第9話 連鎖反応

 日本人は海外で認められて初めて、その真価を認めるという悪癖がある。

 いや、もちろん価値があるとは分かっていたのだが、10億円だと思っていたものが、実は10兆円ぐらいの価値があったものだと。

 いやいや、既にワールドカップにWBCと、派手なことは散々に行っているではないか。

 いやいやいや、それは分かっているものの、それでもまだ理解が足りなかったのだと。


 内閣としては大介と違って、安心して国民栄誉賞を与えられる存在だ、と認識している。

 ただ直史としてはこの時期にそんな話が出ても困るだろう。

「なんで大介にあげてないの?」 

 そんな質問を、直史であればしないであろうが。


 基本的に勲章と違い国民栄誉賞は、内閣の人気取りという要素が強いという。

 実際には国民栄誉賞を出したからといって、内閣の人気が上がったことなどないのだが。

 現状を見るに沢村賞最多受賞の上杉、三冠王最多獲得の大介は、選ばれても全くおかしくない。

 直史の場合はそれにも優るものだが、何分活躍の期間が短いのだ。

 大学野球での不滅の記録、と言うには実は、勝利数や奪三振数で、上回る者が複数いる。

 ただパーフェクトだのマダックスだの、そして何より不敗神話は、直史だけのものである。


 野球殿堂はプロだけではなく、審判や関係者、学生野球の人間も選出される。

 なので直史はおそらく、この時点でその資格は得た。

 MLBの試合で、一度投げただけで伝説となる。

 そんな人間をこそ、スーパースターと呼ぶのだ。

 ちなみに本人の自覚は薄い。




~~~



  【G of G】 佐藤直史専用スレ part792 【大サトー】


102 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 こっちはまだ平和だな


103 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 MLB総合とかえらいことになってるけどな


104 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 もう一晩たってるのにな


105 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 アナハイムはじっくり日本語解説もやってたよなあ


106 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 英語解説途中から壊れて面白かったぞ

 なんかもう数字だけ垂れ流すスピーカーみたいな感じで


107 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 パーフェクトにしてもいつかやるとは思ってたけど、いきなりやるのと球数記録更新するのはさすがに予想してなかった


108 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 この海のリハクの目をもってしても!


109 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 節穴で乙


110 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 まあでも一回ぐらいはするだろうなとは思ってたのは確か


111 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ナオフミストはパーフェクトに慣れている!


112 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 現地はその後どんな感じ?

 前にLA在住のやついただろ


113 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 SNSとかでは大騒ぎになってたけどな


114 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ガーディアンズはロスアンゼルスではなくアナハイムと何度言えば……


115 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ワイ知ってる ガンダム作ってる会社があるんよな


116 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 アナハイムはLAの衛星都市みたいなもんか?


117 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 それほど間違ってはいない

 ただアナハイム本体にも遊園地があったりと、暮らしやすい場所ではある


118 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ニューヨークは去年大騒ぎやったけど、アナハイムはどうなんかな?


119 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 白石の時の例とか考えると市長がイベントしたりするんでないの?


120 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ニューヨークとアナハイムでは違うと思うが

 ただチームとしては何かはするだろうな

 もっとも今年のシーズンが終わってからになるだろうけど


121 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 その頃には忘れられてるような気もする


122 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 今年の一年のトップバッターで持ってくるだろ

 さすがにこれを忘れられることは考えにくい

 AHOOのトピックでもずっと一番上にあったんだぞ


123 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 SNSはいまだにずっと話題にはなってるな


124 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 前の記録が100年以上前っていうのがまたな


125 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いやそうじゃなくて……シーズン終わるまでにはパーフェクトが当たり前になってたりさ

 俺らも大サトーがパーフェクトしても何も驚かないじゃん


126 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 そっちかwww


127 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 なるほどwww

 まあワイら大サトーに調教されてるしな

 麻薬と同じでもっときっついものやないと効果ないんや


128 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 29歳か

 あとどれぐらいの奇跡を見られるんやろな


129 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 あ、そういやもうすぐ大サトーの誕生日やないか


130 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 あ、つーか小サトーの誕生日にパーフェクトしてるやん!


131 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 !!!シュババ!


132 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 日本時間では前日だけどな


133 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 弟へのプレゼントか?

 あるいは檄を飛ばしているとか

 どちらにしろいちいちやることが凄いのな


134 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 500本目のヒットはホームラン、1000本目のヒットもホームラン


135 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いやwwwww

 嫁の誕生日とかにホームランとか?www


136 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 仲いい夫婦よな

 高校時代の選手とマネやったっけ?


137 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 そういや記者会見のときに嫁もいたんかな?


138 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 嫁はマネージャーじゃないぞ

 マネージャーはちゃんと別人

 白い軌跡書いたのが嫁で


139 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 マネージャーはシーナたんだよな?

 アスミンがやってた


140 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 あれ? すると嫁って映画の誰になるの?


141 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 映画ではカットされてる そもそも書籍でもほとんど出てきていない

 まあ下手に出すと自分の旦那との馴れ初めを書くわけだしね


142 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 変にシーナたんと匂わせるから問題なんよな

 普通にシーナたん結婚してしてたやろ

 あの決勝でパスボールして負けたキャッチャーと


143 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 そっちは知らんかった

 wikiに載ってる?


144 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 シーナたんはアスミンが演じてるけど、三部作の三作目には本物のアスミンが出てくるというカオス


145 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 なんか知らんこと色々と出てくるな


146 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 嫁はよくやっとる

 色々と記録残してくれてるから、当時の白富東の様子がよく分かるし


147 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 これでまたアメリカでも本が売れるな


148 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 しかしこのタイミングでコミックの2巻が出るというのも都合がいい


149 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 持ってる(ニヤリ


150 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 知ってるw




~~~




 ド派手に登場したスーパースターは、あちこちから引っ張りだこである。

 ただ本人としては、そういったものには極力距離を置いていた。

 二人目を妊娠した瑞希は、びっくりするほど悪阻などもない。

 しかしまだ安静にしておいた方がいい時期であるし、真琴の世話も直史にかかる比重が大きくなる。


 特殊な職業をしてしまうと、とうしても家庭内の采配は、パートナーに任せるしかなくなる。

 直史はとにかく出張が多くても、娘に顔を忘れられたくはない。

 また今年中には二人目が生まれるのだ。

 今度は男の子がいいかな、などと考えたりはする。


 そんなつもりはなかったが、瑞希の第二子妊娠発覚は、直史が他の誘いを断るのに、ちょうどいいものであった。

 おかげで本職の野球と、家庭内でも家族のことに時間を取れる。

 瑞希はこのタイミングで受けていた、マンガの監修ぐらいは仕事をする。

 そして直史の都合が良ければ、夕方には一緒に散歩などをしたりする。

 真琴はもう歩けるが、基本的にベビーカーも一緒だ。

 疲れたら乗せて、直史が押していく。

 

 街を歩いて買い物などをしたりすると、声をかけられることもある。

 これは日本でもあったことだが、有名人との距離感は、アメリカ社会の方が成熟しているかもしれない。

 とてもカジュアルな感じでサインを求められたりするが、そこに集まってはこない。

 有名人というだけで、人が群がったりはしないのだ。

 もっとも日本でも、東京などは似た空気がある。

 そして東京であっても、リーグ戦の神宮においては、やたらとキャーキャー騒がれたものだ。


「サインを書いてあげる基準を考えた方がいいかもしれない」

 直史はそんなことを呟く。

 まだ一試合だけではあるが、去年の大介の様子を見ていると、サイン攻めというのは起こりうる事態だろう。

 直史は調整のために時間をかけるので、とても全てに対応してはいられない。

 

 プロの仕事というのは、興行である。

 素晴らしいパフォーマンスを見せて、それで観衆を魅了するのも、もちろん一つの仕事だ。

 だがファンサービスもまた、仕事の一つとは言えるだろう。

 しかし直史は別に、野球界の未来のことなど考えていない。

 自分がやりたいことをやるために、チームの慣例をぶっ壊してきた直史。

 ファンの反応がどうなるかなど、正直に言えばどうでもいい。


 そんな直史であるが、普通に子供には優しいと、瑞希は知っている。

 礼儀も常識も知らない子供には、普通に拳骨を食らわせる男でもあるが。

 彼は弁護士のくせに、子供への暴力を絶対悪とは思わない。

 できれば避けたいこと、であるのだ。だがしつけの選択として完全に除外はしない。

 幸いなことに、真琴に対して手を上げたことはない。

 だがいつかは、厳しく言わなくてはいけないこともあるのかな、とは思っている。

 もっとも直史が子供に手を上げるのは、暴力への忌避感が強い瑞希でも、仕方がないかなと思える場面であったりする。

 言っても本当に分からない生き物には、痛みで教えなければどうしようもない。

 そのあたり直史は、現実主義者ではあった。




 このシーズン序盤、アナハイムは六試合をホームで行う。

 そこからはいよいよ、アウェイでの試合になる。

 直史もまた、ミネソタでアウェイでのデビューとなる。

 だがその前に、六連戦の最後、つまり地元での試合で、もう一試合投げることになっている。

 相手はテキサス・レイダース。

 ア・リーグ西地区のチームであり、今後も一番対戦する機会は多い。


 今のア・リーグ西地区は、去年ワールドシリーズにまで進出したヒューストンが、優勝候補となっている。

 チームのコア戦力が出て行くことがなく、ほぼ入れ替え程度のオフに終わり、下のマイナーからもそこそこ育ってきているからだ。

 オークランド・サバイバーズがこの地区では一人負け。

 ただチームの再建期でもあるのだ。


 シアトルとテキサス、この二チームから確実に勝ち星を上げる。

 それが今シーズンのポストシーズン進出を狙う、アナハイムの重要事項だ。

 あとは出来るだけヒューストンとも五分以上の星にはしたい。


 このテキサスとの試合の前日、直史は懐かしい顔と食事のテーブルを囲むことになる。

 白富東時代の後輩であり、NPBからMLBに移籍したという点では、先輩でもある中村アレックス。

 前日にアナハイムに入ったテキサスの彼を、直史は家に招いたのだ。


 高校時代のチームメイトなどとは、プロに進んだ者もそうでないもののも、そこそこオフシーズンに会うことが出来た。

 だがアレクの場合は長期の休みにはブラジルに戻ってしまう。

 まだ直史が大学生であったころは、埼玉のアレクとは少しなら会う機会も作れたろう。

 しかしお互いにあえて積極的な交流は考えなかったため、誰かが何かの用事で二人を呼ばなければ、なかなかその機会自体が作られない。

 それでもこうやって、遠い異国の地で再会することになる。

 思えば遠くへ来たものだ。


「ハ~イ」

 玄関のドアを開けて入ってきたアレクは、のんびりとそんな挨拶をした。




 身長はほぼ190cmでありながら、パワータイプのバッターではないアレク。

 それでも高校時代、通算9本のホームランを甲子園で打っている。

 相変わらず胡散臭いぐらいのニコニコ顔で、買ってきたワインなどを差し出す。

 佐藤家ではあまり、ワインを飲む経験はない。


 NPB時代はパで織田と首位打者や最高出塁のタイトルを争っていてが、その二つのタイトルは、だいたい毎年上位三人には入っていた。

 七年目には埼玉からポスティングでMLBに移籍し、そしてトレードを経てテキサスへ。

 大介とは去年は対戦しなかったが、しっかりと一番バッターとして打っている。

 今のMLBは大砲はいるのだが、しっかりと打率を残すバッターは意外なほど少ない。


 ボール球でも打てるようなら打つ、というのは大介に似ている。

 ただ大介よりもさらに感覚的であり、しかし大介ほどの理不尽さはない。

 あとは大介と違い、長打よりも出塁の意識が高い。

 だいたいMLBでも毎年、200本以上の安打を打っている。

「懐かしいねえ~」

 そう言って料理に舌鼓を打つアレクであるが、この年でまだ独身である。

 それなりに遊んではいるようだが。


 テーブルを囲んで昔話をしても、どこか直史とは牽制するような会話になってしまう。

 やはり違うチームでの対戦というのが、意識の底にあるからだろう。

 むしろ瑞希の方が、アレクとの会話を積極的にした。

 アメリカに渡ってからの生活など、色々と聞きたいことはあったのだ。

 アレクとしてもあんな無茶苦茶なデビューを飾った直史の、調子を見てくるぐらいの打算はある。

 だが直史はあまり顔には出さないが、ご機嫌ではあった。

 こうやって昔の仲間と顔を合わせていると、高校時代を思い出すのだ。


 しかしその記憶の中に、イリヤの姿が散見される。

 それはまた、鈍い痛みとなって、三人の心の中の古傷になっている。

「ナオさんはまた、次の試合もパーフェクトをするのかな?」

 自分たちのチームを相手に、とアレクは言いづらい質問をしてくる。

 ただ試合と交流は、また別の話だ。

 直史にとってアレクは、後輩なのだ。

 目下を基本的に守るという直史は、アレクをボコボコにしてやろうとは思っていない。

 普通にするだけだ。その普通が問題なわけで。


 テキサスとは一応、オープン戦では対戦している。

 だがたったの二試合の対戦で、直史は投げていない。

 高校時代に二年の夏から、本格的な白富東の躍進は始まった。

 一番打者としてみた場合、直史にとって一番厄介なのが、アレクである。

 もっとも当時は、とてつもなく頼もしかったのだが。


 高打率でありながら、MLBでも毎年二桁のホームランを打つアレク。

 直史にとっては下手なフルスイングバッターよりも、よほど警戒が必要な相手だ。

 ただやはり、試合はそれはそれで、別の話なのだが。

「パーフェクトはそうそう狙えないからなあ」

「嘘つきさんだね」

 アレクはニコニコと、笑みを絶やさない。

 その笑顔のままで、ホームランを打っていくのだ。


 総合的に見て、相当に厄介な左打者。

 これを封じることが出来れば、MLBでのおおよそのレベルもしっかりと分かる。

 バッティングスタイル自体は、日本と変わっていない。

 それにほぼ同じ成績が残せるのだから、MLBへの適応力もとんでもない。

 食事は和やかに、懐かしい雰囲気をまとって進んだ。

 知らない相手を真琴が、じっくりと観察している様子ではあったが。

 ただ両親と仲の良さそうなラテン系を、彼女は人見知りはしなかった。


 四連戦で、直史が投げるのは最後の試合。

 戦力的にはほぼ互角とされているテキサスとの前哨戦は、穏やかな夕食の中で展開されていった。

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