上杉はその球速で、ゾーン内にコントロールしてくるのだ。

 むしろ平均的なピッチャーよりもコントロールははるかにいい。


 坂本相手に投げた一球は、さすがに特別であったらしい。

 だが普通にその後も、フィニッシュには105マイルを投げてきた。

 五回の表が終わって、いまだにランナーは一人も出ず。

 そして三振の数は13にまで増えている。

 坂本に全力ストレートを投げたのは、最初に当てられたことも関係しているのかもしれない。

 当てて喜んでいるのかもしれないが、まだまだ本気を出してはいないぞ、と。

 105マイルまでしか出ていなくて、さすがに前のようには投げられないだろうと、直史でさえ思っていたのだ。

 その時点で既に、もうMLBは甘く見られていたのか。

 それともシーズンを通して投げていく中で、本格的に戻ってきただけなのか。




 これは勝てない。それは分かった。

 あとはもう、本当にどう負けるかだ。

 本来なら奪三振の多いパワーピッチャーは、ノーノーでもパーフェクトをするにでも、そこそこ球数は多くなるはずなのだ。

 しかし上杉はほとんどを、三球三振でしとめている。

 このペースでいくとパーフェクトマダックス達成のみならず、さすがに直史も更新出来ていない、MLBの記録を更新するかもしれない。

 そう、奪三振記録だ。


 MLBにおける一試合の奪三振記録は、20個である。

 直史も球数を増やして上手く組み立てれば、球数が増えるにしても、かなりの三振を奪える。

 オークランド相手にパーフェクトマダックスを達成した時は、球数も77球に抑えて、18個の三振を奪っていた。

 球数の節約と高い奪三振を同時に達成したからこそ、これは奇跡の記録とも呼ばれる。

 だが上杉はこの調子でいれば、それを更新してしまう可能性は高い。


 もっともそのためには、最終回まで投げる必要がある。

 そこまで投げていけば、かなりスタミナを削れると、直史は考えていた。

 だがもし上杉が今まで、完全に手を抜いて投げて、スタミナ的には全く問題がなかったとしたら。


 もちろん体力以外にも、長いイニングを投げる上で、メンタル的な疲労もあるだろう。

 だが上杉に、それを期待していいものだろうか。

(連投はないにしても、ロングリリーフは充分にありうるんじゃないか?)

 故障明けで、ポストシーズンに今季最速を投げてくる。

 そういうピッチャーに、私もなりたい。


 直史が現実逃避したくなるほど、上杉は非常識である。

 常時非常識の直史が、嘆きたくなるほどのものだ。

 そして五回の裏には、ついに大介のホームランが飛び出した。

 本日は三打数三安打で、ホームランも一本。

 残りの打席は勝負する必要はないと思う。


 あと四イニング、アナハイムの攻撃はある。

 だが点を取るのはおろか、ランナーを出すことすら出来るのかどうか。

 これだけ圧倒されてしまうと、直史によるパーフェクトが上書きされてしまう。

 明日の試合は直史が投げて、そして完封するしかないのではないか。

 上杉を連投で先発させる、というのはさすがにないと信じたい。

 しかし直史は大介を、三打席どうにか封じる方法を思いついていない。

 真田のようなサウスポーのスライダーを使えれば、話は別なのだが。


 いっそお遊びでは投げているナックルでも使ってみるか。

 それはピッチングスタイル的に、直史のピッチャーとしての敗北を意味するのだが。

 ただそれより、試合に負ける方がもっと問題だ。

 ナックルでも大介なら打ってきそうではあるが。


 坂本の言っていた、上杉から点を取る手段。

 そんなものが本当にあるのか。

「理論上はあるちゅうたが、実際は厳しいの」

 頼りないことであるが、それも仕方がない。

 上杉の奪三振が加速する。


 六回、ファールを一本打てたバッターはいたが、他は上杉の投げたボール球に、釣られて振ってしまった。

 あれだけスピードがあると外角のボールはまだしも見えやすいため、どうしても振ってしまうのだ。

 スイングの途中で気がついたとしても、もう遅い。

 これでこの回も三者三振。

 奪三振の数はこれで、16個となってしまった。


 MLBの奪三振記録を超えるのは、かなり現実的になってきた。

 点差が三点というのはまだ安全圏ではないため、上杉を交代させる理由はない。

 むしろ試合前は、長いイニングを投げてもらって、それで体力を削ってくれればと、直史は考えていた。

 だが今ではそれは、全く逆であるとすら思える。

 上杉にパーフェクトを、しかも普通ではないパーフェクトをされてしまえば、おそらくアナハイムの打線は明日までには、その機能を回復しない。


 直史が必死で抑えている間に、打線が少しでも復活してくるか。

 そんな試合になってしまえば、大介と勝負するのも難しい。

 どうにか出来ないものかと、直史は考える。

 しかし打撃の面では、自分にはなんの力もない。

 せめて上杉のクセでも見つければ別なのかもと思ったが、上杉のボールは分かっていても打てない。

(本当に勝てるのか?)

 第六戦と第七戦、有利なのはアナハイムだと思っていた。

 だが一人のピッチャーの力が、それを逆転させてしまう。

 これまではずっと、逆転させてしまう側のピッチャーである直史だった。

 しかし今は、それに対抗しなければいけない。


 試合はまだ続いている。

 だがその勝敗はもう分かっていた。

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