第19話 1989年
前回、1988年には巨大ロボットアニメは2本しかなかったと書いた。実際テレビ番組としてはその通りであるのだが、完璧にある大事なことを確認し忘れていた。OVAで「トップをねらえ!」がリリースされたのが1988年である。いかに雑文とは言え、この作品を忘れるのは洒落にならんな。
つまり1988年において巨大ロボットアニメは、テレビでワタルとトランスフォーマーの2本、映画で逆シャアの1本、そしてOVAではトップの他に「冥王計画ゼオライマー」「装甲騎兵ボトムズ レッドショルダードキュメント 野望のルーツ」「機甲猟兵メロウリンク」「New Story of Aura Battler DUNBINE」「レイナ剣狼伝説」「機動警察パトレイバー」の合計7本(シリーズ)という内訳になる。剣狼伝説は巨大ロボ物と言って良いのかどうか怪しいけれど。
OVA多いなと思うかも知れないが、1986年から1989年の間は毎年巨大ロボット物の作品が5~6本くらいコンスタントに出ているようだ。ここから何がわかるだろう。1つ言えるのは、この80年代後半はもう巨大ロボットアニメはテレビでは儲からなくなっていたということではないか。アニメ業界のビジネスモデルが変化していたのだ。
現在のようにネット配信もない時代、玩具の宣伝アニメを作って企業に広告枠を買ってもらうのが難しくなれば、作品を直接ファンに売るしかない。それは一時的にある程度成功した。そのもっとも代表的な作品例が「トップをねらえ!」なのかも知れない。
巨大ロボットアニメに限らず、制約の少ない表現のしやすい環境を求めて多くのアニメスタジオがOVA作品を出した。1985年には24本(シリーズ)であった作品数は、1989年には70本(シリーズ)に達している。アニメ界においてはOVAが流行の最先端とも言えたのがこの時期だろう。
ただ、この形態も20世紀のモデルである。21世紀に入るとOVAも衰退して行く。当然、巨大ロボット物も減る。2001年のOVAが28本(シリーズ)、この中で巨大ロボット物は2本、対してテレビではWikipediaで確認できるだけで6本ある。1988年と逆転しているのだ。21世紀初頭はおそらくテレビでアニメを放送して、DVDを売るモデルが主流になっていたのではないか。プレステ2の登場が2000年だからな。
2001年の日本にはインターネットはあるが、まだブロードバンド接続は拡大途上。YouTubeがサービスを開始したのが2005年、ニコニコ動画は2006年だ。Huluが日本でサービスを開始したのが2011年、アマプラが2015年だからネット配信が主流になるにはさらにもう少しかかる。アニメ制作会社が過去作をネット配信するようになって、まだ10年ほどしか経っていないということだろう。
さて1989年に話を戻そう。上記のように巨大ロボットアニメがテレビ番組としては儲からなくなったこの時代に1本の巨大ロボットアニメが作られた。いや、それは全然正しくない表現だ。前年に1シリーズのOVAが作られ、同時に漫画版の連載も開始され、この1989年7月には劇場版作品が、そして10月からはテレビアニメの放映開始と、メディアミックスな手法で展開された巨大ロボット作品が出て来たのだ。だったら1988年の回に紹介すべきだったのではとも思うものの、「トップをねらえ!」を忘れていたくらいである、この作品のOVAが1988年であることも当然忘れていた。
この巨大ロボットアニメは空前の大ヒット、とまでは行かなかったが、しかし後世への影響力は大きい。本当に大きい。当時のアニメ関係者にとってはコロンブスの卵だったのではないか。アニメに興味のない人にとっては、たいして重要とも思えない地味な、だがその実、極めて強烈なボディブローを日本のアニメ界にぶちかましたのだ。その作品の名前こそ、「機動警察パトレイバー」である。
パトレイバーの何がそんなに凄いのか、と思う向きもあるだろう。そんなに凄まじく面白い作品でもなかったぞ、と。だがパトレイバーは凄いのだ。日本の巨大ロボットアニメの「景色」を変えてしまったのだから。何をしたのかと言えば、我々の知っている風景の中にレイバーと呼ばれる巨大ロボットを置いたのである。
何言うとんじゃ、コイツは、と思った方もおられるだろう。我々の知っている風景の中に巨大ロボットがあるなんて当たり前だ、マジンガーZだって鋼鉄ジーグだってトライダーG7だって、みんな我々の知っている風景の中で戦って来ただろう、と。確かにそうだ。でも、それっていわゆる「スーパーロボット」ではないだろうか。
この時代、巨大ロボット物にはザックリ分けてマジンガーZに始まる「スーパーロボット系」と、ガンダムに始まる「リアルロボット系」があった。厳密にはガンダムをリアルロボットに入れるのは抵抗がある、という方もあるだろうが、まあそこは今回目をつぶって頂く。
で、そのガンダムから始まるリアルロボット系の作品の背景は何だろう。それはスペースコロニーであり、宇宙戦艦であり、未来都市である。我々の知っているお馴染みの風景の中で戦う巨大ロボはいない。お馴染みの風景の中で戦う巨大ロボを探すとなれば、常識も物理法則も無視したスーパーロボットしかなかったのだ。
つまり、巨大ロボットに兵器としてのリアル感を出せば出すほど、その背景は現代から離れて行く。何故なら現代に巨大ロボなど存在し得ないからだ。現代の人類にそんな技術がないことはみんな知っている。その裏返しとして、現代の世界に巨大ロボットを置くならスーパーロボットしかない。1983年の「聖戦士ダンバイン」は系統的にはリアルロボットなのに、バイストンウェルから地上界に出た途端にスーパーロボット化したのは、そうでなくては説得力が生まれないという判断があったのではないか。
そう、説得力である。巨大ロボットをリアルに描き、なおかつ我々の見知った世界に溶け込ませようとするのは説得力に欠ける。それがパトレイバー以前の常識だったように思う。しかしその常識を、いとも簡単――な訳はないのだが――に、ものの見事にひっくり返したのがパトレイバーなのだ。
パトレイバーはビームも出さないしミサイルすら撃たない。変形も合体もしない。できる限り技術レベルを現代に近付け、ロボットと言うより高性能人型重機として描く事で、我々が知っている風景の中に、浮き上がることなく地に足がついた存在として置かれた。このインパクトは関係者には強烈だったろう。我々の見知った世界に巨大ロボを置いても説得力を出す方法はあるのだと、このとき思い知った人もいたのではないか。
たとえば我々の見知った、立ち並ぶ電柱に電線の張り巡らされた、決して未来都市とは見えない世界を疾走する汎用人型決戦兵器。もしもこのときパトレイバーが「前例」を作らなかったら、「トップをねらえ!」の庵野秀明監督が「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)の企画書を提出したとしても、テレビ局やスポンサーが納得しなかった可能性だってある。
エヴァンゲリオンが直接的にパトレイバーから影響を受けたとは虫けらも考えていないが、段階として、ステップとしてパトレイバーという作品が存在しなければ、登場し得なかった作品は多数あるはずだ。「ガサラキ」(1998年)や「フルメタル・パニック!」(2002年)、「コードギアス 反逆のルルーシュ」(2006年)などもそうかも知れない。そういう意味において、この時代に「物差し」となるパトレイバーが出てきた影響は非常に大きいのではないかと思う次第。
1989年の巨大ロボットアニメは他に、いまやプロレスラーの方が圧倒的に有名な「獣神ライガー」、アニメにおける魔法表現を広げたのではないかと思う「魔導王グランゾート」、「戦え!超ロボット生命体トランスフォーマーV」があった。
名作劇場は「ピーターパンの冒険」。「シートン動物記」もあったらしい。藤子不二雄Ⓐアニメとしては「パラソルヘンべえ」「ビリ犬なんでも商会」「笑ゥせぇるすまん」、藤子・F・不二雄アニメとしては「チンプイ」、テレフィーチャーで「SFアドベンチャー T・Pぼん」がある。水木しげる作品の「悪魔くん」もアニメ化された。来年ネトフリで新作が放送される予定。この年に没した手塚治虫氏のアニメは「青いブリンク」「ぼくのそんごくう」にリメイクの「ジャングル大帝」が放映されている。「魔法使いサリー」のリメイクもあったらしい。
他に漫画原作のアニメは「シティハンター3」「らんま1/2」「がきデカ」「YAWARA!」「かりあげくん」「ドラゴンボールZ」「ダッシュ!四駆郎」「おぼっちゃまくん」などがある。テレフィーチャーの「ルパン三世 バイバイ・リバティー・危機一髪!」もここに入れるか。
食玩から来た「新ビックリマン」、ゲームから来た「ドラゴンクエスト」に「桃太郎伝説」、野球物の「ミラクルジャイアンツ童夢くん」、芸能界物「アイドル伝説えり子」、何と言うべきか「天空戦記シュラト」など、この年のテレビアニメは40本以上。観ていない方が多いだろう。
劇場用アニメ映画は「機動警察パトレイバー the Movie」や永野護氏の「ファイブスター物語」、安彦良和氏の「ヴィナス戦記」、角川アニメの「宇宙皇子」、OVAからは「MEGAZONE23 III」に18禁の「超神伝説うろつき童子」も劇場にかかっている。ドラえもん映画は「ドラえもん のび太の日本誕生」、そしてアンパンマン映画第1作「それいけ!アンパンマン キラキラ星の涙」が公開された。
この年のOVAで特に名前を挙げるとしたら「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」「超神ロック ロードレオン」「御先祖様万々歳!」「アッセンブル・インサート」くらいかなあ。前2本は未見であるが評判などから、後2本は自分で観てそこそこ面白かったので。もちろん当時から貧乏だったため、OVAを買う金などなかった。テレビで放送されたのを観たのだ。
1989年、特撮の新番組はメタルヒーローの「機動刑事ジバン」、スーパー戦隊は「高速戦隊ターボレンジャー」、そして東映不思議コメディシリーズは1月から7月まで「魔法少女 ちゅうかなぱいぱい!」、7月からは「魔法少女 ちゅうかないぱねま!」である。うん、どれも観ていない。ちゅうかなシリーズはポワトリンより前なのだな。この辺記憶が曖昧だ。特撮の世界はこの時代を停滞していると見るか、安定していると見るべきか。
ああ、1989年を代表するアニメを書いていなかったな。と言っても、もうパトレイバーしかないのだが。昭和が終わり平成が始まったこの年は、本当にパトレイバーに明け暮れた1年だった。こうして混沌の80年代は終わった。やって来る90年代は、さて。
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