第18話 1988年

 1988年の劇場アニメ映画は凄かった。「あれ、いまアニメブームだっけ?」と見紛うばかりである。3月には「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」が、4月には「となりのトトロ」「火垂るの墓」の同時上映、7月には「AKIRA」が公開されている。あと何かこの年は「高橋留美子イヤー」であり、「うる星やつら 完結編」「めぞん一刻 完結編」、そしてOVAの「1ポンドの福音」までもが劇場公開された。


 当時、金も時間もなかった虫けらが劇場で観たのはこの中では逆シャアだけだが、いまここに評論的な言葉を連ねることはできない。「うーわー、すっげー」と思ってたらTM NETWORKが歌ってた記憶しかない。テレビとかネット環境で観た方が冷静に観られるだろう。劇場だと情報量が多すぎて、ただただ圧倒されてしまう。トトロも火垂るの墓もAKIRAも後日テレビ放送を観た訳で、地団駄踏んだのは言うまでもない。ないない尽くしだな、この年は。


 しかし、アニメブームだっけ? とは書いたものの、このレベルの作品が1年に何作も出て来るなど、アニメブームの頃ですらなかった。アニメブームと呼べる時代で匹敵するのは、「ビューティフル・ドリーマー」「ナウシカ」「愛・おぼえていますか」の1984年だけだと言っても良いかも知れない。そういう意味で1988年は日本アニメの歴史に残る年の1つであろう。


 なお、上記作品群に話題を根こそぎかっさらわれてしまったものの、2月に公開されていた「銀河英雄伝説外伝 わが征くは星の大海」も評価は低くない。虫けらは未見であるが。銀英伝のOVAシリーズが出始めるのはこの年の12月で、映画単体ではムーブメントが起きなかったのだ。ドラえもん映画は「ドラえもん のび太のパラレル西遊記」が公開されている。


 この年、アニメ以外の映画は「帝都物語」「異人たちとの夏」「快盗ルビィ」「孔雀王」「ダイ・ハード」「チャイルドプレイ」「ウィロー」「ビートルジュース」「裸の銃を持つ男」などがあった。


 1988年の特撮は、昭和ライダー最後の作品であり、平成ライダー最初の作品とも言える「仮面ライダーBLACK RX」、東映不思議コメディーは「じゃあまん探偵団 魔隣組」、メタルヒーローは「世界忍者戦ジライヤ」、スーパー戦隊は「超獣戦隊ライブマン」、スケバン刑事フォロワーと言えるだろう「花のあすか組!」、久しぶりの東宝変身ヒーロー「電脳警察サイバーコップ」があった。


 東宝の前のヒーロー「メガロマン」は9年前の1979年、サイバーコップの次の変身ヒーローは8年後の1996年「七星闘神ガイファード」まで出て来ない。さらに次の「超星神グランセイザー」は7年後の2003年である。だんだん間隔が短くはなっているが、まるで彗星か火山の噴火のようだ。いずれオリンピックのようだと言われるようになるのだろうか。


 さて、1988年のテレビアニメであるが。うーむ、イロイロと難しい年だ。まずこの年を代表する作品は、たぶん「魔神英雄伝ワタル」を挙げて問題はないと思う。実際面白かったし、何だかんだで長くシリーズも続いているしな。なおこの年、巨大ロボットアニメはこれ以外に「トランスフォーマー 超神マスターフォース」しかない。


 巨大ロボット物の老舗であるサンライズはワタルを作ったものの、代々ガンダムなど巨大ロボット物を放送していた時間枠で、「聖闘士星矢」をあからさまにフォローした「鎧伝サムライトルーパー」を開始した。別に他社のヒット作をフォローしてはいけない理由はまったくない。ただ、聖闘士星矢より面白かったかと言われると、後出しジャンケンのくせに面白くないと来た。制作上の問題――それが視聴者に見えなければ問題はなかったのだが――もイロイロあったようだし、良い印象は持てない。ただしその辺の悪評は、翌年タツノコプロが「天空戦記シュラト」でやらかしたおかげで、有耶無耶になった感はある。


 なおこの年、「超音戦士ボーグマン」も放送されているのだが、この作品が特撮ヒーローのフォロワーだと言われることはあっても、聖闘士星矢のフォロワーであると言われているのを見たことも聞いたこともない。各要素を抽出すれば、やってることにそうたいした違いはないはずなのだが、やはり情報の整理の仕方、表現の仕方で印象は随分と変わるのだ。


 アニメファンの高年齢化に伴い、子供向けではないアニメへの模索が活発になってきたのはこの頃。もちろん大人向けのアニメ映画は虫プロの「千夜一夜物語」(1969年)など、すでに存在している。テレビでも前年放送の「シティハンター」、そしてこの年の「シティハンター2」などは対象年齢が高めであった。だが、まだこの2作は明確に子供を切り捨ててはいない。しかし1988年に放送開始の「F」「美味しんぼ」は原作漫画が青年誌連載であったこともあり、たとえば敵味方を明確にするといったわかりやすさを追求してはいない。


 主人公が勝負に負けるのは当たり前であり、打算も妥協も普通にある。子供が観て理解できなくてもそれでいいのだという、かつては「ガンダム」「ボトムズ」といった、ある意味「特殊なアニメ」で試行錯誤されていた取り組み方のテレビアニメが普通に作られるようになった時代と言えるのかも知れない。


 他に青年漫画からは「ホワッツマイケル」、少年漫画誌からは「闘将!!拉麺男」「燃える!お兄さん」「魁!!男塾」「鉄拳チンミ」「名門!第三野球部」などが、少女漫画誌からは「ハロー!レディリン」が放送されている。あと赤塚不二夫アニメが2本、「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」がリメイクされた。藤子不二雄Ⓐアニメは「新プロゴルファー猿」「ビリ犬」、藤子・F・不二雄アニメは「キテレツ大百科」が始まったのがこの年。


 名作劇場は「小公子セディ」。他に「新グリム名作劇場」や「トッポ・ジージョ」もあった。「いきなりダゴン」というアニメもあったがクトゥルー神話は関係ない。


 この年を代表するテレビアニメ作品は「魔神英雄伝ワタル」であるが、アニメ史を俯瞰的に見たときに見過ごせない作品がこの年に生まれている。前述の通り、この時代は高年齢向けのアニメが増えつつあったものの、作用があれば反作用は必ずある。低年齢向け、と言うかいまや日本の幼児向け映像作品を代表すると言っても過言ではない、「それいけ!アンパンマン」の放送開始だ。


 虫けらは本放送で第1回を観ているのだが、当時結構なインパクトがあったことを覚えている。何せ業界全体が成人の視聴者に意識を向けていた時代に、逆に高年齢層のアニメファンを切り捨て小さく幼い顧客向けに特化した作品は、非常に斬新に見えたのだ。虫けらは十数年アニメを観続けてきて、自分が切り捨てられる側に立つとは思ってもみなかった。


 いま世間には「アンパンマンガチ勢」がいるそうだ。さすがにそこまでのめり込むほどの面白さは虫けらには感じられなかったものの、おそらくは「小さな子供が望むもの」がしっかり刻まれていたのだろう、アンパンマンは瞬く間に子供の世界を席巻して行く。虫けらの世代には、戸田恵子氏は「マチルダ・アジャン」であり、「カララ・アジバ」であり、「コスモスに君と」の歌手であったのだが、もはや押しも押されもせぬ「アンパンマンの人」である。これは動かしようがない。


 ただアンパンマンも34年、声優の交替もあったしアイデアだって無限ではないのだ、永遠に作り続けることは難しい。サザエさんのような前例もあるにはあるが、前例があるから何とかなるというほど単純な話でもない。もうそろそろアンパンマンの次を担う新しい子供向けアニメの登場が待たれるところである。まあ、アンパンマンを延々と再放送し続けるという方法もあるのだが。


 上記の通り、この年の巨大ロボットアニメは2本。時代が変わったのか、もはや風前の灯火かと思われた。しかしここにも作用があれば反作用がある。翌1989年に生まれた巨大ロボットアニメは、マジンガーZやガンダムのような巨大な波こそ起こさなかったものの、長く広く、様々な層や世代に影響を与えて行く。

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