第4話 ヤンデレ彼女は味を覚えてほしい

「だから、その友一君には、その……私の味を、しっかり覚えてほしいんです!」

 熟したりんごみたいな真っ赤な顔で。

 恥ずかしそうに、でもまっすぐな声で。


 ……味?

「……え、味って、その、どういう?」

「え、その、味って言うのは、その……取りあえず、こっち来てください!」

 そう言って、僕の腕を取って、歩き出す。


 えっと、その……意外と、積極的、なのかな?


 ☆


 放課後の学校はほとんど人の気配がない。

 図書館に負けず劣らずの静かな空間。


「ハァ、ハァ……その、友一君。私の味って言うのは、その……です」

 静かな学校の、静かな廊下の袋小路で、恥ずかしそうに舌をチロチロさせながら、泉美がそう呟く。


 声は小さくて、消えてしまいそうで、よく聞き取れなかったけど、唇の動きとか、表情とか、なんか……そう言うのの知識とかで、何となく考えていた、泉美が言いたいことが確信に変わった。


 分かったと同時にバクバクと心臓がものすごい勢いで動き始めるのがわかる。

 凄く、緊張して、心臓が喉から飛び出るくらい緊張して。


 飛び出そうな心臓を抑えるために、大きく息を吸って、泉美の肩を柔らかく抱く。


「ぴえっ!?」という驚いたような声が聞こえる。


「あ、あのさ、泉美。その、僕も初めてだから、その……うまくできるかわからないけど……」

「……え?」


 ドキドキ震える体を、沸騰しそうなくらい頭を顔を冷やして、落ち着かせて。

 目を瞑って、華奢で柔らかい肩を抱いて、そのまま、泉美の唇に……

「ペケです、ダメです、バッテンです!」


 ……近づけた顔をバッテンのポーズをした泉美に跳ね返された。


「……え、違うの?」


「いや、その、違うってことはないんだけど、その、嬉しいけど、でも、まだ、その、き、キスは早いっていうか、だって、まだ付き合って1日目だし、もうちょっと心の準備がいるっていうか……その、だから、ダメです!」

 真っ赤な顔でわちゃわちゃしながら、恥ずかしそうに大きく頭の上にバッテンを作る泉美。


 正直めちゃくちゃ可愛いから、僕もわちゃわちゃしたくなったけど、泉美に嫌がられそうだからグッと我慢する。


 ……キスじゃないなら、何なのだろう?


「えっと、そのキスはまだ、ダメなんで……その、これです!」

 泉美は、ずっとわちゃわちゃしながら、カバンのポケットから白い四角いふわふわしたものを取り出す。


「……脱脂綿?」

「……そうです。私がくちゅくちゅするので……その、友一君には私のくちゅくちゅした脱脂綿を受け取ってほしいんです」

 上目遣いで、懇願するような、泣きそうな目で僕を見つめてくる。


「……どういうこと?」

「……私の唾液を、脱脂綿にくちゅくちゅして染みこませるので、友一君もそれをくちゅくちゅして欲しいんです。その、私の味を……ちゃんと覚えてほしいんです」

 相変わらず泣きそうな目で、泣きそうな顔で。


 ……正直、言ってることはよくわからないけど、でもなんか楽しそうだし、泉美が可愛いし。


「わかった、僕もくちゅくちゅする」

 僕の言葉に泉美の顔がパッと輝く。その顔の方が可愛い。


「ありがとう、ございます。それじゃあ、くちゅくちゅ、しますね」

 そう言って、小さい口を開けて、ポイっと脱脂綿を放り込む。


 クチュクチュという水音ともに、泉美が顔をしかめる。


「大丈夫、泉美?」


「大丈夫、です……ちょっと味がなくて、もちゃもちゃするだけだから、だから大丈夫」


「もちゃもちゃ? なにそれ、可愛い」

「もう、そんなこと言わないでください、恥ずかしいです……」


 恥ずかしそうに、もちゃもちゃくちゅくちゅする泉美を眺める。

 顔を赤くして、ほっぺをむにゅむにゅしてて、何というか、もうすごく可愛い。


 良かった、今日勇気出して。

 勇気出して、告白して良かった。


「よし、このくらいでいいかな……ん」

 しばらく、くちゅくちゅし続けた泉美は、脱脂綿の端っこを咥えて、ん、と口を突き出す。


「……えっと」

「あの、取ってください。口で、取ってください……ん」

 そう言って、赤い顔をさらに赤くしながら、口を突き出す泉美。


「……わかった、取るね」


「あ、唇つけちゃダメですよ、その……キスになっちゃいますから」

「わかってる……僕は別にいいけど」


「私が、まだ良くないんです!」

 そう釘をさされたので、気を付けて、顔を近づける。


 お互いの鼓動や温度がわかるような、息がかかってしまうような距離。


「……ちょっと、顔逸らさないでよ。取れないよ」

「……だって、そんな見つめられると恥ずかしいです。顔、真っ赤になってしまいます」


「……見せてよ、泉美の顔。泉美の真っ赤な顔」

 プイ、っと顔を逸らして答える泉美のほっぺをを抱いて、その顔を見つめる


 イチゴみたいな、トマトみたいな、今日一番の真っ赤な顔。


「ふふふ、泉美可愛い。顔真っ赤で、ほっぺあったかくて、あかちゃんみたい。」

「……友一君だって、真っ赤で、あかちゃんみたいです……恥ずかしいので早く取ってください……ん」

 恥ずかしそうに目を瞑る。


「目閉じたら、キスしちゃうかも」

「……もう、友一君!」


「ハハハ、ごめん、ごめん……それじゃあ、取るね……ん」

「ん……ん」

 差し出された端にカプっと噛みつく。


 クチュっという水音と、パカっと開けた泉美の口からこぼれる雫をみながら、脱脂綿を口に運ぶ。


 くちゅくちゅ噛むと、しっとりした綿の触感と、甘くて酸っぱい泉美の味。

 僕の唾液とも混ざり合って、甘く溶けていく。


「その、私の味……どうですか?」


「甘くて、酸っぱくて……美味しいよ」


「……本当ですか? 私の味、わかりますか?」

「うん、わかる。もう覚えたよ、泉美の味」


「えへへ……恥ずかしいけど、良かったです」

 にっこり微笑むと、泉美は恥ずかし気に、それでどこか満足げに答える。


 しばらく泉美の味を感じていると、もじもじしながら、服の裾を掴まれる。

「その……今度は私に下さい……その、私も友一君の味、知りたいですから」

 上目づかいで、ねだるように。


「ふふふ、わかった。しっかり、受け取ってよね」

 泉美と同じように口の端に脱脂綿を咥える。


 恥ずかしそうに目を瞑って、顔を近づけてくる。


「目閉じてたらどこあるかわかんないよ?」

「……さっきみたいにほっぺ持ってください」

「ふふふ、わかった」


 言われたとおりにほっぺを持つ。

 さっきより温かい体温が伝わって。


「泉美すごく温かい。真っ赤な湯たんぽだ。夜寝る時使おうかな?」


「……本当に友一君は変態さんです……そう言うのはもうちょっと経ってからです……その、からかってないで早く私の口に持ってきてください」


「ふふふ、キスしていいってこと?」


「……そうじゃないです! もう!」


「ふふふ、ごめん……それじゃあ、いれるよ」

「……うん、優しくね」

 餌を待つ雛鳥のように口をあんぐり開けた泉美の口に、僕の唾液をしっとり吸った脱脂綿を入れる。


「……友一君の、ちょっとしょっぱいです……でも、好きな味、です」

 脱脂綿をくちゅくちゅして、笑顔でそう答える。


 ……しょっぱいってなんだ? とは思ったけど、まあいいや。

 泉美も幸せそうだし、僕はなんだか……ちょっと照れくさいし。


 しばらく満足そうに、幸せそうに噛み続けてた泉美だったけど、急にハッとしたような顔であたふたし始める。


「大丈夫、泉美?」

「あ、ごめんなさい、友一君……その、もう一回くちゅくちゅしてくれませんか? そのこれ、用意してて……」

 そう言ってバッグから取り出したのは……ジップロック?


「その……これに友一君の味と、匂い保存したいんですけど……ダメですか? 今も、幸せな味、口に広がってますし……」

 もじもじしながら、名残惜しそうに脱脂綿を咥えた口を僕の方に出してくる。


「ねえ、そろそろ目、開けてよ」

「……無理です……友一君とこんな距離で見つめあったら、どうなるかわかんないです……」


「どうなっても僕がいるから大丈夫! ほら、ほら」

「……ちょっとだけですからね」

 恥ずかしそうに目を開けた泉美と目が合う。

 少しうるんだ大きな黒い目をこれまでにない距離で見えて。


「はは、やっぱり可愛い」

「もう、早く取ってください……ふふふ、友一君の目、すごくかっこいいですよ」


「ふふっ、ありがと……ふふふっ、ちょっとやばいかも」

「ふふっ、どういうこと?」


「ふふふっ、ごめん……ん」

「……ん」

 お互いの目を近くで見て、照れくさくなって、脱脂綿を抜き取ってくちゃくちゃする。


 さっきより柔らかくなって、より味がわかりやすくて、泉美と僕の二人の味がして。

「ふふふっ、なんだか、口の中でキスしてるみたい」

「もう、本当にどう言う事、それ……ふふふっ」


 なんだか、照れちゃって、変に笑い合う事しかできなかった。

 泉美の甘い味はしっかり味わえたけど。



「それじゃあ、このジップロックの中にペッしてください」

 しばらくたって、落ち着いた泉美が、僕の顔の近くにジップロックを持ってくる。

 言われた通り、グチャグチャでもちゃもちゃになったジップロックをそこにペッとする。


「ふふふ、友一君の味と匂い、これで永久保存です……ふふふっ、友一君の匂い、本当に落ち着きます」

 ジップロックを抱きしめながら、脱脂綿の匂いを嗅いで恍惚の表情を浮かべる。

 ……


 ……


「……泉美、ちょっとこっち見て」

「え、どうしたん……うわっ!」

 匂いを嗅いでいた泉美の手を強引に取って、ギュッと、抱きしめる。


「……どどどどうしたんですか、急に?」

「……別に。本物がいるのにな、って思っただけだし」


 小さな笑い声とともに、体に感じる感触が大きくなる。

「……さっきの友一君はかっこよかったですけど、脱脂綿に嫉妬する友一君はかっこよくないです」

「別に嫉妬してないし。事実言っただけだし」


「ふふふ、そう言う事にしといてあげます……友一君の匂い、やっぱり落ち着きます。大好きな匂いです」

 ピタッと体を密着させ、ほっぺを摺り寄せて熱っぽい声で。


「僕も泉美の匂い好きだよ……甘くて、安心する匂い。大好き」


「ありがとうございます……今日のお出かけ、プレゼント交換しませんか? その、二人付き合った記念、みたいな?」


「いいよ。交換しよ、お互いの好き」


「えへへ、嬉しいです……あの、もう少しこのままでいいですか……?」

「ふふふっ、もちろん」

「えへへ、ありがとうございます」

 ギュッと体を寄せてくる泉美を、僕はもっと強く、優しく抱き留めた。







《あとがき》

 高松宮記念、あの馬場なのでヨカヨカちゃんが無事に走れてたらどうなったか、タラレバはダメですが、考えてしまいます。

 もちろん、スプリンターズSも。


 今回、結構長いです、ごめんなさい。シャニマスは透が好きです。


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