第2話 やっぱりちゃんと告白したい

 静かな図書室。

 テスト期間にはいっぱいになるこの場所も、今みたいな中途半端な時期にはほとんど人が来ず、静かな時間が流れている。


 人も来ないので、カウンターで松山さんと横並びになって本を読む。

 静かで、地味だけど、大切で楽しい時間。


「その、つかぬことをお聞きしてもよろしいですか?」

「ふふふ、どうしたの、そんなにあらたまって?」

 よくわからない、ものすごい丁寧語で聞いてくる松山さんに思わず笑いそうになる。

 そう言えば、友達になってからずっと敬語だな、松山さん。


「いえ、その、プライベートなことだと思うので……その、池江君の好きな人って誰なんですか?」

「……話聞いてたんだ」


「あ、はい、ごめんなさい。そのもしよかったら、聞かせてもらいたいなって、思いまして……」

「え、ちょっと、それは、その……」

 そんな話、松山さんに出来るわけない。だって、君が好きなんだから。



「ごめんなさい、デリカシーとかなくて。私、友達全然いないから、こういう会話したことなくて……だから、ごめんなさい。その、言いたく、ないですよね」

 そっぽを向いて答えない僕にまたシュンとなった松山さんが、申し訳なさそうに呟く。


「だ、大丈夫だよ、大丈夫。そ、そうだ、松山さんは好きな人とかいるの……なんて、ははは」

 勇気が出ない僕が悪いから、この空気を吹っ飛ばそうとしたけど、それも変な感じになって渇いた笑いが出る。

 絶対悪手じゃよ、これは……


「……好きな人います」

「……え?」

「……私も好きな人、います。私も、言えま、せんけど……」

 顔を真っ赤にして、俯きながらそう答える松山さん。


 予想外というか、答えてくれると思っていなかったから、どうすればいいかわからず、沈黙の時間が流れる。

 カチカチ、という時計の音が聞こえて他には音がしなくて。


 ……もしかして、今がチャンス?

 そういう話してたし、松山さんも好きな人いるって……もしかして今告白するのが正解、なのかな?


 ……ていうか考えてもダメだ。

 どうせ、どんな時でも理由つけて、逃げて、結局告白できないんだから。

 じゃあ、もう今、告白するんだ。


 もし、好きな人が違って、もし、派手にフラれて、もし図書委員会として居づらくなっても……でも気持ち伝えないよりはマシなのかな……ううん、違う気持ち伝えないとダメだ。


 読んでいた本をパタンと閉じる。

 パンパンとほっぺを叩いて、気合を入れて、大きく息を吸い込んで。


「……松山さん、ちょっとこっち向いてくれる?」

「どどど、どうしたんですか池江君?」

 目を丸くして、驚いたように振り向く松山さん。


 ……覚悟、決めないとね。


「あのさ、松山さん。さっき好きな人気になるって言ってたよね? その、それなら……僕の好きな人、言っていい?」

「……え、あ……はい、わかり、ました……」

 松山さんの返事と同時に、もう一度僕は息を吸い込む。


「あのね、松山さん。僕の好きな人は「ちょっと待ってください!」

 言おうとした瞬間に、止められる。


「あ、その、私が言います、当てます、その池江君の、好きな、人……その、こ……すから、か……だから、私が言います!」

 僕の言葉を遮った松山さんは、あたふたしながら、そう言う。


 ……もしかして、逆告白ってやつ? 本当に? 


 赤い顔で、目線を泳がせながら、松山さんは言う。

「その、池江君の好きな人って……皇さん、ですよね?」


「……え?」

「……だって、池江君、皇さんとすごく仲いいし、それに話してると楽しそうだし、それに、それに……だから、その、池江君は皇さんの事が、好き、なんですよね?」

 どこか悲しそうな表情で、どこか寂しそうな表情で。


「……だからさ、応援、するよ……その、ライバルは多いと思うけど……でも池江君頑張って、ね!」

 でも、笑顔で。

 でも、作ったような笑顔で。

 何かを我慢するような、何かをこらえるような笑顔で。



「……好きなのは君だよ」

「……え?」

 目を丸くして、信じられないというような、驚いたような表情で。

 でも、これが本心だから。

 僕の気持ちだから。



「……僕は君が好き。松山さん、あなたの事が好きです」

 なけなしの勇気を振り絞って、言葉にできない文字を紡いで。


「え、嘘、違う、そんな、え、嘘、違う、違う、私なんか池江君に……」

「違くない、僕は本当に君の事が好き」


「違う、違う、本当に、だって私だもん、池江君が⋯⋯違う、違う、嘘⋯⋯」

「違くない、全然違くない! 好きだよ、本当に好き! 僕は松や……泉美の事が本当に好き! 大好き!」

 涙をこらえるように震える泉美の肩を抱く。

 自分の気持ちを伝えるために。

 君に気持ちを伝えるために、紡いで、ほだして、言葉にして。


「……急に名前で呼ぶなんてずるいです……本当に、池江君は私の事、好き……なんですか?」


「うん、本当。君の事が好き。好きなことに一生懸命なところとか、キレイ好きなところも、笑顔がかわいいところとか、意外と大食いなところとか……全部全部好き。泉美の事が好き」


「……でも、私、可愛くない、ですよ? 池江君と、釣り合いませんよ? 友達も全然いないし、クラスでも、浮いてるし、ポンコツだし、弱虫、だし、何もできないし……その……絶対に、迷惑かけちゃい、ます。池江君の……迷惑に、なっちゃい……ます」


「ならないよ、迷惑なんてしない。僕は泉美のいいところいっぱい知ってるし、苦手なところも含めて全部好きだよ。それに泉美は可愛いし。もし釣り合わないっていうような奴がいたらぶっ飛ばしてやる!」


「でも、でも……嬉しい、けど、でも……」

「でもじゃない。本当に好きだから。僕は泉美のためなら、何でもできるよ」


「……何でもですか?」

「うん、何でも」

 泉美の耳がぴくっと動く。


 伏せていた顔を上げて、沸騰しそうな泣き顔で。

「その、池江君……私の、ためにないて……くれますか?」

 うるんだ瞳で、震える肩で。

 華奢すぎて、壊れてしまいそうな声で。


「当然だよ。君が悲しい時も、寂しい時も辛い時も、もちろん楽しい時も……君の隣にずっと隣で泣いたり笑ったりしたいんだ」

「……え?」


 ……素っ頓狂な声が聞こえてきた。

 こぼれる涙を無視するように、まん丸な目で僕の方を見つめて。


「その、そう言う事じゃ、ない、です……」

「……え?」

 僕も思わず困惑の声が出る。

 ……え、違うの?


 泉美はもじもじしながら。

 言葉を出そうにも、出せないみたいに震えながら。

「その、えっと……えい」


 ギュッと体を乗り出した泉美は僕のネクタイをグイっと引っ張った……!


「……え、ちょっと何!?」

 お互いの息がかかる距離で。

 まっすぐと見つめ合って。


「……鳴いて、ください」

「……え?」

「私のために犬みたいにワンワンって……私以外の女の子は見ないって、私が好きだって、私がいいって……だから、鳴いてください……!」

 うるんだ瞳で、上目遣いで僕の方をまっすぐ見上げる。



「……どういうこと?」

「……怖いんです」

 僕の方を見あげたまま、小さく口を開く。


「……怖い?」

「……怖いんです。池江君が、他の女の子のところに行く、のが、他の女の子に、とられるのが……だから、鳴いてください。私と、ずっと、一緒に、いるって、私以外ダメだって……そのために……!」

 俯いた顔から、ぽつりぽつりと涙が落ちる。

 落ちた涙は僕のズボンに染みこんで、広がって。



「わかった、鳴けばいいんだね」

「……池江君……!」

「何でもするって言ったからね。これくらい、お安い御用だよ」


 喉の調子を整える。

 鳴いたことなんてないから少し緊張するね。


「あ、あ……よし、OK」

「……お願い」


 息を吸い込んで、顔を上げた泉美の方をまっすぐ見つめる。


「わんわん」

「……もう一回」

「わんわん」

「……あと一回」

「わんわん!」

「……!!!」


 真っ赤で、涙でぐしゃぐしゃになった顔で泉美が僕のお腹へ飛び込んできた。


「もう、制服濡れちゃう」

「ごめん……でも、ありがとう、ございます⋯⋯ずっと、約束、ですよ? 本当に、私の、事、ずっと好きで、いてくださいね? 他の、女の子の方いっちゃダメ、ですよ?」


「大丈夫だって。ずっと泉美の事、好きでいるから」

「……本当に、約束ですよ? 裏切ったら、どうなるか、わかりませんよ?」


「わかってる。絶対に泉美から離れない。約束」


「……ありがとう、ございます……私も、池……友一君の事が……ずっと好きでした! 大好きです!」

「ふふふ、やっと言ってくれた。僕も好きだよ、泉美」


「……ありがとうございます……本当に嬉しい」

 ギュッと、さらに強く抱きしめてくる泉美を僕も抱き返す。

 温かい体温を感じながら、僕の胸で泣いている泉美の髪を撫でた。





《あとがき》

なんかプロローグと結構変わってますね笑笑

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