第45話 エリリカが推理の披露を始める

 気持ち良く、雲一つない晴れた空。美味しい空気。いつもならまどろんでいたいような午後。

 でも今日は違う。大広間には陰鬱とした、ただならぬ空気が漂っている。誰もが他人に疑いの目を向ける。探り合うような気配。重い空気が一段と人々の心を重くさせる。

 アリア・アカシアは大広間を見渡して小さく深呼吸をする。エリリカ・フレイムを見ると、彼女は大きな瞳を鋭く光らせていた。アリアの視線に気づいて大きく頷く。エリリカがアリアに対して、改めて覚悟を示す。

 この場にいるのは九人。フレイム王国からは、エリリカ、アリア、執事長のトマス・ルート、メイドのローラ・ウェルとアスミ・トナー、医師のクレバ・アルト。アクア王国からは王のダビィ・アクア、女王のミネルヴァ・アクア、王子のセルタ・アクア。

 全員がエリリカの前に椅子を並べて座っている。アリアは彼女の推理をしっかり聞くため、今回は隣ではなく前に座っている。その代わりなのか、エリリカの横には小さな机が置いてあった。机の上には、ボロボロの紙とハンカチが置かれている。

「本日は集まってくれてありがとう。特に、アクア王国の皆様は遠いところからありがとうございます。今日集まってもらったのは他でもない、三件の殺人事件の話をするためよ。私は事件の真実を見抜いたの。そこで、皆に聞いてもらおうと思う。明日のライ大臣の葬儀はすっきりした気分で行いたいわ」

 ダビィは左手を軽く挙げ、いつも通りのクールな表情で質問する。

「待ってくれ。イレーナ大臣は自殺じゃないのか」

「これから順番にお話しますが、イレーナ大臣は自殺ではありません。他殺です」

「なんだとっ!? いや、すまん。始めてくれ」

「分かりました。後で説明しますので、お待ち下さい」

 エリリカはダビィに向けて人当たりの良い笑みを浮かべる。この驚きを見る限り、ダビィはイレーナ大臣が犯人で、自殺したと思っていたのだろうか。それとも、この反応は演技なのか。いつも以上に相手を疑ってしまう。

「まずは、私のお父様とお母様が殺された事件から。二人の死因は毒。誕生パーティーの日、挨拶で飲んだワインに毒が入っていたの。ここでの問題は、『全てのできごとの時間軸』よ。

 お父様達に届いた一枚のメモが原因で、城内の警備を強めていた。メイド長のアリアにも念押しするくらいにね。この日のワインを運ぶ担当はアスミ。彼女がワインセラーからワインを取った時、コルクの部分に特殊なシールが貼られていた。シールを剥がして、三つのグラスにワインを注ぎ、厨房を出る。この一連の流れは、フレイム城の信頼できるコック長が、終始目を離さずに見ていたわ。アスミを含め、厨房で毒を入れた人物は見られなかった。また、アスミが大広間に入ってからは、私を含めて周りの人が注目していた。アスミが毒を入れたり、別の人が毒を入れたりする素振りはなかった」

「その特殊なシールっていうのは、どのようなものなの。私は見たことないけれど」

 ダビィに続いてミネルヴァの番。特殊なシールと言われても想像できないのはその通りで、彼女の頭上にははてなマークが浮かんでいる。これはライ大臣が秘密裏に開発していたもの。アリアだって、最初は知らなかった。

「ライ大臣が開発した物なので、アクア王国の方には説明が必要ですね。失礼しました。対象物に特殊なシールを貼っておきます。それを一度でも剥がすと、同じように貼り直すことができない、という物です」

「シールの状態で未開封かが分かる、ということね」

「そういうことです」

 ミネルヴァは頭上にその画を思い描いているようで、右手の人差し指を一回転させた。

 エリリカはミネルヴァに頷いてから、話を続ける。

「毒が盛られたタイミングは、『厨房から大広間へ行く間』しかなかったのよ。皆は『毒を盛った時間が分かるなら、時間軸の何が分からないのか』と思うわよね。私達を悩ませた理由は別にある。それがお盆の裏に貼ってあったメモとアスミの濡れた手よ。このメモというのが、お父様達に届いたメモと同じ内容なの」

 エリリカは横の机からメモを取って、全員が見やすいように掲げた。メモは濡れたようにボロボロになっている。アスミはメモが出された瞬間、下を向いて体を縮めた。小さく肩を震わせている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る