第26話 証言と証拠集め

 住み込みの警備兵の部屋は三階にあるが、待機所は裏庭にある。住み込みの警備兵が、仕事とプライベートを分けるためだ。同じ理由から、使用人の待機所も警備兵と同じ場所にある。もちろん、空調などの設備はしっかりしており、快適に過ごせる。

 待機所が裏庭にあることから、やることその四である「警備兵から話を聞く」を実行することにした。

 待機所では兵士長が休憩から戻るところだった。兵士長は、階段担当八人の中のリーダーだから、全員の報告を聞いている。彼一人に話を聞く方が効率良いということになり、早速エリリカが声をかける。

「昨日の警備について聞いても良いかしら。その日、怪しい人物が階段を上がったり、階段の前を通ったりしなかった?」

「そのような報告は受けておりません。また、自分も見ておりません」

「警備の仕事が始まってから、通った人が誰だったかは覚えてる?」

「姫様とライ大臣、トマスさん、アリアさんにローラさん、アスミさん、ダビィ王にミネルヴァ女王、セルタ王子にイレーナ大臣です。お祈りに来た住み込みの使用人には、私達が終始付き添っておりました」

 フレイム城とアクア城の関係者ほぼ全員が、階段を通っていた。階段を通った人の証言だけでは、犯人を絞れそうにない。しかし、重要なことは他にもある。

「四階から大きな音が聴こえた時、警備兵が二人駆けつけてくれたわよね。その時、誰かと擦れ違ったり、階段を降りて来たりしなかった」

「いいえ。そのような報告はありません。また、これに関しても自分は見ておりません。他の警備兵の報告も信じて頂いて問題ありません」

 兵士長は綺麗な敬礼を崩さないまま答える。彼は真面目な性格で、信頼されているが故に兵士長を任されている。この証言は信用して良いだろう。

「イレーナ大臣とローラが、ライ大臣の部屋に箱を運んだそうだけど、それはどう聞いたのかしら」

「お二人とも、『ライ大臣の元へ荷物を運ぶよう頼まれたから、通っても良いか』とお聞きになりました。ローラさんもイレーナ大臣も怪しい人物ではありません。それに、ライ大臣は体調が優れない様子でしたので、荷物の運搬を二人にお任せしたのだと思いました。誠に申し訳ありません」

「なるほどね、ありがとう。気にしなくて良いのよ。これからの仕事も頑張ってね」

「はいっ。お任せ下さい」

 兵士長が再び綺麗に敬礼する。エリリカ達は兵士長が仕事に戻れるように、城内へ移動した。怪しい人物が階段を通った形跡はない。全員が城の関係者。それが意味することは一つ。この中に犯人がいる。

 エントランスまで歩いてきて、今後の実行計画を確認する。

「大広間は一階だし、このまま花瓶の位置を・・・・・・って、あれ?」

「どうなさいました」

 城の扉付近にある棚を、エリリカは不思議そうに眺めている。が、その顔が段々と青ざめていった。

「これは、マズいわ。ひっじょ~に、マズいことになったわ。ないのよ」

「何がないのでしょうか」

「水瓶よ」

「水瓶ですか? あら、本当ですわっ!」

 アクア王国から寄贈された特注の水瓶がなくなっている。この水瓶は終戦の記念として寄贈された、友好の証だ。それを失くしたとなれば大問題どころでは済まされない。

「いつからないか覚えてる!?」

「えっと、私が最後に拭いたのはご葬儀の日ですわ。朝のメイド達への伝達の前です。それ以降は棚を注意して見ていませんので、分かりませんわ」

「う、う~ん。とりあえず後で考えましょ。とにかく花瓶を見に行くわよ」

 重要問題ではあるが、ここに留まっていても、水瓶が戻ってくるわけではない。二人は例の花瓶が乗っている棚の前まで移動した。手分けして、その周辺を隅々まで確認する。

「アスミは必死に拭いたんでしょうけど、カーペットがまだ濡れてるわね。でも扉横の棚周りだし、大広間に入る人は扉に目を向けてるから、この位置なら気づけないかも。

 濡れた跡を見れば一目瞭然ね。零れた水の量が多くて布が吸収しきれなかったから、あれだけ手が濡れたのよ」

「大広間は朝の伝達の際に使用しておりますが、私も全く気づきませんでした。確かに、この位置なら扉の把手に視線がいっているので、床は視界に入りません。ですが、床の汚れに気づかないとはメイド失格ですわ」

 事件の捜査とは全然関係ないところで、アリアが落ち込み始めた。自分の仕事に強い責任感を持っていることは知っているので、エリリカは慌ててフォローに入る。

「こんな所、誰の目にも入らないわよ。それに、昨日は葬儀やライ大臣のこともあって、そこまで気を配れなかったでしょ」

「はい・・・・・・」

「せっかく私が励ましてるんだから、元気出しなさいって。アリアは頑張ってくれてるわよ。偉いっ!」

「はぁ、ありがとうございます」

「なんでまだ納得してないのよ」

 アリアの頑固さに、エリリカは呆れて笑ってしまう。責任感が強すぎるのも問題かもしれない。

 念のため、二人は濡れたカーペットをカメラに収める。

 次は、四階のライ大臣の部屋に移動する。カーペットの染みが未だに人型を保っている。そのせいで人の死が余計に生々しく感じられた。

 さっきまで、楽観的にアリアを励ましていたエリリカの表情が、いっきに変わる。水瓶がなくなったことに気づいた時よりも真っ青だ。

「これは、マズいわ。ひっじょ~に、マズいことになったわ。なんであの時気づかなかったのかしら」

「今度はどうなされたのですか。全く同じことを仰っていますわよ」

「あの破片を見てよ」

「ライ大臣の周りに散らばっている破片ですわよね。現場保存のために残してあるので確認できますわ」

 破片には昨日も気づいていた。ライ大臣の周りに沢山散らばっている。彼の脈を測った時、アリアは踏まないように気をつけた。昨日の状態そのままで残っている。

 散らばっている破片をじっと見て、アリアはやっと気づいた。いや、気づいてしまった。アリアの顔色も真っ青に染まる。

「その顔、気づいちゃったみたいね。はぁ、なんで昨日の時点で気づかなかったのかしら。これ、この赤色と青色の破片。アクア王国から寄贈された水瓶の破片よ」

「酷いですわ。誰がこんなことをしたのでしょうか」

「犯人に違いないわ。クレバ医師が言っていた、二回目の鈍器がこれなんだと思う。ほら、水瓶の底面、棚に面している部分は平らでしょ。でも、ライ大臣を殴ったくらいでここまで割れるかしら」

 クレバ医師の検死結果には、凶器を替えて二回殴られたとあった。一回目は棒状のような物だったが、二回目は平らな物だったはず。水瓶の底は平らだから、二回目の凶器の特徴と一致する。

 葬儀の日、アリアは伝達前に水瓶の手入れをしたことを思い出す。

「水瓶のお水を最後に入れ替えたのは、多分私ですわ。だから言えるのですが、水瓶にはそれほどお水を入れていませんの。カーペットの染みと水瓶の中のお水の量が、合わない気がしますわ」

「さすが私のアリアね。水の量の違いにも何か意味があるのかしら。とりあえず、事件に関係のありそうな物が他にもないか、探しましょ。部屋に戻った時にでもまとめて考えれば良いわ」

 エリリカが暖炉に目を向ける。今は火が消されているから、中で燃えていた物がよく見える。暖炉の中には、燃えかけの薪と何かの破片のような物があった。割れた水瓶の欠片と比べると少し大きいように見える。完全に燃え切っていない証拠だろう。焦げていて色は判別できないが、何種類かの破片があることは分かった。塊のような破片が何十個も残っている。

「これも破片かしら。パッと見てだけど、三、四種類くらいの材質はありそうね」

「燃え切ってはいませんが、ここまでバラバラだと元の状態が分かりませんわね」

「いくつかの物を燃やしたのか、いくつもの素材でできた一つの物を燃やしたのか。判断に困るわ」

 アリアは、部屋に置かれたままの赤い箱に視線を移す。

「これが、もう一方の箱に入っていた物なのでしょうか」

「元の状態が分からないんじゃ、部屋にあった物か、運んだ物なのかも分からないわね」

 話し合った結果、暖炉の中身も引き続きこの状態で保管しておこうということになった。この破片が何かの証拠になるかもしれない。

 二人はライ大臣の部屋を隅々まで探索した。アリアは、机にある鍵穴付きの抽斗が開くことに気づいた。エリリカを呼んで、二人で抽斗を開ける。そこには一枚のメモが入っていた。エリリカがメモを開くと、白い羽が一枚床に落ちる。

 メモには、簡潔にして明瞭な一文だけが記載されていた。簡素で無機質な文章。ミミズがのたくったような下手な文字。なのに、嫌でも記憶に残る字面。

『お前たちは罪を犯した』

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