第27話 謎のメモと犯人の動機

「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしてこのメモが、ライ大臣の部屋にあるの!?」

 エリリカは信じられずに声を上げる。メモを持つ手に力が入り、両端が皺になる。アリアだって信じられない。

 皺になったメモに気づいたのか、エリリカは正気を取り戻した。

「す、少し落ち着きましょ。・・・・・・ふぅ。あのメモは今でもアリアが持っているわよね」

「もちろんですわ」

「出してもらっても良い」

 アリアはエプロンのポケットからメモを取り出す。二枚の筆跡は違うが、どちらもわざと崩して書いていることは分かる。筆跡から犯人を調べるのは無理だろうが、同一人物であることに変わりはない。

「ライ大臣は体調が悪かったわけじゃないのね。きっとこのメモの内容に怯えていたんだわ。逆に言えば、このメモの内容は、あそこまでライ大臣を怯えさせる効果があったってこと。

 それに、このメモを受け取ったことで部屋に籠るってことは、自分が殺されることに気づいたってことよね。私達はお盆の裏に貼られているメモを発見したけど、お父様達は別で受け取っていたのかもしれないわ。これと同じ内容のメモを。だから、あれだけ警備を心配したのよ。自分達が殺されるかもしれないから」

「エリリカ様、大丈夫ですか。えっと、このメモの意味を調べる必要がありそうですわね」

 メモの内容に三人が怯えていたことが分かれば、いよいよ、犯した罪の存在が現実味を帯びてくる。つまり、エリリカの両親は犯人に殺人をさせるほどの罪を犯した、ということになる。

 どう声をかけて良いか分からないアリアに、エリリカはっきりと言い切った。

「気を遣わなくても良いのよ。私は真実を知るって、探すって決めたから。もう落ち込んだり迷ったりしない。アリアが隣にいてくれるだけで、私は真実に立ち向かっていける。だから、絶対に傍を離れないで」

「お任せ下さいませ」

 エリリカの表情は晴れ晴れとしており、あの日の落ち込みはどこにもなかった。窓から差し込む光の反射で、エリリカは一層輝いて見える。アリアはエリリカの決意を受けて、彼女の隣にいると強く誓った。

「三人が同じ内容のメモをもらい、三人が同じように怯えている。なら、メモにある罪っていうのは文字通りの意味ってことね。じゃなきゃ、悪戯として放っておけば良い。怯えるってことは認めるってことよ。そして、犯人は三人の犯した罪を知っている。

 犯人の目的は復讐。脅迫なら、この手紙で過去を知っていることを伝え、お金なりを貰えば良い。殺したら自分が望む物を貰えないわ。それなのに、犯人は罪を知っていると伝えた上で殺した。このメモは、三人に謝罪させて罪を悔い改めさせるためだったのよ。今思えば、三人が罪を発表できる場がある直前に、メモは送られていたわ。お父様達は私の誕生パーティーの前だから、その時の挨拶で言えた。ライ大臣はお父様達の葬儀の前だから、その時の挨拶で言えた。三人は発表する場があったにも関わらず、罪を認めずに公表しなかった。だから、犯人は殺したのよ。

 ここから言えることは一つ。三人が犯した罪は、犯人に殺人を実行させるほどの被害をもたらしたってことよ」

 身近にいたフレイム夫妻とライ大臣が、何らかの罪を犯した。罪という言葉が、アリアにも重くのしかかる。

「でも、毒はコジー様の挨拶より前に盛られていますわよね。発表の場が終わった後ではありませんわ。犯人はコジー様達が発表したからと言って、許すつもりがあったのでしょうか」

「発表して罪を認めたら、お父様達がワインを飲むことを止めていたかもしれない。逆に、発表しても許せなくて殺していたかもしれない。そこまでは推理で出せる答えじゃないわ。犯人の気持ちの問題だから。

 私達二人で犯人を捕まえるって決めたんだから、その時にでも聞けば良いのよ」

 エリリカは美しい顔に似合わず大きな声で笑った。強がっているだけかもしれないが、アリアにはありがたかった。エリリカの笑顔はアリアの支えだから。

「これで、ライ大臣がベッドで寝てなかった理由も分かったわね。自分が殺されるかもしれないのに、呑気にベッドで寝てられないもの。椅子に座るとかして、誰も来ないことを祈ったに違いないわ」

 最後の言葉を聞いて、アリアはやるせない気持ちになった。自分が殺されるかもしれない。それが分かっていながら閉じこもっていたライ大臣は、何を考えていたのだろうか。アリアはベッドに目を向けるが、冷え切った空気しか感じられなかった。それは、ライ大臣の犯した罪に対する、疑惑からだろうか。

 三人が犯した罪について調べるため、同じ階にある書斎に移動する。今度は明確な目的をもって探索に挑む。

 二人がかりで何時間も探し回った。しかし、アリアにはそれらしい資料を見つけることができなかった。

「過去に関する資料はありませんでしたわ。隠したいことが書いてある資料ですもの。処分したのでしょうか」

「違うと思うわ。これを見て」

 エリリカが何冊かの本やファイルを持ってきた。そこには、不自然に破られているページや抜けているページがあった。

「誰かが盗んだということでしょうか」

「そう思うわ。犯人の可能性が高い気がするけどね。これらの本やファイルは見つけやすい場所にあったわ。持っていった人が資料だけ抜き取って慌てて帰ったのね。戻すのも忘れて」

「よほど時間がなかったのですね。あまり気持ちの良いことではないですけど、持ち物検査をした方が良いのでしょうか」

 今まで信頼してきた関係が崩れそうだが、犯人の正体を突き止めるためには仕方がないのかもしれない。エリリカは、少し迷った後に答えを出す。

「しない方が良いわね。もし犯人がこの城にいるのなら、間違いなく資料は処分しているわ。捜査している私と同じ場所に住んでるのだからね。それならいっそ、私達がここまで掴んでいることを内緒にするべきよ。犯人を油断させられるわ。アクア城の関係者に対しての荷物検査も良くないわね。疑っていることを悟られたら動きにくい上に、両国の仲を悪化させかねない」

 エリリカの言う通りだ。ただでさえ、こちらは友好の証である水瓶を割っている。これ以上は、問題になりそうな行為を控えた方が良い。犯人を見つけることは優先事項だが、両国の仲を壊したくはない。

 他に目ぼしい物は見つけられなかったので、二人は探索をやめた。

 五階にあるフレイム夫妻の部屋まで移動した。ライ大臣の部屋同様、天井には大きなシャンデリアが輝いている。

 そもそも、フレイム城にある家具の配置はほぼ同じ。天井には大きなシャンデリア。暖炉の両脇には、フレイム王国の守護神が持つ松明。暖炉が面している壁には火かき棒、机や椅子、ベッドは最高級の物ばかり。アクア城の家具の配置も線対称になっている。

 再び二手に別れて部屋中を捜索する。

「お父様達の部屋には特に何もないわね。メモは破るなりして捨てたのかしら。アリアは何か見つけた?」

「いいえ。私も見つけられませんでしたわ」

「連続で見つけられるほど簡単じゃないか~」

 フレイム夫妻の部屋では、何も見つけられなかった。結局、そのままエリリカの部屋に引き返す。二人して椅子に腰を降ろし、温かい紅茶を口に含む。

「『他人の部屋は漁れ』ってね。動機をはっきりさせられたのは大きいわ」

「それは誰の名言ですの。お行儀が悪いですわよ」

「私が作った!」

「全く自慢になりませんわ」

 アリアは大きく溜息を吐いた。

 メモの内容に対して、三人が大きく動揺していたことは分かった。動揺して警戒している。つまり、コジー、エリー、ライ大臣には、犯した罪に思い当たる節があるということ。

「毒の種類や盛られたタイミング、四つにまとめた謎は、その一の犯人の名前以外全部解けたしね。次はライ大臣の謎よ。これが少しでも解ければ、お父様達の時に推理した分と合わせて、犯人が分かるはず!」

「はずって、そこはビシッと仰って下さいな」

「てへっ」

 エリリカは舌を出しておどけてみせる。こんな様子を見ても、アリアには確信があった。エリリカはやると決めたら絶対にやり通してみせる。犯人を捕まえて真実を見つけ出すことだって、きっと。

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