第10話 毒入りワインの毒はいつ?

 エリリカとアリアは、厨房がある二階まで降りていく。時間的に食事の準備をしているわけではなさそう。厨房では、空いた時間を使ってコック長が料理の研究をしていた。エリリカはコック長の元へ歩いてく。

「今日もお疲れ様。さっきのアップルティーも美味しかったわ」

「ありがとうございます」

 コック長がお辞儀するのを見届けて、アリアに向かって指示を出す。

「今日はちょっと聞きたいことがあってね。アリア、その間に紅茶を運んだお盆を片付けておいて」

「かしこまりました」

 アリアは返事をして、お盆用の布巾が置いている棚から布を一枚手に取った。それでお盆を拭いて、お盆と布巾を棚にしまう。

 エリリカは厨房の上にあるレシピの束を指差す。

「良ければそのレシピメモ、見ても良いかしら。コック長、度々創作料理を作ってくれるわよね。最近だと、一週間前の夕食の前菜かしら。とっても美味しかったわ」

「そこまで気づかれていたのですか。光栄です。まだまだ研究中ですが、お好きなように御覧下さい」

「ありがとう」

 許可を得て、エリリカはレシピの束を手に取った。「あなたも料理の勉強よ」とアリアにも半分渡す。

「どの料理を見ても、何回も何回も分量を変えて研究していることが分かるわね」

「数グラム単位で研究しておりますのね。お時間ありましたら、ぜひ、お料理のコツを教えて頂きたいですわ」

「お褒め頂きありがとうございます。これからも精進して参ります」

 エリリカ達は、全てのレシピに目を通してコック長に返す。普段はクールなコック長も褒められて嬉しそうにしている。エリリカが国民や使用人に支持されている理由はここにある。国民や使用人のことをよく見ているのだ。

「嫌な話をしてごめんね。コック長も昨日のパーティーのことは知っているわよね」

「もちろんでございます。何と言って良いのか分かりませんが、お悔やみ申し上げます」

 コック長が頭を下げたので、エリリカは軽く両手を振った。

「気にしないで。ワインをここで準備していた時のことを聞きたいの」

「かしこまりました。

 ワインの準備担当は、アスミさんでした。メイド長のアリアさんは大広間でのお手伝いがありますし、ローラさんは大広間周辺の見回りがありましたから。執事長のトマスさんは料理の運搬における管理や指示。その他のメイドは、料理の運搬や会場内の整備。その他の執事は、会場内外の警備を警備団と共に行っていました。料理番はパーティー用に沢山の料理が必要だったので、誰一人動けませんでした。なので、ワインの準備担当がアスミさんになったのです。アスミさんも、昔から務めている住み込みのメイドですから。彼女がお一人で、ワインの管理やグラスに注ぐこと、運搬までしておりました」

 エリリカは、昨日の情景とコック長の話を照らし合わせて聞いていた。認識に齟齬がないのを確認して、次の質問に入る。

「完全にアスミ一人だったのね」

「ワインの管理をしている段階は、はっきりと言えません。しかし、ワインセラーはこの厨房にある、あの白い入れ物です」

 エリリカ達が入ってきた入り口の反対側にある、白い冷蔵庫のような入れ物を指した。厨房への入り口は、エリリカ達が入ってきた扉しか存在しない。

「ワインセラーの鍵はアスミさんが持っている一本だけですし、厨房には深夜を除いて誰かしらの目があります。ワインセラーの横には、冷蔵庫や製氷機、クーラーボックスがあります。昨日は、大広間にワイン用の氷とワインを運ぶため、ここを移動する使用人が多くいました。ですので、ワインセラーから出す直前に怪しい動きをすることは、無理だと考えられます。

 それに、コジー様の指示通り、ライ大臣が開発された特殊なシールを貼っておりましたから」

「特殊なシール? 何それ、聞いてないわ」

 特殊なシールという言葉。エリリカだけでなく、メイド長のアリアも聞かされていなかった。そもそも、そんな物の存在すら知らなかった。

「ご説明します。特殊なシールとは、一度貼って剥したら、二度と貼り直せないというものです。

 一度も開けてないワインのコルクに、そのシールを貼ります。この状態で、誰かがコルクを開けるためにシールを剝がします。コルクを開けて毒を入れ、見つからないようにシールを貼り直そうとします。しかし、シールは一度剥すと貼り直しができないため、元通りに直すことができません。

 そして、アスミさんがワインを取り出した時、シールは綺麗に貼られたままでした。私もしっかり確認しております。つまり、誰かが事前に毒を入れたという形跡はないのです」

「そんなシールがあったのね。続きをお願い」

 エリリカは掌でどうぞ、という仕草をした。コック長は小さく頷いて、続きを話し始める。

「ワインを注いでお盆に載せているとことを見ていましたが、何かを入れたようには見えませんでした。断言できます」

「最初から最後まで、はっきり見ていたのね?」

「はい。と言うのも、これもコジー様とエリー様に頼まれたことなのです」

「またお父様達からの頼まれごとっ!?」

 エリリカはかなり驚いたようで、緑色の瞳を大きく見開いている。アリアにとっても予想外の言葉だった。やはり、コジーとエリーは何かを執拗に警戒していた。

「ワイン係をアスミさんに、それを監視する役割を私に任せる、と仰いました。なので、アスミさんがワインの準備を始めてから厨房を出ていくまで、目を離しませんでした」

「全然知らなかったわ。アリア、知ってた?」

「いいえ。役割が事前に決まっていたので、配られた役割表に従っただけですわ」

 アリアが答えた後、コック長が申し訳なさそうに手を挙げた。

「横から失礼します。多分ですが、アスミさんと私にだけ、そのことを仰ったのかもしれません。私達二人だけをお呼びになっていたので」

「その可能性はあるわね」

 エリリカの聞きたいことは全て終わったとみえる。二人はコック長にお礼を言って厨房を出た。

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