第36話 事件の話①

 三人で食事をした後、ローラとトマスとは三階で別れた。アリアはエリリカの部屋がある五階へ向かう。

「お仕事はお済になりましたか」

「全部終わったわよ、アリアは?」

「私もですわ。先ほどまでローラ、トマスさん、アスミと一緒でしたの」

 ローラとお風呂に入ったことから、三人で食事をしたことまでを話した。話の最初、エリリカはむっとして聞いていたが、アリアは全然気づいていない。

 全てを聞き終えた瞬間、エリリカはアリアの肩をバッと掴んだ。

「えっ。何それ楽しそう! どうして私を呼ばないのよ。ケチッ。それならご飯の時間を合わせたわよ。っていうか、ふ~ん。ローラとお風呂に入ってきたのね。へぇ」

「ど、どうなさったのですか」

「私もアリアと一緒に入りたかった! ローラが羨ましい。五階のお風呂じゃなくて大浴場に行けば良かった」

「エリリカ様が大浴場をお使いになるのは駄目ですわよ」

 何故か怒るエリリカをアリアは必死に宥める。そのかいあってか、段々落ち着きを取り戻していった。安心したのも束の間、エリリカがとんでもないことを言い出した。

「じゃあ、明日はこの階のお風呂を使ってね。私と入るのよ。はい、決定」

「そんな・・・・・・。横暴ですわ」

 まさかの発言にアリアは固まってしまう。反論の言葉も出てこない。

「女王命令ですぅ。絶対守ってもらうわよ」

「公私混同ですわ」

「なんと言われようとも意見は変えないわよ。終始自分の意見を変えないことも大切。初志貫徹ね」

「それは違う気がしますわ」

 エリリカは勝ち誇った笑みでアリアを見返す。こういう時のエリリカには、何を言っても無駄なのだ。しかし、アリアはこのやり取りを心のどこかで喜んでいた。

「それはさておき、アスミは大丈夫そうだった?」

 食堂でのアスミは終始様子がおかしかった。話を聞いただけのエリリカには、その詳しい様子が分からない。

「私が見た限りですけど、お顔の色が優れないようでしたわ。今朝のことを引きずっているのかもしれません」

「今朝のこと?」

 アリアはトマスから聞いた話をした。夜の警備兵が見たという、アスミが城から抜け出した話。

 話を聞いたエリリカは眉をひそめる。

「真面目なアスミが、ね。あの子は大人しい子だし、こっそり抜け出すなんてできないと思っていたわ。そもそも、申請してくれれば夜の外出許可だって出したわよ」

「こっそり外出したということは、人に知られたくなかったのではないでしょうか。ワインを運んだ責任、それにより疑いの目が向くことを恐れていたのかもしれませんわ」

「犯人捜しをしていることが、アスミに良くない影響を与えていたのかもしれないわね。反省だわ」

 エリリカは、目尻を下げて申し訳なさそうに笑う。アリアもアスミへの配慮が足りなかった、とメイド長としての責任を感じていた。

「でも、帰ってきたのが三、四時間後っていうのが気になるわね。そんな長い時間散歩してたのかしら」

「本人はそれしか言っていませんわ。それから、これは昨日聞いた話ですけれど、ローラの話もしておきますわ」

 昨日の朝、伝達時間の後に聞いたこと。箱の運搬を頼んだ人物を、ローラは見なかったという話。

「ローラも見てないのね。確か、彼女が先に四階へ行って、イレーナ大臣が後だったわよね」

「ええ、間違いありませんわ」

 イレーナ大臣が四階に上がった時、そこにはローラがいたと証言していた。つまり、ローラが先に四階へ行き、イレーナ大臣は後から着いたことになる。

「それなら、イレーナ大臣がローラに運ばせた可能性もあるってことよね。彼女はまず、ローラに運ぶよう声をかける。ローラが階段を上がったのを見て、自分も箱を持って階段を上がる。これで、ローラの後にイレーナ大臣が来たという構図が生まれるわ」

「イレーナ大臣は自分の箱を運び、降りてからローラに声をかける、という順番では駄目ですの。ローラが先に上へ行きましたが、この順番ではいけないという理由があるのでしょうか」

 箱を運ぶ順番。これは重要な気がする。アリアが質問すれば、エリリカは順序立てて説明してくれる。それによって、二人ともが頭の中を整理できる。

 順番に関する質問に、エリリカは丁寧に答えてくれた。

「イレーナ大臣が犯人で、荷物を運んだ場合だと考えてみて。四階で、もう一人の運んだ人物と接触する必要があるのよ。その理由は、相手に『イレーナ大臣も荷物の運搬をやらされた』と証言してもらうため。

 あの日はお父様達の葬儀で、私達は捜査を始めていたわ。運ぶ相手が自分以外にいるということは、その分協力者を作っているということよ。ローラ本人が気づいていなくてもね。『被害者仲間であることを伝える証人』という安全策は必須になる。

  だから、ローラに荷物を運ばせて、同じタイミングでイレーナ大臣も上がったのよ。お互いに箱を持った状態で会えるようにね」

 分かりやすいように、エリリカは右人指し指と左人指し指の腹を突き合わせた。リスクを犯して箱を運ばせた。賢い犯人ならそれをカバーするために、自分を安全圏に置く計画を考えていたはず。

 あまり考えたくはないが、アリアにはもう一つの可能性も浮かんでいる。

「それなら―疑う訳ではないですが―、ローラが犯人で箱の運搬を頼んだ、という説も成り立ちますわよね」

「それはないと思うわ。理由は二つよ。ローラが犯人だと仮定して聞いてね。

 一つは、四階で会う順番。ローラが先に上がれば、イレーナ大臣に声をかけられない。仮に声をかけてから上がったとしても、イレーナ大臣がすぐに運ばなければ、会うことができない。証人にもなってもらえないわ。いつ運ぶか分からないイレーナ大臣を、四階で待っていられないでしょ。警備兵に声をかけて上に行くのだから、長居すれば怪しまれる。

 二つ、ローラならもう一箱を用意する必要がない。一箱は水瓶でもう一箱は空箱の可能性があるわね。空箱は四階で証人を作ることを目的に、二箱を一人ずつで運ぶ用に準備されたとする。イレーナ大臣の場合、用もないのに一人で四階に行くのは怪しまれるわ。でも、ローラは違う。三階に自分の部屋があるのだし、ライ大臣への荷物を事前に頼まれていたと言えば通してもらえる。協力者という危険を冒してまで、もう一箱を運ばせる必要がないのよ。

 確実に言えることは、イレーナ大臣は書斎で資料を盗んだってことね。だから、四階へ行く必要があった。その理由づけとして、箱があったのかもしれないわ。

水瓶を箱に入れて持って行ったのなら、あの場で衝動的に殺したって可能性はないわね。そうなると、復讐と資料の回収という、二つの目的を同時に果たした可能性も考えられるわ」

 一呼吸置くために、エリリカは机の上のグラスに手を伸ばす。静まり返った部屋には、エリリカのお茶を飲む音だけが響いている。

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