第37話 事件の話②

「ここまでの根拠から、箱を運ばせたのはイレーナ大臣だと思うの。資料が部屋にあったのは、動かせない事実だから。でも、私はイレーナ大臣の自殺説には反対なのよ」

「え、そうなのですか」

 エリリカの矛盾した考えに、アリアは上手く反応ができなかった。エリリカの推理では、箱を運ばせたのはイレーナ大臣で、犯人の可能性があると出ている。しかし、一方では、脅迫されて自殺したわけではないと考えている。エリリカが分からないのなら、アリアにはもっと分からない。

「細々した理由を言うと、あの脅迫状にはなんの要求も書かれていなかったこと。これに関しては、アリアも言った通り、脅迫状を書いた人物が名前や要求物を書くことを渋ったのかもしれない。それじゃあ、メモではなく封筒を持って死んでいた理由は何? 送り主が書いてない封筒を持つくらいなら、何も持たないか、脅迫文の方を持つわよ。

 次が、自殺説に反対する一番大きな理由よ。粉末状の毒薬を飲んだのに、お茶が減っていなかったのはなせ? これはダビィ王も仰っていたわ。『飲食物に手をつけた形跡がないのでな』と」

「あっ」

 アリアは、エリリカに言われてから初めて気がついた。隣のおにぎりに一切手がつけられていなかったから、お茶が減っていない違和感に気づけなかった。おにぎりに手がつけられていないのなら、お茶にも手がつけていないだろう、と。ダビィ王が「おにぎりは減っておらんし、お茶はグラスいっぱいに注がれたままだった」と言っていたことから、勘違いでもないだろう。おにぎりにもお茶にも、イレーナ大臣は手をつけていなかった。

「クレバ医師の検死結果を聞けば、より確実になるでしょうね。イレーナ大臣に外傷はなかった。死因は毒の摂取で間違いないと思う。毒薬の包みと思われる物は、机の上にあったわ。

 これだけ犯人たる条件が揃っているのに、お茶が減ってない。これだけが足りないのよ。だから私は、イレーナ大臣の自殺説を信じられない。箱を運ばせたのはイレーナ大臣だと思うのに、自殺説は信じられない。我ながら矛盾してるわ」

「お茶が減っていないことへの違和感にも気づけませんでしたわ」

「私も、あの時は周りの状況を把握するのに集中してたから、気づかなかったわ。帰る途中で思いついたのよ」

 エリリカは軽く頭を振った。それに合わせて赤い長髪が軽やかに揺れる。細かいことにまでが気づくエリリカは、やっぱり凄いとアリアは思った。

 エリリカは両手をパンッと合わせて、明るい声を出す。

「さ~て、本題に入るまでに時間が掛かっちゃったわね。でも、アリアと話しながら推理できてよかったわ。頭の中が整理できたもの。次はお待ちかねのあれね。出してもらっても良い?」

「かしこまりました」

 エプロンのポケットから、イレーナ大臣の部屋で見つけた資料を取り出す。何枚もの束になった紙。そこには、エリリカ達の知りたかった真実が書かれている。

「毎回思うけど、一日中動いているのに、よく皺にならないわね」

「メイドとして当然ですわ」

「それは、メイド関係あるのかな」

 アリアは誇らしげにしていて、エリリカのツッコミを全然聞いていなかった。

 エリリカはアリアから資料を受け取った。見やすいように、一枚ずつ机の上に広げる。二人して資料を覗き込むと、各々が黙って読み進めた。

 永遠にも感じられる沈黙。

 二人とも、資料はとっくに読み終わっている。書いてある内容は、文字通り理解できている。エリリカ達は文字が読めるのだから。二人が沈黙状態に陥った理由は他にある。ここに書いてある内容を脳が処理しきれない。

 エリリカ達が生きてきた中で、こんな話は一度も聞いたことがない。そんな話は知らないのだ。そもそもこれが本当なら、あの三人は罪を犯したという言葉では済まされない。

 体感一時間ではなく、本当に何時間も座っていたかもしれない。エリリカはあの時、倒れたフレイム夫妻を隣で見ていた。両親が毒殺される瞬間を見て、大きく絶望した。今、それと同じくらいか、それ以上の絶望を味あわされた。エリリカの意識が深く暗い底に沈んでいく。

「エリリカ様、しっかりして下さいませっ!! あなた様はフレイム王国の王様にして女王様ですわよ。何をぼーっとしていらっしゃいますの。エリリカ様には、この国のトップとして、事件を解決する義務がありますのよ」

「っっ!!!」

 隣に座るエリリカに向かって、アリアの声で精一杯呼びかける。感情がなくなっていたエリリカは、アリアの声で地の底から戻ってくる。彼女の瞳には、いつもの強い意思が宿る。真っ青だった顔に、少しずつ赤みが差してきた。

「ごめん・・・・・・いや、ありがとう」

「うふふ。お安い御用ですわ」

 最後の「ありがとう」には、エリリカの力強さが表れていた。アリアは穏やかに、静かに、微笑んだ。

 緑の瞳を見開き、エリリカはしっかりとした手つきで資料を取る。現実をこの手で受け止めるために。

「犯人の動機は復讐。それは私のお父様とお母様、ライ大臣の三人が、過去に犯した罪が関係している。その罪がこれね。『子どもだったからしりません』は通用しないわ。私は、三人の罪をも背負ってこの国に立つっ!」

 エリリカは人指し指を親指で滑らせ、左手の資料を弾いた。その反動で、資料は大きく揺らめいた。

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