第25話 ライ大臣の検死結果と毒
エリリカとアリアは食堂まで降りていく。部屋に入ると、クレバ医師は立ち上がって挨拶をした。エリリカは椅子に座り、アリアはその後ろに控える。クレバ医師は鞄から資料を取り出した。その資料をエリリカ達が見やすいように机の上に並べる。
「ライ大臣の検死結果が出ました。それに、毒が何であるかも判明しました。
まずは、ライ大臣の検死結果からお話します。昨日お話した通り、撲殺で間違いありません。しかしですね、不思議なことに、別の凶器で二回殴られたようなのです。ライ大臣の後頭部には、少しずれて二つの傷痕がありました。下側、つまり最初につけられた方の傷痕は、硬い棒状のような物で後ろから一撃。上側、つまり二番目につけられた方の傷痕は、平らな物で後ろから一撃。硬い棒状のような物で殴った後、平らな物で殴ったということです。ただ、どうやら一回目の傷痕が致命傷になっていたようなのです」
頭にできた二つの傷痕。別々の形を想像しながら、クレバ医師の話を聞く。わざわざ違う物で殴ろうとした、犯人の行動が理解できない。
エリリカも同じ疑問を持ったようで、クレバ医師に意見を求める。
「最初に殴った時点で死んでいたのに、二回目を殴った。しかも、凶器を替えてってことですね。犯人はライ大臣が死んだことに気づかず、二回目を殴ったって可能性はありますか? まぁ一回目で死んだのなら、凶器を取られて別の物で殴った、という可能性はなくなりますけど」
「死んだことに気づかず、確実に殺すために、二度目を殴った可能性はあります。しかし、一回で殺せたのか不安だったのなら、同じ凶器で殴れば良いのです。凶器を替えれば時間が掛かり、反撃を受けるリスクが高くなります。死んだか不安ですぐにでももう一撃加えたいのなら、むしろ、同じ凶器を使うべきです」
凶器を取られたわけでもないのに、わざわざ別の物に持ち替えて殴った。一回でライ大臣は動かなくなったのに、その隙をついて持ったままの凶器で殴らなかったのは、なぜなのか。この場で考えてもアリアには分からなかった。
クレバ医師は眼鏡を掛け直し、手持ちの資料を捲った。
「次はワインに混ぜられていた毒のお話ですね。簡潔にお伝えしますと、毒はアクア王国で製造、販売されている薬でした」
「アクア王国の方ですか。あっちの国で造られている薬が、どうしてフレイム王国に・・・・・・」
アクア王国とフレイム王国は、時間内に関所を通らなければ移動できない。毒はアクア王国の物で、使われたのはフレイム王国。アクア王国の者が犯人なら、自分の国で手に入れた毒を、相手の国に出入りしたタイミングで使う必要がある。フレイム王国の者が犯人なら、相手の国で毒を手に入れ、自分の国で使う必要がある。
毒の入手場所と使用場所は、関所を挟んで反対側になっている。エリリカは悩まし気に腕を組むが、クレバ医師にだって分かるはずがない。
「毒はアクア王国で売られている市販薬です。三種類の薬を混ぜたようですな。どれも粉末状で、液体にすぐ解けます。もちろん市販薬なので、薬一つ一つは症状の改善を図るものです。悪影響どころか、症状改善のために優秀な効果を発揮します。しかしその反面、これらの薬を下手に混ぜると、効力の高い毒ができてしまうのです。毒性が非常に高いため、液体の中に三種類の粉を入れただけでも危険です。口から摂取しなくても、手が触れるだけで死に至ります。姫様も、違う種類の薬を同じ時間に服用したことは、ほぼないかと思います。薬の飲み合わせによっては、悪影響となるからです。
念のため、この毒で亡くなった方がおられたのかも調べました。先日お話した信頼できる仕事仲間にも手伝ってもらい、両国の死亡記録に目を通しました。公式の記録には、他殺・自殺共に、この毒で亡くなられた方はおりませんでした。
医者の僕達が三人がかりで調べて、やっと見つけた作り方です。この毒を服用したことによる死者の、公式な記録はありません。細かい分量までは分かりませんが、毒は三種類の粉末を適量ずつ混ぜれば完成します。この方法を知っている人物は限られると思いますな」
公式の記録にもないような毒。犯人は一体、どこでどうやって毒の作り方を知り得たのか。アスミの手が濡れた原因を突き止めたと思ったら、次の難問が目の前に突きつけられた。
それでもエリリカはめげない。彼女はひたすら前に進み続ける。
「この毒による死者の前例がないのに、犯人はどうやって作り方を知ったのでしょうか。市販薬なら入手自体は簡単で、多くの家に備えてあるでしょうし。購入した人物の動きや持ち主から、犯人を探すのは難しそうですね」
市販薬なら、どの家庭にも備えてある可能性が高い。ということは、アクア王国の住人全員が犯人候補となるようなもの。時間内に関所を移動した場合は、フレイム王国の住人にだって購入は可能だ。持ち主、購入者という面では、誰もが犯人候補となってしまう。
「僕もそう思います。三種類の薬自体はアクア王国の者なら誰でも使用しています。全国民が使っていると言っても過言ではないでしょう。それに、フレイム王国にはアクア王国に親族を持つ者も大勢います。薬の貸し借りは行われていると思いますな。持ち主や一度でも使用したことのある人物から探すのは難しいでしょう」
「分かりました。毒に関しては、作り方を知っているか、という面で捜査してみます」
「その方が良いと思いますな」
クレバ医師はグラスを右手に持って、ゆっくりと飲み干した。彼は机の上の資料を鞄の中にしまう。
「それでは、僕はこれにて失礼します。他にも調査の必要なことが出てきましたら、遠慮なく呼んで下さい。すぐにでもお調べます」
「今回もありがとうございます。お忙しい中、ここまで詳細に調査して下さって助かりました。感謝してもしきれません。出入り口までお見送りします」
エリリカ達は城門前からクレバ医師を見送る。クレバ医師はゆっくりとした足取りで、自分の病院まで帰っていった。
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