第11話 謎のメモ②
この後は、フレイム王国の今後について、国民に発表するという大事な予定がある。ゆっくりしていると話し合う時間がなくなるので、同じ階の食堂に移動する。
食堂に着くなり、アリアは降参を示した。
「お恥ずかしながら、私にはさっぱり分かりませんでしたわ」
「大丈夫よ。厨房で私が知りたかったことは知れたわ。あとは、アリアに確認したいことがある。思い出してみて。昨日、お盆からグラスを取ったのは私達三人だったわね。アスミが配ったわけじゃない。そして、グラスを取った時に、私達は何も違和感を訴えなかった」
アリアにはこの段階でもさっぱり分からなかったが、言われた通りに思い出してみる。アスミが「お受け取り下さい」と言った後、三人は自分でお盆からグラスを取っていた。その後はコジー・フレイムが挨拶をして、全員で乾杯をした。自然な流れで事が進んでいたので、誰も違和感のようなものは訴えていなかったはず。
アリアは自分の記憶を遡り、エリリカの言ったことが合っていたと確認する。その合図として大きく頷いた。
「厨房でのアリアは、アスミと同じ行動を取ってたのに気づいてた?」
「え、全然気づきませんでしたわ」
「割とさり気なく指示してみたけど、上手くいったってことかしら。お盆を拭いてから、レシピの紙を触ったでしょ」
アスミの行動を辿っていって、お盆を拭いている最中に、裏のメモに気づいたことを思い出す。
「あっ、分かりましたわ。お盆を拭いている最中に、裏に貼ってあったメモを触った行動のことですわね。正確には、お盆用の布巾を触った手で、紙を持った行動のことです」
「ピンポ~ン。正解よ。あのメモを出して頂戴」
アリアはエプロンのポケットからメモを取り出す。エリリカのドレスにはポケットがないので、アリアがメモ帳に挟んで肌身離さず持っているのだ。メモの端は相変わらずボロボロで、染みになっている。
「アリアがお盆用の布巾を触ってからレシピを持っても、このメモみたいにはならなかったわね。お盆用の布巾はそれほど濡らしてないんでしょ」
「はい。お盆に零さなかった場合、少しだけ濡れたお盆用の布巾を使います。先ほど私が使った布巾のことですわ。お盆に零した場合、最初は乾いた布巾、次に濡れた布巾、最後にもう一度乾いた布巾を使いますの」
料理番でなくても、厨房周りのことは完璧に頭に入っている。アリアの話に、エリリカは嬉しそうに相槌を打っていた。
「私達の元にワインが運ばれた時、お盆の上には何も零れていなかった。アスミは、私達がワインを受け取ったらすぐに大広間を出ていった。お盆の上には何も載せてない状態で走って、厨房へ戻ったのよ。お盆の上に液体状の物は何もなかった。それじゃあ布巾だって、さっきアリアが使った物と同じ物を使用したはず。
ここでの問題は、アスミの手がいつ、何の理由で濡れたのかってことよ。大広間を出た後、すぐに厨房に戻ってお盆を拭いたのなら、手が濡れるタイミングがないわ。布巾が原因でもない。そもそも、メモがこんなにボロボロなら、触った手は相当濡れていたはずよ。
アスミが私達の元に運んできた時、お盆の上は零れていなかった。何らかの理由で手が濡れたのなら、手から滴る雫で誰かが気づいたはず。それなら、私達にワインを渡してから部屋を出た後に、手が濡れたことになる。それと、見つけてからすぐにポケットにしまい、一度も出してないと言った。厨房でお盆を拭いた時に一回触り、それ以降手に持ってないのよ。よって、アスミの手が濡れた時間は、『ワインを配って大広間を出てから厨房でお盆を拭くまでの間』ってことになるわ。
濡れたタイミングは絞れたけど、理由がまだ分からないわね。布巾でないことは確かなんだけど」
エリリカは顎に右手を当てて考え込み始めた。アリアは申し訳なさそうにおずおずと手を挙げる。エリリカの頭の回転が速すぎて、全くついていけない。
「あの、エリリカ様はどうして気づかれたのですか。アスミが一人でワインの準備をしたことと、布巾の濡れ具合のことです」
「アスミ一人で準備していれば、他の人が触って濡れたって可能性を消せると思っただけ。それに、昨日はパーティーの準備で全員が忙しかったでしょ。皆がワインを運ぶ仕事を大切にしてることは知ってるけど、忙しい中、この仕事に何人も割けないじゃない。
布巾に関しては、条件を絞るためよ。アスミの手が濡れた理由が分からないから、彼女がお盆を拭いたことから調べようと思ったの。パッと思いついたのが『お盆を拭く布巾が、相当濡れていた』だったからね。これを検討したかったから、今の推理を話す前に厨房で確認したかったのよ。結果、布巾で濡れたという可能性は消せたわね。
最初に言ったでしょ、『二つ確認したいことがある』って」
エリリカの思考に辿り着いたアリアは、ただただ驚くしかなかった。
「そうでしたのね。感服致しましたわ」
「惚れ直した?」
なぜかエリリカは、自慢気な顔で胸を張っている。アリアは感心した自分に後悔し始めた。
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