五章 ―菫―
五章―菫― 1
今日は、卯月、中の酉の日。賀茂祭、通称葵祭の日だ。老若男女が祭に心躍らせる晴れの日であるが、菫子は軟禁状態のまま、念誦堂に籠っていた。祭の日ということで、見張りの役人が少なくなるのでは、と期待したが、そのようなことはなかった。
「ねえ、紫檀が斧で地面どーんってやって、あいつら追い払おうよー」
「そんなことしたら、本当に主上への謀反と取られて、今すぐに処刑されてしまうわ」
「じゃあ、ずっとこのままー?」
「それは……」
駄々をこねる紫苑をなだめはしたが、菫子自身もこのままでは良くないとは思っている。でも、下手に動くのは危険。どうすれば。
「外、何か変」
紫檀が眉をひそめてそう言った。警戒をしつつ、菫子は戸に耳を当てた。ばたり、と人が倒れる音がいくつも聞こえてきた。一緒に耳を立てていた紫苑と怪訝な顔で見合わせた。そっと、戸を薄く開けて様子を見てみた。
見張りに立っていたはずの役人が、全員その場に伏していた。一番近くにいた役人を見てみると、胸が上下していることから、眠っているのだと分かった。役人が全員一斉に眠るなんて、異常事態だ。だが、菫子にとってここを出るまたとない機会には違いない。
「……よし」
菫子は意を決して、戸を開けた。すると、妙な香りが鼻をついた。以前作ったことのある眠り薬に似ていた。続けて、念誦堂に付けられている車の存在が目に飛び込んできた。
「これは……」
立ち尽くしている間に、車の御簾が上がって、中の人物が姿を現した。
「久しぶりね、毒小町」
「……大叔母上」
菫子の大叔母、高階
「来なさい」
役人が倒れているにも関わらず、発せられたのは短い言葉だけ。それこそ、その状況を作ったのが大叔母だと、言っているようなものだ。
答えられずにいると、後ろから紫檀と紫苑がやってきた。菫子が警戒していることを察して、二人とも険しい顔をしている。
「何をしている。早く来なさい、その鬼らは置いて来なさい」
二人のことを、よく見ないままに鬼と言い切った。裏で陰陽師を遣わしたのも、大叔母が関わっているとみて間違いなさそうだ。
「毒小町。主上の側近がどうなってもいいのかい」
「!」
追い打ちをかけるように、大叔母は言った。俊元は、大叔母の手の内にあるというのだ。逆らうことなど出来ない。菫子は、車へと乗りこんだ。手を後ろにするように言われ、そのまま牛飼いに両手首を縛られた。
「毒小町と同じ車なんて、おぞましくて、本当は嫌だけれど、仕方がない。ほら、出して」
大叔母の命令に、牛飼いが手綱を取った。紫檀と紫苑が心配そうにこちらを見ていて、飛び乗ってきそうな勢いだったが、大丈夫だから、と首を振って返した。大叔母に、逆らうわけにはいかないし、逆らうことなど出来ない。
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