第3話 1973年

 前年12月に発生した「マジンガーZ」という巨大嵐は年を明けても日本を席巻していた。「デビルマン」も3月まで放送していたし、さらにこの年、「キューティーハニー」と「ドロロンえん魔くん」も放送開始、永井豪氏の無双状態が続く。


 キューティーハニーはいまの虫けらなら「なまめかしい」と表現するところなのだろうが、当時そんな単語を知らないマセガキはただただウホウホと興奮し、狂喜乱舞していた。小さな子供には刺激が強かった。PTAが角を生やしたのも無理からぬこと。だが子供の頃にこれを見てしまうと、ある程度成長してから性的な情報に触れてもブレーキが容易に効いた気がする。だからといって幼児に見せるのを勧める訳ではないが、物の見方は一様ではないということだ。


 この1973年、アニメの新番組は国産とアメリカ制作を合わせて21本あったらしい。現代のアニメ事情から見れば少ないが、当時は録画機器もない時代、これでも全部は見きれなかった。虫けらの印象に強く残った順に並べると、上記2本以外に「バビル2世」「新造人間キャシャーン」「ミクロイドS」「山ねずみロッキーチャック」「ジャングル黒べえ」「ゼロテスター」「侍ジャイアンツ」「空手バカ一代」くらいだろうか。


 あの出崎統監督の名作「エースをねらえ!」がこの年なのだが、虫けらはリアルタイムではまったく見ていない。当時は「女の子向けの番組を男の子が見るなんて」という空気が非常に強かったのだ。なので「ミラクル少女リミットちゃん」も未見である。


「荒野の少年イサム」もこの年だが、これはかなり遅くに再放送で見た記憶がある。大昔の記憶なので定かではないものの、確か先に原作に触れてからアニメを観たような。アニメ「SHIROBAKO」(2014年)で馬の動きを描けるアニメーターがいないという話が出て来たが、この荒野の少年イサムのオープニングでは、馬がこれでもかというほど動き回っている。興味のある方はYouTubeでご覧になっていただきたい。


 日本テレビ版の「ドラえもん」が始まったのもこの年。だがほとんど記憶にない。ジャングル黒べえに比べると面白くないな、という印象しかなかった。タツノコプロの「けろっこデメタン」もあったが、これは観るのを拒絶した。「昆虫物語 みなしごハッチ」(1970年)や「樫の木モック」(1972年)もそうなのだが、こういうお涙頂戴の暗い話は小さな頃から大嫌いだったのだ。


「ワンサくん」や「冒険コロボックル」は夏休みの午前中によくあった「夏休みまんが劇場」とか何とかそういう類いの番組で観ていた記憶がある。本放送では観ていなかったのではないか。


 虫けらはいまPCでこれを書いているが、「コンピューター」という言葉を最初に覚えたのはバビル2世である。ウルトラマンなどにもコンピューターの動くシーンは出てきたものの、コンピューターという単語をああも連呼したのはバビル2世が最初だろう。ミクロイドSのオープニング主題歌の歌詞「心を忘れた科学には幸せ求める夢がない」は1つの理想論としていまも胸に刻まれている。三つ子の魂百まで、雀百まで踊り忘れずである。


 徐々に社会に与える影響力が増してきたアニメであるが、それでもまだこの時点では特撮が優位に立っていた。1973年には特撮番組が19本新規に放送された。アニメより本数が少ないが、制作費単位で見れば物凄い数だと言える。もちろん、当時の虫けらが制作費などという単語を知っていたはずはない。


 大ブームを巻き起こした「仮面ライダー」は好評のうちに2月10日で完結し、翌週からはシリーズ第2段、「仮面ライダーV3」が始まった。この当時、子供向けテレビ雑誌が出始めた頃で、虫けらは何の雑誌かは覚えていないものの、放送前にV3の宣材写真を見ていた。正直ガッカリした。こんな格好悪い仮面ライダーなんて観たくないと思っていたことを記憶している。ところが実際にV3が始まり、あのオープニングである。大爆発の土煙の中をV3がハリケーン(バイク)に乗って疾走する、大人になったいま観ても「ひええっ」と思うほどのそれを観た瞬間に、もうハートを鷲掴みにされてしまった。「格好良さ」でライダーを選ぶなら、いまでもV3がトップだ。何とも現金なことよ。


 この年、石ノ森章太郎氏(当時は石森)の作品では、「ロボット刑事」「キカイダー01」「イナズマン」が映像化され放送されている。アニメの世界では永井豪氏が無双していたが、特撮業界では師匠の石ノ森章太郎氏が無双していたのである。


 ウルトラシリーズでは4月から「ウルトラマンタロウ」が始まった。ウルトラシリーズのヒーローたちが「ファミリー」になったのは「帰ってきたウルトラマン」以降だが、次作「ウルトラマンA」で登場した「ウルトラの父」の実の息子という設定でタロウは現われた。いうまでもなく放送前、このタロウという名前は子供たちに不評であり、虫けらも文句を言っていた一人だ。「Aの次がタロウて」みたいな。しかしV3のときと同様、始まってしまえばもうそんなことはどうでも良くなった。ホント現金なものである。


 この1973年は円谷プロ創設10周年であり、何と他に3本も円谷ヒーロー作品が放送されている。まず公式の10周年記念作品が1月7日から始まった「ファイヤーマン」、そして10日遅れの17日から「ジャンボーグA」、4月2日から「流星人間ゾーン」である。


 ファイヤーマンは最初の方、怪獣化した恐竜たちと戦っている頃が好きだった。円谷プロはこの後、恐竜物として「恐竜大戦争アイゼンボーグ」(1977年)や「恐竜戦隊コセイドン」(1978年)などを制作するが、ファイヤーマンはその原点と言える作品かも知れない。子門真人氏の歌う主題歌も非常に格好良い。ただ視聴率が悪かったのだろうか、後半は何かグダグダになり、どんな終わり方をしたのか記憶にない。最終的な印象はやはり「ウルトラマン的な何か」でしかなかった。


 さらにウルトラマンっぽかったのが「流星人間ゾーン」だ。デザインはいま見ると平成のウルトラマンに近い。侵略者ガロガが地球に送り込む恐獣と戦う異星人、ほぼウルトラマンである。ただこの作品は円谷プロと東宝の制作だったので、ゴジラ、キングギドラ、ガイガンといった有名怪獣を登場させることができた。言い換えれば、そこしか話題にならなかった。必殺技の流星ミサイルマイトとか個人的には好きだったし、こちらも主題歌は子門真人氏だ。この歌がメチャクチャ格好いい。日本特撮史上に残る名曲ではないか。それだけに惜しいところ。


 これに対してジャンボーグA――これも主題歌は子門真人氏(谷あきら名義)だな――も「ウルトラマン的な何か」から完全に抜け出てはいないものの、かなりの意欲作と言えるだろう。ある意味「巨大ロボット物」というジャンルへの円谷プロなりの解答とも言える。ジャンボーグAも変身はするのだが、人間は変身しない。セスナが変身してジャンボーグAとなるのだ。さすがにセスナはこんなに大きくないんじゃないかと子供心に思ったような記憶もあるのだが、人間がウルトラマンに変身できるのだからたいした問題ではないはずだ。たぶん。


 ジャンボーグAの操縦室には操縦桿がない。主人公に繋がったワイヤーが動きを読み取り、それをトレースする形でジャンボーグAが動く。これは巨大ロボットを操縦するという観点に立てば、極めて合理的で画期的なアイデアだった。似たような操作方法の巨大ロボットと言えば「勇者ライディーン」(1975年)があるが、ライディーンはジャンボーグAほど徹底していない。やはりボタンのついた操作パネルというギミックの絵的面白さを捨てられなかったのだろう。


 ジャンボーグAには途中から2番機であるジャンボーグ9が登場する。主役機の乗り換えが発生するのだ。そしてジャンボーグ9は何とハンドルとシフトギアで操作する。ジャンボーグ9は軽自動車(ホンダZ)から変身するためにこうなっている、というのだが、これはおそらくジャンボーグAの操縦方法が先進的すぎて「もっと操作感があった方がいい」という声があったのではないか。


 しかしジャンボーグAの人気そのものが落ちた訳でもなかったようで、この後主人公は敵や状況に応じてジャンボーグ9とジャンボーグAを乗り換えることになる。虫けらはジャンボーグ9があまり好きではなかったので、ジャンボーグAが出てきてくれると凄く嬉しかった。敵に操られたジャンボーグ9の前にジャンボーグAが立ちはだかったときなど、身震いするほど興奮したのを覚えている。


 なお、ハンドルで操作する巨大ロボットはこの後、「戦闘メカ ザブングル」(1982年)まで出て来ない。そう言えばライディーンもザブングルも富野由悠季氏が監督である。富野氏はジャンボーグAが好きだったのだろうか。


 1973年には他に、巨大ロボットと言ったら忘れてはいけない「スーパーロボット レッドバロン」、ピー・プロ作品の「風雲ライオン丸」「鉄人タイガーセブン」や、ストップモーションアニメが話題になった「魔神ハンターミツルギ」、外道照身霊破光線!の「ダイヤモンドアイ」、カッチンカチャリコズンバラリンの「白獅子仮面」などなど、多彩な顔ぶれが並んでいる。他にも何本かあるがまったく見た記憶がないので割愛。


 大隆盛を迎えた日本の特撮業界であるが、この1973年をピークに放映本数が減少して行く。もちろん、再放送はアホほどされているので、特撮の人気が下がったとか、アニメとの競争に負けたとか、そう単純な話ではない。1973年と言えば、日本の高度経済成長が事実上終わった年である。そのために予算食いの特撮番組は徐々に敬遠されるようになったのかも知れない。


 さて翌年は1974年、アニメの世界にまた大変動が起こる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る