第16話 ローラとアリア③

 アリアは、先に一階の水瓶を綺麗にしておこうと思った。あれはフレイム王国とアクア王国の友好の証。アクア王国の人達が来る前に、綺麗にしておく必要がある。いつものように手早く丁寧に作業して、水瓶を棚に戻した。

 大広間に着いた時、伝達を聞くために全メイドが集まっていた。アリアはエリリカの言った通りに、全ての連絡事項を伝える。どの役割でも把握することは必要なので、執事や警備の役割も漏れなく伝える。

 それぞれの持ち場に行くため、メイドが大広間を出ていく。部屋を出る前に、急いでアスミ・トナーを捕まえた。

「エリリカ様からの伝言よ。もし、少しでも気持ちが楽になるのなら、大広間で葬儀をしている時は一緒に弔いましょうって。どう? 出るのも出ないのもアスミの自由だけど」

 アスミの落ち込みようを知っていたアリアは、心配そうに声をかける。話しかけるトーンに悩んだが、結局いつも通りにした。アリアの心配をよそに、アスミは前のめりになって答える。

「あ、ありがとうございます。あの、参列したいです!」

「分かったわ。それ以外の時間は、さっき伝えた仕事をお願いね」

「はい」

 エリリカの気遣いが功を奏したのか、アスミの表情がこの前より明るくなった。アリアはほっとして、大広間を出ていく彼女を見送った。

 エリリカの元へ戻ろうとしたところ、後ろから元気な声が聞こえてきた。

「アリアさん! 一昨日の発表聞きましたよ~」

「一昨日の発表? ああ、エリリカ様の」

 あれから忙しくて、ローラともあまり話せていないことを思い出した。廊下ですれ違った時に、挨拶を交わした程度だ。

 ローラのいう発表とは、一昨日フレイム王国の国民に向けて行われたもの。エリリカは国を背負っていくことだけでなく、アリアと一緒に事件を解決すると豪語してしまった。

「頑張って下さいね。あたしも早く知りたいです。犯人が誰か、具体的に絞れてるんですか」

「全然ね。私が勝手に怪しいと思っている人はいるけれど、怪しいってだけで証拠も何もないから」

「大変なんですね」

 ローラは目を瞑って難しそうな顔で唸っている。反応が大きいところが子どもっぽい。

 アリアは事件当日のことを聞いておこうと思った。ここで聞き込みをしておけば、エリリカの手間を少しでも省くことができる。

「そうそう、パーティーのあった日。ローラは大広間周りの見回り担当だったわよね。その時、コジー様のご挨拶って聞こえていた?」

「聞こえていましたよ。それがどうかしましたか」

 ローラの返答に、胸の中で何とも言えない感覚を味わった。扉という隔たりがあっても、廊下に挨拶は聴こえていた。それなら、イレーナ大臣にだって聴こえていたはず。彼女はアリアの足音に気づいて振り向いている。歳をとって耳が遠くなったということもない。

 質問した身として、ローラにもきっちり説明しておく。

「アクア王国のイレーナ大臣、城内にはいらしていたのよ。大広間前の廊下でお会いしたから。それで、『パーティーが始まったらお部屋に入る』って仰っていたのに、お見えにならなくて。大広間の入口辺りでイレーナ大臣を見かけなかった?」

「廊下まで声が聞こえていたら、パーティーが始まったことに気づいて入ってきたはずってことですね」

「ローラは呑み込みが早いわね。説明の手間が省けて助かるわ」

「えへへ~」

 ローラは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。そして、その笑顔のまま、アリアが予想だにしなかったことを述べる。

「それなら、あたしの助手になりませんか」

「え」

 言葉の意味が分からず、呆然とローラの顔を見ていた。その顔が面白かったのか、ローラは大きな声で笑い出す。

「冗談ですよ。じょ、う、だ、ん。それで、廊下でイレーナ大臣を見かけたか、でしたよね」

「え、ええ。教えて欲しいわ」

 意識を元に戻したアリアは、何とか返事をする。そんなアリアとは対照的に、ローラはテキパキと事件の話を再開した。

「大広間から大きな音が聞こえた瞬間が多分、その、コジー様とエリー様が倒れた時間ですよね。大きな音が聞こえてきたから、いつ頃かはっきり覚えてるんです。大広間の入り口で、イレーナ大臣とアスミさんが話しているように見えました。あくまでも、あたしが少し遠くから見てそう思ったってだけですよ」

「イレーナ大臣とアスミがっ!?」

 またしても出た予想外の言葉に、アリアは驚きを隠せなかった。イレーナ・スノーはアクア王国の大臣であり、アスミ・トナーはフレイム王国の住み込みメイドである。二人の接点を見つけることができない。

「今までに、二人が話していたところを見たことはある?」

「う~ん。ないですね。あの時が初めてです」

「私もないわ。何を話していたとか聞こえたかしら」

「いいえ。ただ、あたしが見た時には話し終わった後みたいでしたよ。二人が視界に入った時、アスミさんの方が早足でいなくなったんです。その後、イレーナ大臣はダビィ王と話して城を出ていきました。それ以降、あたしはイレーナ大臣を見てないので、アクア王国に帰ったんだと思います」

 ダビィ王はフレイム夫妻が倒れた後、クレバ医師を呼ぶために大広間を出ていった。イレーナ大臣がダビィ王と話して帰ったのは、アクア城に戻るよう指示されたからだとアリアは思った。

「ローラは、お二人が倒れる前後どこにいたの?」

「お二人が倒れる前後は、仕事をしていたとしか言えませんね。証人っていうんですか、いませんし。倒れる前は、大広間周辺の見回りをして、声をかけられたら対応するって感じでした。倒れた後も大広間には入らず、周辺の見回りやお客様の対応をしてました。大きな音と悲鳴が聞こえてきましたが、会場内にはお嬢様とアリアさんがいましたから。お二人なら適切な判断で場を落ち着かせられると思ったんです。だからあたしは、周辺の見回りに徹した方が良いと思いました。

 あの日は忙しかったですからね。使用人が、横を通った他の使用人をいちいち覚えているとは思えません。ダビィ王やミネルヴァ女王、セルタ王子にイレーナ大臣ならあたしの顔を知ってますけど、他の人はあたしの顔を知りません。声をかけた使用人を覚えてる可能性は低いと思います」

 ローラの適切な判断と分かりやすい説明に、アリアはすっかり感心した。自分が教育係をしていたこともあって、誇らしい気分になる。

「あなたはやっぱり賢い子だわ。説明の要領も良いし、お二人が倒れた後の判断も間違っていなかったと思う。その判断はなかなかできるものじゃないわ。ありがとうね」

「お安い御用ですよ~」

 話が一段落したところで、廊下からアリアを呼ぶ大きな声がした。こんな風にアリアを呼ぶ人は一人しかいない。美しく透き通る声。

「エリリカ様がお呼びだわ。私は行くわね」

「あたしも他のメイドに呼ばれてるんだった。アリアさん、また後で~」

 後ろで扉の開く音がする。エリリカが入ってきたことを確認してローラを振り返るが、彼女はいなかった。風のように部屋から出ていってしまった。アリアは落ち着きがないな、と呆れてしまう。

 エリリカは、後ろを向いているアリアの肩を軽く叩いた。

「遅いから迎えに来たわよ。全く!」

「申し訳ありません。ローラに事件の日のことを聞いておりました」

「ローラに? そういえば、最近ローラと話してないわね。この事件が解決したら、お茶会でもしながら久しぶりに話したいわ」

 エリリカは懐かしむように目を細める。二人が小さい頃、アリアも混ざっていつも一緒に遊んでいた。成長し、王女とメイドの立場が明確になってからは、同じ時間を過ごすことも少なくなっている。

 アリアも昔を懐かしんで、ぱっと花が咲いたような笑顔になった。

「素敵ですわ。私、コック長からお菓子の作り方を教えてもらい、お茶会用にご用意致します」

「良いじゃない! 素敵よっ! アリアもその時は、メイドの仕事を忘れてお茶会しましょ」

 燃えるように赤い髪を揺らし、エリリカは大はしゃぎしている。それからすぐに、真剣な表情になった。強い意志を宿した美しい瞳。事件の真相を誰よりも貪欲に望んでいる。

「さっき話してた事件のことって、私も聞いて良い? お父様達のことなら、何でも知っておきたいの」

「もちろんですわ」

 ローラと話していたことを、全て漏らさずに伝えた。エリリカは、終始考えるような仕草で相槌を打って聞いていた。

 話が終わると、エリリカもイレーナ大臣とアスミの組み合わせに驚きを示した。

「イレーナ大臣とアスミが。確かに、珍しい組み合わせだわ。イレーナ大臣はアスミと何かを話していて、その後はダビィ王に声をかけられた。それからフレイム城を出ていったのね。

 ローラが話した通りなら、イレーナ大臣はアスミと話していたから、挨拶後も大広間に入ってこなかったのね。でも、アスミと話していた理由が分からないわ。もちろん、聞きたいことがあって近くの使用人に聞いたって可能性はある。それに、アスミが早足でいなくなった理由も分からないわ。一昨日推理したことも謎だしね」

「アスミの手がいつ濡れたか、ですわね」

 アスミが持ってきたメモ。ポケットから出したり、誰かに盗まれたりしていない、と彼女は言っていた。触ったのはアスミ一人。メモの端は、水で濡れたようにボロボロになっていた。

 アリアの言葉にエリリカは小さく頷く。

「ワインを配ってからお盆を拭くまでだと、イレーナ大臣と話していた時間しかないと思う。二人はただ話してただけじゃない気がするわ」

「毒を入れたタイミングも全く分かりませんわね」

「今日はイレーナ大臣も来るはずだから、直接聞いてみましょ」

 そう言うと、エリリカは真っ直ぐ前を見据えた。

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