第17話 死者への祈り

 大広間で葬儀を行い、裏庭の墓地へ埋葬してから最後の挨拶をする、というのが今日の流れだ。フレイム城の裏庭には、歴代のフレイム家の人々が埋葬されている。

 エリリカは大広間の玉座に腰をかけ、いつ葬儀が始まっても良いように準備する。アリアは最終確認のために、大広間内をサッと見渡す。

「このお部屋も問題ありません。ご葬儀開始までお時間ありますが、いかがなさいますか」

「それなら五階へ行きましょ。お父様とお母様の物を一緒に埋葬したいわ。それに、お祈りもまだしてないし」

「かしこまりました。でも、そろそろダビィ王方がいらっしゃるのではないでしょうか」

「それなら、トマスに出迎えてもらいましょ。お祈りして下さるのなら、部屋に来て頂ければ良いわ」

 葬儀の日の朝、死者に一番縁のある場所で祈りを捧げる。これは、何百年も前から両国に伝わる伝統である。一番縁のある場所で祈りを捧げることで、死者が安らかに眠れると信じられているのだ。王族に限らず、どの国民でも葬儀の日には必ず祈りを捧げる。

 コジーやエリーに縁のある場所として、先ほどまで二人の寝室を解放していた。祈りを捧げられるのは住み込みの使用人限定で、四階の階段から終始警備兵の付き添いが必要になる。祈りは入り口で捧げるため、部屋の中まで入ることはできない。また、住み込みの使用人以外の入室、警備兵の付き添いなしで入室することも、禁止されている。

 エリリカ達は執事長のトマスを探し、その旨を伝える。彼が城門前に移動するのを見届けて、二人も五階まで移動した。

 部屋に着いてすぐ、エリリカ達は両手を組んで片膝をついた。目を閉じてフレイム夫妻の安らかな眠りを祈る。数分間の沈黙の後、二人は静かに立ち上がった。

 フレイム夫妻の部屋を一通り見て、婚約指輪を埋めることにした。

「お父様とお母様は同じお墓に入るんだし、やっぱりこれよね。指輪の色が赤って素敵っ! 火神を守護にもつフレイム王国に相応しいわ」

「そうですわね。フレイム王国といえば赤ですし、フレイム家の方々は尚更お似合いですわ」

「フレイム王国の主として、赤色が似合う人間になりたいわ」

 遠い目をして、エリリカは指輪を見つめ続ける。指輪に嵌っている真っ赤な宝石は、フレイム王国を映しているようだ。

「エリリカ様は誰よりも赤色がお似合いですわ」

「ありがとう。赤色の指輪、一緒に嵌めたいわね」

 最後の言葉は独り言のようだった。この部屋の静かな空間に溶けて、消えてしまう。アリアもあえて返事をしなかった。

 エリリカ達はフレイム夫妻の部屋を出た。端にある階段から、何人かの足音が聞こえる。アクア王国からの招待客が姿を現した。ダビィ・アクア王にミネルヴァ・アクア女王。その息子のセルタ・アクア王子。アクア王国の大臣であるイレーナ・スノー。トマスが入り口で対応し、五階まで通したのだろう。

 ダビィは一歩前へ歩み出る。眉根に皺を寄せて、眼鏡のブリッジを押し上げる。

「エリリカ姫、この度の事は大変辛かっただろう。わしがアクア王国の者を代表してお悔やみ申す」

「本日はわざわざ来て下さってありがとうございます。私もフレイム王国を代表して感謝致します」

「辛いだろうが、何かあれば頼ってくれて構わないからな」

 エリリカは大きく頭を下げた。当然、アリアも頭を下げる。今は一人で国の政治を担わなければいけない。ダビィ達の態度に、胸が温かくなった。

「皆様は父と母に祈りを捧げるため、来て下さったのですよね。散らかったままで見苦しいですが、二人が安らかに眠れるよう、祈りを捧げて下さい」

「そのために来た」

 ダビィ達が跪き、祈りを捧げ始めた。エリリカがアリアにこっそりと耳打ちする。二人は聞こえないように極力声を潜めた。

「何とかしてイレーナ大臣から話を聞き出したい。何か話を振って三人を引き止めるから、アリアはイレーナ大臣を食堂まで連れていって。『お疲れですね。休憩しますか』的な感じで。あなたなら、私が聞きたいことを漏らさず聞いてくれるでしょ。信じているわ」

「お任せ下さいませ」

 アリアは小さく頷いた。エリリカに信じていると言われれば、その仕事を完遂しないわけにはいかない。彼女の信頼に答える義務がある。アリアは側近なのだから。

 四人の祈りが終わった後、アリアはさり気なくイレーナ大臣の隣に並ぶ。

「イレーナ大臣、お疲れではございませんか。気づくのが遅くなってしまい、申し訳ありません。よろしければ、他の皆様よりお先に休憩なさいませんか」

「まぁ、気を遣ってくれてありがとう。ぜひ、そうさせて頂くわ」

 イレーナ大臣は、目尻の皺を一層増やして穏やかに微笑む。その返事を聞いて、アリアはエリリカに目で合図を送る。

「かしこまりました。エリリカ様、お先にイレーナ大臣を食堂までお連れ致します」

「任せたわ。よろしくね。ああ、ダビィ王。あなたにご相談したいことがあるのですが―」

 アリアはイレーナ大臣の肩を支えながら、ゆっくりと部屋を出ていった。エリリカがダビィ達に話している声が、遠ざかっていく。彼女なら上手く時間を稼げるはずだ。

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