第47話 フレイム夫妻の事件の真相②

 もう言い逃れはできない。アスミは覚悟を決めたようで、勢いよく頭を下げる。

「ご、ごめんなさい。花瓶を倒した上に、イレーナ大臣に水をかけてしまいました。それに、布を取りに行った隙に毒を入れられて・・・・・・。自分では、あの時かもと思っていました・・・・・・私の、せいで・・・・・・」

 アスミは大声で泣き出した。今まで溜めていた感情がいっきに溢れ出る。アスミの下には、ポタポタと零れた涙が染みを作っている。

 エリリカは、アスミの肩に優しく手を乗せる。

「アスミのせいじゃないわ。言ったでしょ。犯人が計画して仕組んだことだって。あなたは利用されただけ。大丈夫よ」

「ありがとう、ございます・・・・・・。すみまっ、せん」

 アスミは掠れきった声で返事をした。トマスが横から飲み物を差し出す。アスミが落ち着くまでの間、長い沈黙が訪れた。

 アスミが落ち着きを取り戻したところで、事件の説明を再開する。

「次に、『メモを貼った人=犯人なのか』という問題よ。もちろん、『はい』。これは、メモを貼ったタイミングから言えるわ。アスミは、大広間を出てからお盆を手離していないと言ったわね」

「はい。一度も手離しておりません」

 胸に抱えていた秘密がなくなり、アスミは前のように怯えた姿は見せなくなった。その姿は、エリリカに協力することで、罪滅ぼしをしようとしているようにも思える。彼女に罪はないのに。でも、何だろう。すっきりした顔をしているけど、不安そうな顔にも見える。気づかれたくない何かが、他にもあるのだろうか。

「それなら問題ないわ。

 ワインを準備する時には、アスミとコック長が同じ物を見ていた。終始二人で見ていて、お盆の裏にあるメモに気づかないはずがない。だから、厨房で貼られたわけではない。そして、もう一つ。この日は招待客が多く、飲食物を運ぶために絶え間なくお盆を使っていた。計画を立てる段階で、このことは簡単に予想がつくはず。事前に予想して、どれか一枚のお盆に貼るのは無理ね。そして、アスミは大広間を出てから一度もお盆を手離していない。

 このことから、手紙が貼られたのはアスミが布を取りに行った数分間よ。つまり、『厨房から大広間へ行く間』ってこと。その短い間に、犯人が毒を入れるのを待ってから、別の人間がメモを貼りに行くのには無理。よって、犯人一人が毒を盛ってメモを貼ったと言えるわ」

「お嬢様、申し訳ありません。この歳になると物事の順序が頭の中で整理できません」

 トマスが申し訳なさそうに頭を下げた。眉根の皺が一層深くなる。

「大丈夫。この時のできごとを順番に並べていくわよ。

 アスミが厨房でワインを注ぐ。大広間の扉の前で花瓶を倒す。その水がイレーナ大臣にかかる。ワインを置いて布を取りに行く。この間に犯人は、毒を盛ってメモを貼る。アスミが戻ってきて、イレーナ大臣に布を渡す。大広間に入ってワインを配る。大広間から出て、零した水を拭く。慌てて厨房に戻る。厨房でお盆を拭いている時に、メモを見つける。

 あの日の時系列は以上よ」

 トマスは律儀に頭を下げる。他の人達も混乱することなく、時系列を把握できたみたいだ。それを確認してから、ライ大臣殺しの説明を始めた。

「ここで三人目、ライ大臣の事件に移るわよ。私とアリアは、この事件を七つの謎に分類して推理したの。残念なことに、あの時推理したことはほとんど間違っていたわ。正確には、勘違いしてたってところかしら。分類した七つに沿って説明する方が分かりやすいから、そうするわよ。

 その一、なぜ二回殴ったのか。また、殴った時の凶器が違うのはなぜか。

 その二、二回殴ったはずなのに音が一回しか聞こえなかったのはなぜか。

 その三、水瓶の中の水の量と床の染みが合わないのはなぜか。

 その四、殴っただけで水瓶が割れて飛び散るのか。

 その五、あの部屋に置いてあった箱は何か。また、運ぶのを頼んだのは誰か。

 その六、暖炉を焚いていたのはなぜか。窓が開いていたのは。

 その七、犯人は何処に逃げたのか」

 エリリカは、アリアと話していた時と同様に、指を一本ずつ増やしていく。

 フレイム夫妻の事件で説明したことは、アリアに推理を披露したことと同じ内容だった。しかし、ライ大臣の事件の真相は、アリアの予想だにしなかった方へと転がっていく。あの時のエリリカの推理が、ほぼ間違っていたのだ。

 エリリカの言葉に戸惑った。あの時の推理以外の解答。それがまるで、アリアには思いつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る