第39話 過去の真実を知って
エリリカは大きな溜息を吐いた。
「気分は最悪ね。本当、最悪よ。それに、これを見てセルタ王子との結婚をしきりに勧める理由も分かったわ。戦争に負けたままだから、娘の私を結婚させて、少しでも同等になろうとしたのよ。アクア王国が両国の政権を完全に握らないようにできると思ったのね。犯人が私だけを殺さなかったのは、過去の事件に関係ないからよ」
「エリリカ様・・・・・・」
「安心して。アリアが引き戻してくれたお陰で、やるべきことを再認識できたから」
エリリカは鋭い視線で資料を見つめる。彼女の心にあることは一つ。真実の追求。エリリカは前に突き進むしかない。アリアは、彼女の瞳にある強い意志を見つけて安心した。
「イレーナ大臣の部屋に、研究用の本が沢山あったことは覚えてるでしょ。きっとあれは、マーク大臣の本だったのよ。フレイム城とアクア城の部屋の造りは線対称。部屋数も同じよ。代々の大臣があそこに住むとしたら、イレーナ大臣の前の住人=前大臣になるわ。つまり、マーク大臣が住んでいたのよ。マーク大臣が研究に使った本だから、そのまま残しているのね」
アクア城の大臣の部屋にあった本。その中には大量の書き込みが為されていた。余白のページが足りず、付箋を貼っているページもあった。
「あれだけの本ですものね。それに、ページ内の書き込みも凄かったですわ。アクア王国が発展していたのも納得です。でも、マーク大臣は自殺なされたのだと思っておりました」
「十五年前だと私は三歳だから、さすがに覚えていないわ。アリアは十歳か。どれくらい覚えているの?」
「それが、あまり覚えていませんの」
アリアは申し訳なさそうに首を振る。記憶を遡ってはみたが、やはり覚えていない。せっかく役に立てる場面なのに、思い出せない自分に腹が立つ。
「私はエリリカ様の指導をするために、毎日お勉強がありました。外出することもほぼありませんし、マーク大臣がフレイム王国を訪れる機会は少なかったのです。私がお話する機会はほぼありませんでしたわ。なので、性格や言動などはわかりませんの。私が知っていることは、戦争前にマーク大臣が自殺されたということだけです」
思い出せないことに落ち込むアリアの肩を、エリリカはポンッと叩いた。気にしないで、と微笑む。
「実際は、アリアが聞いていたことと違っていたのね」
「ええ。だから、とても驚いたのですわ。マーク大臣が自殺じゃなくて・・・・・・」
「一つ不思議なことがあるのよ」
エリリカは納得いかないという面持ちで資料を睨んだ。もちろん、悪いのはフレイム王国側。悪いという言葉では言い表せないようなことをした。しかし、アクア王国側が対応していれば、少なくとも戦争は起きなかったのではないだろうか。エリリカにはそう思えてならなかった。その考えをそのままアリアに伝える。
「毒を盛ったのはお父様達三人で、戦争はこれが原因で起きたんでしょ。それなら、どうしてダビィ王達は国民―特にフレイム王国―に公開しなかったのかしら」
「確かにそうですわね。公開した方が、フレイム王国の国民にマイナスなイメージを持たせることができますわ。それに、戦争にならなかったかもしれません」
戦争をすれば、間違いなくアクア王国もダメージを負う。それどころか、デメリットしか発生しない。それに、フレイム王国側がやったことを公開すれば、コジー達が批判されるだけで終わる。
「マーク大臣の死の真相を知ったら、フレイム国民は自分達の王に反感を覚えるはずよ。戦争をしようと思わなかったかもしれない。戦争はアクア王国にだって被害をもたらすのだし、できることならしたくないはずよ」
「ここまで隠す理由は何故でしょうか。先ほどは、イレーナ大臣の薬の包みも隠そうとしていましたし」
包みを毒薬の入れ物だと言いかけたのはダビィ。止めたのはミネルヴァ。そして、止められた後はダビィもはっとしたように誤魔化し始めた。イレーナ大臣の死にも思わせぶりな表情をしていた。
「理由は分からないけど、戦争が始まった原因を隠しておきたいからよ。それなら、毒のことも知らないフリで通すべきだわ。十五年前、あの毒を調べた二人なら、他に毒を知っている人がいないことも分かるはず。ダビィ王達だって、黙ってきただろうしね。
毒を知ってるって言えば、私達に問いただされるに決まってる。そしたら、隠していたい戦争の原因も知られてしまう。ミネルヴァ女王が止めたのは賢明な判断ね」
戦争の原因を知った今、その情報を提示しながら問いただせば、全ての真実を教えてもらえるかもしれない。探し求めていた真実が、目の前まで迫っている。アリアは緊張から手が震えた。
「それを聞くために、明日はアクア城へ伺いますか」
「いえ、明後日ね。時間的に、訪問することを伝える手紙が出せないわ。明日にはクレバ医師が検死結果を持ってきてくださるから、まずはそれを聞きましょ。それから手紙を出したとしても、夜には配達されるわ。明後日には訪問できるはずよ。
それに、あれの結果が出れば、私の考えが裏付けされる。そうすれば、今度こそ真実を見つけられる」
あれと言われても、パッと思いつく物がアリアにはなかった。クレバ医師の結果を待っているのだから、それに関係する物のはずだが。
アクア城を訪れた時のことを思い出してみるが、特に変わった物はなかった気がする。
「『あれ』とは、おにぎりとお茶のことですの?」
「いいえ、違うわ。まっ、お楽しみにね」
エリリカは可愛らしくウィンクしてみせた。アリアは不満そうに唇を尖らせる。
「教えて下さってもよろしいのではありませんか」
「内緒~。ほらほら、明日に備えて早く寝ましょ。最近は、事件事件捜査捜査であまり寝られてないでしょ。あっ、一緒に寝る?」
「いいえっ! お断りします」
「そ、そんなはっきり拒否しなくても」
エリリカを部屋に残して、アリアは自分の部屋に帰っていった。
部屋に戻った後、椅子に座って今までのメモを見返す。メモと睨めっこして自分なりに考えたが、事件の真相は全く分からなかった。謎が解けない自分に歯痒さを覚える。エリリカの言っていた「結果」を知れば、自分にも解けるかもしれない。そう期待を込めて、ふかふかのベッドに身を沈めた。
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