第12話 1982年

 この時代、まだシネコンはいまほど一般的ではなかったが、大都市であれば幾つかはあった。郊外の大型商業施設に併設されるようになるのは、もう少し後になるのではないか。都市部のシネコンに行けばいつでも1本くらいはアニメがかかっていたこの年、アニメ界にはちょっと変な話題があった。


 劇場アニメ映画「FUTURE WAR 198X年」は制作が遅れ気味になっている、とテレビのニュースが報じた。制作スタッフから、「戦争を賛美するような内容のアニメを作るのは問題がある」と反発があったためだ。その詳しい顛末はWikipediaでも見て頂くとして、けしからん内容だと言われると、どれくらいけしからんのか確認したくなるのが人の常である。そんな訳で虫けらは、この年に公開されたこの映画を観に行った。わざわざ電車賃を払ってまで足を運んだのだ。


 至って平凡な物語だった。確かに戦争を扱ってはいるのだが、別段これといって過激な描写があるではなく。戦争を止めようと頑張る人々が出てきて、最終的には「憎しみ合うより愛し合う方が大切ダー」みたいな結論。さして感動的な物語でもなければ、映像的に素晴らしい訳でもない。自分はいったい何に対して金を払ったのだろうと困惑する映画である。子供から金を巻き上げることに罪悪感を覚えない大人たちの商売に乗せられただけではないか、と思い至ったのはかなり後になってから。


 前年に「機動戦士ガンダム」および「機動戦士ガンダムⅡ 哀・戦士編」が公開され大ヒット、アニメ映画界は活況を呈していた。この年3月には「機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編」が公開、物語の内容は総集編なのに絵はほとんど描き直されているというよくわからないレベルで無茶な作品は、これまた大ヒットした。同じく富野由悠季監督の「伝説巨神イデオン接触編」「伝説巨神イデオン発動編」の同時上映が行なわれたのもこの年。3時間の上映に耐えたのはいい思い出。


 松本零士アニメとしては「1000年女王」「我が青春のアルカディア」が劇場公開された。本当に申し訳ないのだが、この頃虫けらの中ではもう松本アニメは面白くないのが定番となりつつあった。それでも、もしかしたら想定外の発見があるかも知れない、と思って劇場に足を運ぶのだが、そんな想定外はなかった。石原裕次郎氏が声優に初挑戦した、みたいなことを話題にしていたのは当時の観客として情けなかったが、現代のアニメ映画を取り巻く環境を見るに、もう「そういうモノ」になってしまっているようだ。何とも複雑である。


 声優初挑戦といえばこの年、「SPACE ADVENTURE コブラ」が公開された。主演のコブラ役は松崎しげる氏である。彼の演技が上手いか下手かばかりが話題となるこの映画だが、演技はそれほど酷くはなかったと思う。ただ、単に面白くなかった。


 マニアックなアニメが好きなら、この年「テクノポリス21C」が劇場公開されている。元はテレビシリーズの構想だっただけあって、絵的にはそれなりである。と言っても実際のところ虫けらは見ていない。又聞きの情報しか知らないが、物語もそれなりの模様。「対馬丸―さようなら沖縄―」もメジャーとは言えまい。「火垂るの墓」(1988年)が好きな人ならこれも好きかも知れない。まあ、あまり大きな声で好きだ嫌いだ言う映画ではないが。


 ドラえもん映画は「ドラえもん のび太の大魔境」、もう完全に定番シリーズとなっているな。その他、何だかんだでこの年も20本くらい劇場でアニメ映画がかかっている。もはやアニメはアニメファンだけが愛好するジャンルではなくなりつつあった。


 特撮系の映画としては、「スター・トレックⅡ カーンの逆襲」、「E.T.」、「ブレードランナー」などがある。しかし特撮系の映画というのも変な感じだな。大抵の映画には何らかの形で特撮は関わっているし、ジャンル分けはしづらい。スプラッタホラーとか、アレも特撮系に入れるのだろうか。


 他方テレビとなると、特撮物はわかりやすい。この年は3本。本数的にはまだ冬の時代。しかし次の時代はこの年から始まる。まずは前年の「ロボット8ちゃん」に続く「バッテンロボ丸」、戦隊シリーズの「大戦隊ゴーグルⅤ」、そして。3月より毎週金曜日午後7時半から始まったのが、「宇宙刑事ギャバン」である。


 当時虫けらは高校生、特撮からは完全に離れていた。周囲に特撮ファンもいない。なのでギャバンは本放送では観ていない。本放送で観た宇宙刑事は「宇宙刑事シャイダー」(1984年)だけではないかな。


 だがそれでも「月刊OUT」は毎月買っていたし、アニソン系のラジオも聞いていた。そこでギャバンの名前が出て来る出て来る。戦隊ファンの方には申し訳ないが、当時ゴーグルⅤの動向は一切伝わって来なかった。主題歌も思い出せない。だがギャバンの主題歌は頭に焼き付いている。いまならイロイロと各方面から文句の出そうな歌詞ではあるが、虫けらはこういう世界もあっていいと思う。


 ギャバンは何よりデザインが新鮮だった。ウルトラ系でもライダー系でも戦隊系でもない、後に「メタルヒーロー」と呼ばれる系統のデザインを、最初にして完成させていた。1987年のハリウッド映画「ロボコップ」に影響を与えたのは有名だが、個人的にはギャバンのデザインの方が優秀だと思っている。あれだけパーツの多い、下手をすればゴチャゴチャになりそうなものをスッキリまとめているのは凄い。


 レーザーブレードはCGではなく蛍光灯で、同時に「当時のCGっぽさ」を演出するためにモザイク処理をするなど、いろんな意味で日本の特撮らしい工夫が凝らされていた。本放送で観なかったのを後で残念に思ったのは間違いない。


 ただし映像的アイデアの尖り具合は凄かったが、物語的には旧来の特撮の枠をはみ出してはいない。そこまで一気に変革するほどの爆発力はなかった。しかしもしギャバンが出て来なければ、おそらく18年後の2000年に「仮面ライダークウガ」が登場する流れは出て来なかったろう。下手をするとウルトラマンも復活せず、スーパー戦隊もジリ貧になっていたかも知れない。令和の現代にライダー、ウルトラ、戦隊が存在し得るのは、この年に宇宙刑事ギャバンが生まれたおかげである、とは言い過ぎだろうか。


 そんな1982年、テレビアニメは群雄割拠の様相を呈していた。まず巨大ロボットアニメとしては、「超時空要塞マクロス」が放送開始となっている。巨大ロボット物に、それも戦争を中心とした物語に、軟派な恋愛要素を持ち込むなんて! みたいな「硬派」なアニメファンの批判の声などものともせず、マクロスの影響はドンドン大きくなった。放送終了の翌年には劇場作品「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」(1984年)が公開される。アレを見せられたら、いかな硬派のアニメファンと言えどもうマクロスは叩けない。いわゆる「アンチを実力で黙らせた」訳だ。


 巨大ロボット物としてはもう一本、富野由悠季監督の「戦闘メカ ザブングル」も放送開始になった。俗に言う「白富野」の代表作であるが、端的に言えば「ワチャワチャしたアニメ」だ。でも当時としては非常にユニークだったのは間違いない。ザブングルも翌年、総集編の劇場映画「ザブングルグラフィティ」を公開する。併映は同じく総集編の「ドキュメント 太陽の牙ダグラム」である。サンライズの商魂の逞しさは見習うべきなのかも知れない。


 巨大ロボットアニメとしては他に、15機合体でお馴染み「機甲艦隊ダイラガーⅩⅤ」、J9シリーズ2作目のSF新選組「銀河烈風バクシンガー」、遺跡クラッシャー「魔境伝説アクロバンチ」、タイムボカンシリーズの「逆転イッパツマン」、あとこれも入れておこう「愛の戦士レインボーマン」、以上が放映開始された。


 SFアニメとしては「スペースコブラ」の放送が始まる。劇場版のコブラの失敗を見ているので「大丈夫かいな」と心配して見始めたのだが、さすが出崎統監督、慣れ親しんだテレビ枠なら水を得た魚である。もう面白い面白い。2011年にニコ動で放送されたときは当時の新作アニメを抑えて大人気となったが、おそらく2022年のいま観ても絵の描線が太いくらいしか気にならないのではないか。虫けら的にこの年一番面白かったのは、間違いなくスペースコブラである。


 他にはアニメ版サンダーバードとして放送されるはずだった「科学救助隊テクノボイジャー」、松本SFの「我が青春のアルカディア 無限軌道SSX」などがあった。まったく観ていないSFも何本かある。


 ギャグ・コメディ作品としてはこの年、よくテレビで放送したものだと感心する「パタリロ!」、中途半端なギャグアニメになってしまった「さすがの猿飛」、エンディングアニメーションが有名な「ときめきトゥナイト」、原作者の趣味が爆発している「The・かぼちゃワイン」、あとは「あさりちゃん」、「おちゃめ神物語コロコロポロン」「一ツ星家のウルトラ婆さん」などなど。


 名作劇場は「南の虹のルーシー」。「我が輩は猫である」がテレフィーチャーになったらしいのだが記憶にない。椋鳩十氏の作品を原作とする「アニメ 野性の叫び」は、何となくうっすら記憶にありそうな気がするのだが、よく思い出せない。


 炎のコマで知られる「ゲームセンターあらし」や、あっという間に打ち切りになった手塚アニメ「手塚治虫のドン・ドラキュラ」、日仏合作冒険アニメ「太陽の子エステバン」、冒険アニメと見せかけた宗教アニメ「トンデラハウスの大冒険」などもこの年である。


 そして最後に登場するのは、この年1982年を代表する作品。え、スペースコブラじゃないの? と思われるかもしれないが、面白さだけならスペースコブラ一択である。だが、違う。この年を代表するアニメは凄かった。どれくらい凄かったかと言えば、「女の子向き作品」にはまったく見向きもしなかったこの虫けらが、第1話から最終話まで追いかけたのだ。この作品で日本の魔法少女物の歴史が変わったと言っていい。そう、「魔法のプリンセス ミンキーモモ」である。


 何がそれまでの魔法少女物と違ったのかと言えば、ミンキーモモは魔法に制限があるのだ。何でも自由自在にはできず、基本的には大人の女性に変身することしかできない。その制限のある中で知恵を巡らせ工夫を働かせ、問題を解決して行く。もちろんそこは元来子供向けのアニメであるからそうシビアではないが、とにかく視聴者を楽しませるということを徹底していた。「うる星やつら」が先鞭を付けていたアニメならではの「遊び」や「メタネタ」を放り込み、単なる女の子向けアニメの枠を超えた作品となっていたのだ。


 ミンキーモモの後、「魔法の天使クリーミーマミ」(1983年)がパターンを継承するような形で魔法少女物は続いて行くが、結局「女の子向け」に戻ってしまったため、虫けらは観ていない。しかし、女の子向けに限定しなくても魔法少女物は創れる、いわゆるジェンダーレスなエンターテインメントになり得ることを証明したミンキーモモがなければ、後の「魔法少女まどか☆マギカ」(2011年)は誕生し得なかったろう。もっと評価されてもいい作品だと思う次第。


 さて、翌年は1983年。またアニメの歴史が動く。むせる。

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