一章―始― 5
当日のことを知る人物には、俊元一人で話を聞きに行くこととなった。夜に菫子はその話を伝えてもらう予定だ。話を聞きに行く前、俊元は二冊の資料を届けてくれた。例年の正月の儀式の記録と、今年のもの。
「余裕があればでいいから、目を通してみて。無理はしないように」
そう穏やかに言い残し、俊元は念誦堂を後にした。毒の影響など全くなく動く俊元を見て、菫子の心もだいぶと落ち着きを取り戻した。菫子に対して、ここまで良くしてくれる俊元に、報いたい、そう思った。菫子は、資料に手を伸ばす。
例年の資料から目を通し、供御薬がどういうものかをもう一度確認する。供御薬は元日より三日間、清涼殿で行われる。用意されるのは一年の無病息災を願って飲む、霊薬。その中身は、大黄や桔梗などの薬草を調合したものである。儀式の流れとしては、俊元の話の通り。まずは、
「今回の事件の場合、後取にまで盃は回っていないから、除外していいわね」
口に出していくと、頭の中が整理される。
「毒が入れられたのは、どの時なのかが重要だわ」
症状が出たのは、童女と帝。二人の間を渡す女官が毒を入れた可能性、なくはないけれど、多くの目がある中で、誰にも悟られないようにするのは難しい。
「そうなると、やっぱり初めから毒が入っていたと考えるのが自然。でも……」
童女は、飲んでから時間が経って症状が出たのに対し、帝は飲んですぐに気分が悪くなったという。この時間差は一体何から来るものなのか。年齢か、体質か、毒自体の変化か、不確定なことが多い。
菫子は、首を振って弱気な考えを追い出す。
「せめて、役に立たなくては」
*
俊元は、藤小町へ資料を渡した後、蔵人所の傍にある梅の木にもたれかかった。花の咲きが遅いからか、ここには今はあまり人がいない。人知れずため息をつくには、ちょうどいい場所だ。
「はあ……」
藤小町には、悪いことをした。あそこで源大臣が来るとは思っていなかった。来たとしても、いつものように流せばいいと軽く考えていた。藤小町が標的になることくらい、予想出来たはずなのに。守る、という意識が足りていなかった。
自分に触れてしまったことで、過呼吸を起こしてしまった時も、見ていられなかった。本当は抱きしめて背中をさすって大丈夫だと言いたかった。だが、触れること自体が、藤小町にとっては恐怖のきっかけとなってしまう。とても危うい。散る直前の花のように儚い。
「……嫌な思いをさせたかったわけじゃない」
藤小町を窮屈な籠――あの家から外へ連れ出せたと思っていたが、宮中の念誦堂というただ別の籠に入れただけなのではないか。望みを聞いたら、消え入りそうな声で、幸せになりたいと言った少女の願い、叶えてやりたい。それが難しいことであっても。
俊元は梅の木から背中を離した。童女の姉に話を聞きに行かなければならない。
「落ち込んでいる時間はないな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます