第7話 G of G

 最初の一球を投げただけで、ベアーズの基本戦術は分かった。

 待球策である。

(またか~)

 それをやって多くのチームが失敗しているのだが、なぜ周知されないのか。


 アウトローのぎりぎりから、中に一個分ほど入れたカットボール。

 打とうと思えば当てることは出来ただろう。

 しかし完全に見逃して、ストライクのコール。

 やや不機嫌そうな雰囲気になるのを、露骨に感じ取ってしまった。


 想定の範囲内である。

 そしてこれは、どうしようもなくなる七回あたりまでは、おそらく変えてこない作戦だ。

 難しい球は打ちにいかないという、バッティングの基本の一つ。

 ただしそれはピッチャーが、コントロールが悪いことが前提となる。

 ストラックアウトで間違いなく全てを抜ける。

 100回やっても余裕で100回を達成するようなピッチャーであると、その作戦は悪手だと分かるはずだ。


(MLBは……本当にNPBを下に見ているのか?)

 GMレベルであっても、スコアまでしか見ないのか。あるいはここから何か違う展開があるのか。

 それにしても直史が、フォアボールを全く出さずに、高い奪三振率を誇るピッチャーだとは分かるはずなのだが。

 人は己の見たいものしか見ない。

 あるいは目に入っているものを、己の見たいものに変換して見てしまう。


 直史を相手に待球策は無駄である。

 ならば何が有効であるのか。

 直史自身は分かっている。

 作戦を固定してしまわないことだ。


 一つのスタイルに固執してはいけない。

 いまだにランナーが出れば送りバント、というのを思考停止で行うチームはある。

 アマチュアだから仕方がないとか、そんなことは言っていてはいけない。

 とりあえず今の日本は高校野球の段階で、一度壊してしまうべきなのだ。

 旧来のやり方をやめたと言うか、そもそもやってこなかった白富東に、大阪光陰もやっていない。

 もっとも短期決戦に送りバントというのは、ちゃんとした作戦ではあるのだが。


 坂本のサインはあまりにも舐め腐ったものであったが、直史は頷いた。

 こういう時樋口であると、一球目からほんの少し外した球を投げさせるかな、と思ったりしながら。

 現在の女房役にはそこそこ満足しながらも、過去の女房を忘れられない直史である。

(これを打てるなら逆にすごいか)

 直史の投げた球は、ほぼど真ん中のハーフスピード。

 いわゆる単なる置きにきた球。

 それを金縛りにあったように、バッターは見送った。

(どうせ振らんなら、楽にストライク取った方がいいぜよ)

 おちょくるような配球は、まさに坂本の真骨頂だ。


 そして三球目、またもストレート。

 だが今度は速い。もっともメジャーのバッターが打てないスピードではないのだが。

 しかしバットは空を切った。

 思ったよりも伸びた、ほぼど真ん中のストレート。

 球速はまだ、91マイルしか出していなかった。




 しょぼすぎるストレートはチェンジアップとして使えるのか。

 どうやらその答えが出たらしい。

 次の球もそれほど、全力でもなければコースもさほど良くなかった。

 だが空振りが取れたのだ。

(やっぱりキャッチャーは性格が悪くないと通用しないよなあ)

 散々にそういったキャッチャーと組んできた結果、純粋なキャッチャーでも悪の色に染める手段を持った直史である。


 二番打者に対しても、ボール球を投げない。

 早めに作戦変更をするか、それとも徹底してくるか。

(点を取れなくても球数を増やして、交代したリリーフピッチャーを打ち崩すそかいう計画かな?)

 それならそれで、力を抜いた球を投げて、110球なり120球なりを投げればいい。

 ベンチは難色を示すかもしれないが、直史が力を抜いて投げているのは分かるはずだ。

 出来ればさっさと諦めて、普通に勝負してくれた方がいいのだろうが。


 二番も追い込んでから、カーブを使った。

 遅い球の後に速い球ではなく、もっと遅い球。

 バッターボックスの中で泳いで、二番も三振。

 三番も同じ方針かと思ったが、坂本の出したサインは攻撃的。

(色々動いてくると見たか)

 ここで投げるのは魔球ジャイロボール。

 直史が言っているので、スルーとマスコミの間でも浸透しつつある。


 その初球を打ってしまった。

 サード正面のゴロで、事件は起きずにスリーアウト。

 まずは七球で、先攻を終わらせた直史である。




 ピッチングのスタイルが違う。

 ベアーズベンチもそれには気づいていた。

 技巧派のコントロールを駆使したピッチングだったが、今日は違う。

 リードが攻撃的だ。

「サカモトはそういうキャッチャーだが」

 坂本のリードは統計的ではない。

 ハマれば大きな効果が出るが、失投するとそこそこ打たれる。

 そのあたりは直感的であり、データを重ねたジンや樋口と比べると、直史から見ても劣るところになっている。


 一人の人間に全ての能力が備わっているはずもない。

 総合力で言えば樋口の方が上だが、坂本は飛ばすパワーと、勘所でのリードは冴えている。

 一回の裏はアナハイムも無得点で、二回の表がやってくる。

 四番打者からのこの場面、果たして作戦は変えているのか。

(変えてくると思うちゅうがええがよ)

 初球で確かめる坂本のサインに直史は頷いた。


 投げたボールは、ほぼど真ん中。

 だがそこから鋭く下に伸びる。

 90%の確率でゴロになり、100%の確率で差し込まれる。

 そんなボールを振っていって、ファーストへのポンポンとしたゴロ。

(作戦を変えてきたか、それとも打者によって変えてるのか)

 そのあたりはまだ分からないが、ボールをキャッチしたファーストが、ベースを踏んでワンナウト。


 先頭打者を切って、これでまたコンビネーションの範囲が広がる。

(初球、これでいいがか)

(ん~、カーブ試したい)

 坂本のリードは精密さではジンや樋口に及ばないが、MLBではこれでいいらしい。

 実際に直史も、自分である程度は組み立てていく。


 カーブを低めに投げたが、ストライクを取ってもらえなかった。

 一応直史の感覚からでは、そこはストライクゾーンなのだが。

(沈む系の球は取ってもらいにくいかな)

 そう思って今度は、アウトローいっぱいのストレートを投げた。

 これもバッターは見送ったが、今度はストライク。

(低めに沈む球を取ってもらえないと、ゴロを打たせにくいんだが)

 困った直史はまたアウトローに、今度はカットボールを投げる。

 これはスイングしてきて、フォールとなった。


 打つ基準と打たない基準が分からない。

 待球策をまだ続けるのか、それとももう続けないのか。

 ただこれで、追い込んだのは確かなのだ。

(ストレート)

(高めか)

 インハイストレートを打ち上げて、キャッチャーフライ。

 振らなければこれはボール球であった。


 一人のバッターに四球以上使うというのは、あまり直史は好きではない。

 初球でヒットを打たれて、その次のバッターの初球でダブルプレイを奪うほうが、よりその理想には近い。

 六番バッターには二球目のツーシームを打たれたがショートゴロ。

 とりあえずこの回も三人で終わらせることには成功した。




 好投はしているが、とりあえず先に点を取って欲しいな、とも思っている直史である。

 DHによってバッターボックスに入る必要がないため、じっくりと試合を見ていられる。

「あ」

 四番のターナーへのデッドボール。

 エルボーガードで防いではいるが、カーブがすっぽ抜けたらしい。

 避けれなくもないのでは、とも思うがMLBのバッターは打つほうに全てのリソースを振っている。

 デッドボールへの回避は、あまり優れていない。


 ただこれで坂本の前にランナーが出たわけだ。

 キャッチャーとしてはそれなりに打っていて、出塁率よりも長打を期待される坂本。

 確かにボール球でも打っていくあたり、打率は微妙だが悪球打ちとは言える。

 ここでも低めの球を強く叩いて、外野を越えていく。

 比較的四番にしては走れるターナーは、一気にホームに帰ってきた。

 アナハイム・ガーディアンズが先制した。


(勝ったな)

(勝ったな)

(勝ったな)

(勝ったな)

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(勝ったな)

(勝ったな)

(勝ったな)


 遠い海の彼方で、視聴しているナオフミストたちの心が一つとなった。

 さすがにあと七イニングあるので、パーフェクトまでは難しい。

 直史はオープン戦から、徹底して打たせて取るピッチングをしている。

 味方の判断ミスから一点は取られたが、オープン戦終盤の登板では、このベアーズを相手にマダックスを達成している。

 MLBはピッチャーが打席に立つことはないため、デッドボールなどでのアクシデントは考えにくい。

 あとは打球が当たるかどうかだが、直史はフィールディングにも優れている。


 ベアーズの方はまだ、そこまで不安視していない。

 オープン戦とレギュラーシーズンでは、調整の難しさも違う。

 二回の表はクリーンナップということもあって、待球策を徹底していなかった。

 だが七番からは、とにかく球数を投げさせる。


「ットライ!」

「ットライ!」

「ットライ! ッターアウト!」

「ットライ!」

「ットライ!」

「ットライ! ッターアウト!」


 変化球が二つ甘めに入ってストライクとなり、その後の速球で空振り。あるいは逃げるボール球で空振り。

 三球三振が奪えた。

 ラストバッターはやや前向きで、二球目から積極的に振ってくる。

 マウンドの手前でバウンドした球を、ひょいと背伸びして直史はキャッチする。

 そのままファーストに送って、スリーアウトチェンジ。

 まず一巡目はパーフェクトに抑えた。

 佐藤直史にとっては日常的なことである。




 三回の裏に追加の援護点が一点入った。

 これによって直史は、一点までは取られてもいいと、ピッチングのコンビネーションの幅を広げる余地が出てくる。

 四回の表、先頭打者の一番バッターには、ストレートを二球続けて二球目をセカンドフライ。

 二番にはカーブ、スライダー、遅いシンカーと曲がる球で三振。

 三番はおそらくベアーズでも一番の好打者なのだが、フォーシームストレートの後のツーシームでサードゴロ。

 ヒットどころか、外野にさえまともに飛ばない。


 この四回の裏にさらにもう一点取ってもらえて三点差。

「やり放題で投げられるかな」

 直史の言葉に、悪そうな笑みを浮かべる坂本である。


 五回の表の四番には、初球のチェンジアップを打たせて内野ゴロ。

 次はカーブを続けたあとの速球で三振。

 内角を攻めた後に、落ちるボールで三振。

 なんだかアナハイムもすっきり点を取っているので、試合の進行が大変に早い。


 う~ん、とベアーズはおろかアナハイム側のベンチでも、首を捻る者が多くなってきた。

 球数が少ないというか、少なすぎる。

「四球以上投げたのは、一人だけか?」

「そうですね」

 ぼそぼそとベンチの片隅で、首脳陣が会話をする。


 スコアを見ながら、ベンチで休む直史を見る。

 季節柄暑いわけでもないが、汗もかいていない。

 球速は本日は、まだ150km/hが二度出ただけ。

 そのくせ三振の数も多い。

「五回を投げて36球というのは、九回まで投げたらどうなるんだ?」

「ええと、計算機によると……64.8球で最後まで投げる計算になりますね」

「……それはないな」

「ないですね」

 フラグである。


 もちろんもう一つ、重要なことにも気づいている。

 五回が終わった時点で、一人のランナーも出していないのだ。

 つまりパーフェクトをしているのだ。

「今日は……ブルペンはいらないか?」

「いやまだ五回ですから」

 常識が、思考の邪魔をする。

 そして六回のマウンドに、直史は立つ。


(そういえばホームのゲームだから、九回の表で終わらせれば早く帰れるのか)

 九回の裏は、勝っていたなら必要ない。

 つまりそれだけ、使える時間が増えるということ。

 休養に当てるにしても、それ以外のことにしても。

(せっかくホームゲームが続くんだし、出来るだけ一緒にいたいよな)

「よし」

 今更ながらに気合を入れる直史に「肩の力は抜きいや」と声をかける坂本であった。




 六回の表、ベアーズはとにかく待球策を徹底した。

 だが二球目までは好きにストライクが取れるなら、三球目を空振りにする組み立てが出来る。

 あるいは確実に、内野ゴロを打たせるボール。

 ツーシームが有効だ。

「三振は取れなかったか……」

「ですが全員を三球でしとめています」

「まあ……俺があっちのチームなら、やっぱりどうしていいか分からんからな」

 打ちに行っても球数を減らすだけ。

 我慢をしてでも、二球目までは手を出さない。

 しかしそれでは明らかに、直史は手を抜いた変化球を投げる。


 沈むタイプのカーブを取らない審判でも、ど真ん中に入ればさすがにストライクになる。

 カーブはその変化で攻撃する球でもあるが、同時にタイミングを外す球でもある。

「あと三イニング……」

 ピッチングコーチのオリバーは、既に恍惚の域に達しているらしい。

 だが他の首脳陣は、さすがに名状しがたい不安を感じている。


 MLBのクソ長い歴史において、初先発でパーフェクトをやった人間はいない。

 おそらく世界のどこのリーグを見ても、そんな人間はいないだろう。

 そう思っているが、実は直史はほぼそれと同じことをしている。

 下手にパーフェクトを何度もしていると、それ以外のすごい記録に気づかれないらしい。


 ベアーズにしても点が取れないことまでは、覚悟していたかもしれない。

 だが六回に全てのバッターがツーストライクまで待ったというのは、もうほとんど意地になっているのか。

 栄光の陰にあるのは、屈辱である。

 大記録を達成するということは、大記録を達成させてしまうということ。

 記録が全て残る今の時代、この映像も永遠に残ってしまうのか。

 人類が野球を忘れない限り、その可能性は高い。


 七回の表が始まる。

 パーフェクトというだけではなく、それ以外にも色々と記録が出てしまいそうだ。

 ちなみにMLBにおける、一試合の最少球数完投は、58球である。

 さすがにこれを抜けるとは思えない。フラグではない。




 なんとしてでもいいから、とにかく塁に出ろ。

 ベアーズとしては天災としか思えないこの脅威に、どうにか抗おうとする。

 だがここで、MLBの暗黙の了解が一つある。

 ピッチャーがノーヒットを続けている間は、バントヒットを試してはいけないというものだ。

 色々とおかしな暗黙の了解が多いが、直史にとってはこれはプラスに働くのではないか。

 そう思う者も多いかもしれないが、バントヒットを狙ってもらって、それをピッチャーゴロで処理する方が楽だ。

 スリーバント失敗でもすれば、それだけでも楽になる。


 だが、しない。

 メジャーリーガーとしては、それはやってはいけないのだ。

(難儀なことだ)

 野球を軍事の延長として考えたのが、日本の野球界だ。

 それは本当に、軍事教練の一環として、なんとか戦時中の野球の火を消さなかったのだ。

 ただMLBはそうではない。


 七回のマウンドの直史は、一番バッターに対してカーブから入る。

 これを打ってきたのだが、ファールスタンドに入っていった。

 やはり一番は、単純に待球策をしてくるわけではない。

 ちゃんと塁に出ることを、考えて打席に立っている。


 それでも初球のカーブに手を出したのは、失敗であった。

 そこから外に逃げるツーシームでまたファールを打たせて、カウントを稼ぐのに成功する。

 そして決め球は決まっている。


 粘ることも出来ず、スルーを空振りする。

 ここで坂本が後逸すれば大笑いなのだが、MLBのキャッチャーとしての壁の役割は果たす。

(上位打線のおのあたりは、打たせて取るのは難しいな)

 だがどうやらベアーズは、難しい球はカットしていく、というように考えているらしい。

 それでは通用しない。


 難しくても、打てると思えば打たなければいけないのだ。

 無理やりにでもフェアグラウンドに飛ばせば、ポテンと落ちることも、内野の間を抜けることも、あるいはエラーももっと期待出来る。

 もちろんそれは、直史の球数を減らしてしまうことにもあなるのかもしれないが。


 二番にも全く甘い球は投げず、そして追い込んでからは三振も狙える。

 そもそもツーナッシングになってしまえば、際どい球でも振っていくしかない。

 完全にボールになるスライダーやスプリットでも、それを見逃す勇気があるのか。

 カットすればともかく、下手に手打ちになってはフライかゴロ。

 内野であれば確実に処理できる。


 ポップフライをキャッチして、これでツーアウト。

 全くチャンスを見出せないまま、三番にまで回ってくる。

 ランナーを返すのがクリーンナップ。

 だがランナーのいる場面が、一度も回ってこない。

 いや、もう言ってしまうべきだろう。

 一度も回ってこなかったと、過去形で。




 点差自体はそれほど広がっていないので、アナハイムの打線はちゃんと仕事をする。

 ベアーズは先発もリリーフも、もうほとんど諦めている。

 だがこういう時にこそ、ちゃんと試合を終わらせることが重要なのだ。

 四点目が入って、八回の表に突入。


 開幕直後の和やかさが、既にスタジアムからは失われている。

 あるいは、耳が痛くなるほどの静寂。

 ピッチングの合間に、わずかなざわめき。

 直史はそれを遮断して、目の前の四番に集中する。


 集中力。

 あらゆる才能と言われるものの中で、フィジカルから最も遠いのがそれだ。

 自分の肉体を操るために、不要な力みは全て消し去る。

 四番打者を三球三振に打ち取った。


 バッターの呼吸が見える。

 そこから心臓の鼓動を推測する。

 待っているタイミングを外す。

 チェンジアップで内野ゴロに打ち取る。


 三振にこだわるわけではない。

 だが奪うべきときには、三振を奪わなければいけない。

 スピードボールはいらない。

 だが空振りか、見逃しが取れるボールが必要なのだ。

(スライダー)

(逃げていけ)

 ボールを追いかけたバットが空を切る。

 そこにいるのはメジャーリーガーではなく、もう惨めな敗者以外の何者でもない。


 運が悪かったのだ。

 よりにもよって開幕から二戦目で、もっとも調整には手間がかかっていない、

 バイオリズムも安定し、疲労も全くなく、完全にここに合わせて来た。

 オープン戦でカモにされたという記憶も、両者にとって厳しいものであった。

 だが何をどう言おうと、この結果を変えることは出来ない。




「言いますか?」

「いや、やめておいた方がいいだろう」

 九回の表を迎える。

 バッターは七番からで、ベアーズのベンチは首脳陣がゾンビのように動いている。

 代打に誰を出すか、それを考えているのだ。


 七回に11球も投げてしまった。

 あれのせいで、今の球数は65球。

 九回の表のマウンドに立っているのに、65球である。

 基本的には打たせて取っているが、追い込んだら三振も狙う。

 そして奪ってしまう。

「74球……」

 MLBの記録に残っている限り、それがパーフェクトの最少球数である。

 九球で終われば、それに並ぶ。

 語弊があるかもしれないが、ベアーズの協力がなければ、記録は達成できない。

 追い込まれるまで振らなければ、タイ記録が精一杯。


 だが代打の七番は、初球を振っていった。

 ファールボール以外では、この日初めての外野への打球。

 だからそれはむしろ、讃えられるべきことだったのか。

 ライトフライでワンナウトとなる。


 あと七球で、二人をアウトに出来るのか。

 やってほしい。

 見たい者は多いだろう。

 自分が見たい。

 技巧派というものの、真価を。

 統計に隠れてしまわない、本物の芸術を。

 今ここで、目の前で見せてほしい。


 八番バッターを三振に取って、これで69球。

 ラストバッターに代打は出るが、その素振りはタイミングがまるでバラバラだ。

 沈黙が観客に課せられた。

 静寂の中で、直史は投げる。

 ボール球を三球。

 それを呆気なく、バッターは空振りした。

 ボールとバットの間には、30cm以上の開きがあった。


 審判が粘ついた自分の喉から、ようやく声を出す。

 ゲームセット。

 九回27人12奪三振72球。被安打0の四死球0の無失策。

 パーフェクトゲーム達成。


 そして彼は、やっぱりここでも伝説になった。

 伝説の目撃者は、これを長く語り継ぐことになった。



 

 Guardian of Guardians

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