第48話 ライ大臣の事件の真相①

「その一、なぜ二回殴ったのか。また、殴った時の凶器が違うのはなぜか。

 私はこれを、動機の面から考えたわ。犯人が置いていったメモ、『お前たちは罪を犯した』。これはライ大臣の元にもあったのよ。『お前たち』は、お父様、お母様、ライ大臣の三人を指している。犯人は三人の犯した罪が許せなかった。

 使われた凶器は二つ。松明と水瓶。これはフレイム王国とアクア王国の守護神が持つ、国の象徴よ。犯人は国の守護神が持つ象徴で殺し、動機である復讐を果たした。これも、答えとしては合っているわ。でも、もう一つ、別の理由があったのよ。私はそれを見逃していたから、別の方へ推理しちゃったのね」

 わざわざ持ち替えて殴ったのだから、凶器には意味がある、という推理は聞いていた。しかし、二種類の凶器にもう一つの使い道があったことは、推理として聞いていない。

「そ、その犯人の動機とは何ですか。復讐したいからって、国の象徴を使う意味が理解できません」

「セルタ王子の意見はごもっともです。それは、犯人が誰か絞ってから説明します」

 セルタは先ほどから、何度もエリリカに突っかかっている。未だに睨んだままだ。彼がこれほど攻撃的になる理由は何だろう。誕生パーティーの日、エリリカは勝手にアリアとの結婚宣言をしてしまった。しかし、セルタはあっさりそれを受け入れた。婚約破棄が原因とは思えない。

「もう一つの理由、これも簡潔に言うわ。それは、犯人が自分のアリバイを作るためよ。殴るのに使った順番は、松明が先で水瓶が後。これは、クレバ医師の検死結果のお陰ではっきりしているわ」

 クレバ医師は誇らしげな顔で右手を挙げる。ライ大臣の検死結果では、最初が棒状のような物、次が平らな物、で殴られたとあった。さらに、最初の一撃が致命傷になっていたとも。

「犯人は、松明でライ大臣を殴り殺してその場を離れた。その後、何らかの方法で水瓶をライ大臣の頭、松明で殴った箇所に当てる。そうすることで、同じ場所に松明→水瓶の順に傷痕ができる。

 ここでその二、二回殴ったはずなのに音が一回しか聞こえなかったのはなぜか。

 それは、水瓶で殴った時の音だけを聴かせる必要があったからよ。そもそも、松明で殴った音はそれほど大きくないから、聞こえる可能性は低いわ。でも、万が一にでも聴こえていたら、水瓶でアリバイを作る意味がなくなる。松明で殴っている間に、自分のアリバイはないからよ。だから、水瓶の音だけを聴かせる必要があった」

「あの日は階段にも警備兵がいたわよね。四階と二階だとしても、松明で殴る音は聴こえていたんじゃないかしら」

 ミネルヴァだって、警備兵のいる階段を通って五階へきた。それに、二つの城の部屋の配置は線対称。二階の階段と四階のライ大臣の部屋の距離を知っている。この疑問が出るのも当然だ。

「だから、別の音でかき消したんです。私達が大きい音を出したのは、一回だけですよ」

「あ、歌を歌った時ね。あの場の全員がお二人を悼み、とても大きな声で歌っていたわ。あれだけ歌声が響いていれば、四階の音は聴こえないわね」

 あの歌はフレイム王国、アクア王国関係なく歌える、弔いの歌。ミネルヴァ達が大きな声で歌っていたのを、アリアははっきり覚えている。廊下の音ですら、聞こえなかった。アリア自身も他の人に負けないように、声を出して歌った。変な音がして歌を止めた、ということはなかった。怪しい音がしたという、警備兵からの報告もない。

「自然に大きな音が出たタイミングは、あの歌を歌っていた時しかなかった。本来の犯行時刻は割り出せたわね。

 これでその七、犯人は何処に逃げたのか。これも解決したことになるわ。本来の犯行時刻は、歌を歌っていた時。私達が駆けつけた時には、その場にいなかったのよ。

 これによってその六、窓が開いていたのはなぜか、も分かるわ。アリバイに利用したいのだから、水瓶の音を聴かせる必要がある。さらに、音がした時に、私達がライ大臣の部屋まで駆けつけるのが理想。そうすれば、犯行時刻に犯人が部屋にいなかった、と私自らが証人になる。しかし、水瓶の割れる瞬間は、警備兵や一部の使用人以外は裏庭の墓地に移動していた。建物の外に出たら、音は聴こえにくくなる。だから、窓を開けたのよ。少しでも外に聴こえるように。どの部屋から音がしたのか特定してもらえるように。部屋の窓は裏庭に面しているから、効果はあったわ。現に私達はすぐ駆けつけた」

 今度はダビィが左手を挙げる。

「犯人自身がいないのに、どうやって水瓶で殴ったのだ」

 アリバイ作りということは、水瓶がライ大臣に当たった時、犯人はその場にいなかったことになる。人がいないのに、どうやって水瓶で傷痕をつけたのか。

 エリリカは答える間だけ、ダビィの方を見た。

「それは残りの項目と併せてお話します。

 先に、ライ大臣がどんな状態で倒れていたのかを説明するわよ。部屋の中央に頭、扉側に足を伸ばした状態で、うつ伏せになって倒れていたわ」

「何故、はっきり部屋の中央と言い切れるのかね」

「シャンデリアは、天井の中央からぶら下がっています。なので、シャンデリアの中央真下に頭があれば、ライ大臣は部屋の中央に倒れていたと言えます」

 ダビィはあっという顔になった。フレイム王国とアクア王国は建物の位置だけでなく、城内の造りも線対称になっている。シャンデリアが中央にあることも同じだから、本来なら今の説明がなくても気づける。事件の推理というだけあって、緊張感から全員が難しく考えすぎていた。

「ライ大臣の死体がシャンデリアの真下にあったのは、犯人が水瓶を落とすのに利用したからなの。犯人は部屋にあるシャンデリアに水瓶を吊るし、傷の上に落とした。

 その四、殴っただけで水瓶が割れて飛び散るのか。その答えは、シャンデリアに吊るして上から落としたから。高い所から落としたんだから、水瓶が割れて飛び散るのは当たり前ね。

 私は、アクア王国の方々に謝罪しなければなりません。この時犯人が使用したのが、友好の証である水瓶だったのです」

 エリリカは椅子から立ち上がって、深々と頭を下げた。両国の仲は回復しつつある。その状態で友好の証を壊したとなっては、面目が立たない。アクア王国の三人は、お互いに顔を見合わせる。

 代表して、ダビィが口を開いた。

「気にすることはない。エリリカ姫が割ったわけではないだろう」

「ですが、友好の証を壊してしまいました」

「必要なら、また送る。エリリカ姫は良い女王になるだろうからな」

「ありがとうございます」

 ダビィの険しい表情の裏には、優しさが見えた。エリリカはもう一度頭を下げて、椅子に腰を降ろす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る