第40話 クレバ医師の来訪

 エリリカは着実に真相に近づいている。推理を進め、答えを見つけている。それなのに、自分には何一つ分かったことがない。思考がどんどん悪い方へ進みだした。弱気な自分を吹き飛ばすため、大きく伸びをしてメイド服に着替える。

 アリアは大広間で伝達事項を伝えると、エリリカの部屋に向かった。

「お腹が空いたわ」

 部屋に入るなり、挨拶よりもお腹の空き具合を報告された。

「第一声がそれですか」

「しょうがないじゃない。人間はお腹が空く生き物なのよ。アリアもたまには一緒にご飯を食べましょうよ」

「そういうわけにはいきませんわ。それに、私は起きたらすぐに食べますもの」

 アリアは昨日の仕返しとばかりに、誇らしげにエリリカを見る。内緒と言われ、教えてもらえなかった推理がいくつかある。それを若干根に持っているのだ。

「顔に書いてあるわよ。昨日の仕返し成功って」

「そ、そんなことありませんわよ」

「声が裏返ってた」

 エリリカがジトッとした目でアリアを見るが、もう視線が合わない。アリアは愛用の懐中時計で時間を確認していた。

「クレバ医師は何時頃お見えになるのでしょうか」

「あ、話を逸らした。まぁ、良いわ。どっちにしろ、クレバ医師がいらっしゃる前にご飯食べたいし。食堂に行きましょ」

 二人は食堂まで降りていき、エリリカは朝食をとった。食後のコーヒーを飲んでいる時に、訪問者を告げるベルが鳴った。アリアは緊張からか、自然に背筋が伸びる。エリリカの余裕そうな表情にも、微かながらの緊張が伺える。

 執事長のトマスは、クレバ医師を食堂まで連れてくる。静かな動作でコーヒーを置くと、トマスは部屋を出ていった。

「姫様おはようございます。全ての結果が出ましたよ」

「おはようございます。そちらにお掛け下さい。まずは、検死結果からお聞きしてもよろしいでしょうか」

「もちろんですとも」

 クレバ医師は、案内された通りに椅子に座る。お馴染みになりつつある茶色の革鞄からは、三枚の資料が出された。それを一枚ずつ机の上に広げる。

「イレーナ大臣は毒死ですな。最初の事件と同様に、アクア王国で売られている三種類の薬を混ぜた毒です。死亡推定時刻は一昨日の夜。つまり、姫様達が訪問なさる前日の夜です。

 この毒は、体内に摂取されたわけではありません。イレーナ大臣は飲んでいないのです」

「飲んでいないとなると、触るくらいしか思いつきません。手から摂取したのですか」

 毒の調査報告で、クレバ医師は触るだけでも危険と言っていた。経口摂取でなくとも、少し触れるだけで死に至る恐ろしい毒。

「さすがでございます。ご説明した通り、触れるだけでも死に至る危険な毒です。右手の親指と人差し指の腹部分に、毒が付着しておりました。指で毒を触ったために、亡くなられたのですな」

「自殺か他殺かは置いておくとして、毒死で間違いないみたいですね。毒を作っている途中だったかは分からないけど、何らかの方法で触ってしまった。

 次は、おにぎりとお茶について教えてください」

 クレバ医師は中央の資料を指さす。おにぎりとお茶は、アクア城の使用人が、イレーナ大臣の指示に従って用意した物。

「おにぎりとお茶に、あの毒は入っておりません。もちろん、他の成分も入っておりませんよ。至って普通です。誰が飲み食いしても問題はないでしょう」

「イレーナ大臣が作らせたままの状態ってことですね。厨房で毒を入れられたわけでも、自分で毒を入れたわけでもない。私の推理が裏付けされていくわ。

 最後に、アレの結果もお願いします」

 エリリカの声で、クレバ医師は最後に残った資料を指さす。アリアはやっと知ることができる。エリリカが持ってきた物は、他にあっただろうか。それとも、別の何かを調べていたのだろうか。結果を聞けば、真実を見つけ出せると言っていた。アリアは、瞬きも忘れて食い入るように資料を見る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る