第9話 アスミ・トナー

 メイドのアスミ・トナーを呼び出していたこともあり、アリアはエリリカの部屋まで移動した。もちろん、紅茶を持って行くことも忘れない。アリアが部屋に着いた時、二人は向かい合ってソファに座っていた。

「お待たせ致しました。こちら、アップルティーです。アスミもどうぞ」

 二人の目の前に、ソーサーとティーカップを並べる。アリアがエリリカの後ろに立とうとしたところ、隣に座れと目で合図された。アリアが隣に座ったのを見計らって、エリリカは話し始める。

「急に呼び出したりしてすまないわね。アスミに聞きたいことがあるのよ」

「は、はい。何でしょうか」

「あなたがワインを運んできた時のことよ」

 途端にアスミの肩が大きく震える。完全に怯えきっており、エリリカ達と目が合わない。それを察したエリリカは、優しい口調に直す。

「アスミを疑っているわけじゃないのよ。真実を知るために、詳しい状況を知りたいだけ。それにアスミが犯人なら、毒入りワインを自分で運ぶだなんて、疑われるようなことしないでしょ」

「・・・・・・お、お嬢様ぁ」

 アスミは大きな声を出して泣きじゃくった。黒色の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

アリアには、アスミが犯人かそうでないのか分からなかった。犯人なら演技力が高すぎるし、犯人じゃないのなら利用されて辛いだろう。アリアには本気で泣いているように見えた。

 ようやくアスミが泣き止んだ。エリリカは彼女に紅茶のカップを差し出す。

「これでも飲んで落ち着きなさい。話はそれからで良いわ」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。私の知っている限りになりますが、全てお話します」

 アスミが話したことは、昨日聞いたこととたいして変わらなかった。

 ワインを持っていく担当だった彼女は、フレイム夫妻とエリリカの元まで運んでいった。他の仕事をするのにお盆が邪魔だったので、厨房にしまいにいった。しまう前にお盆の両面を拭いたところ、裏面中央にメモが貼ってあることに気づく。パーティーが始まっていたので、エプロンのポケットに入れたて持ち歩いていた。以上が彼女の供述である。

「昨日お嬢様にお渡しするまで、一度もポケットから出したり、盗まれたりしておりません」

「間違いないわね?」

「もちろんです。信用して下さって大丈夫です!」

 アスミは自信たっぷりに返事をする。エリリカは笑顔のまま、何度も相槌を打っている。アリアは、この笑顔の裏に何かを悟った。

「他に何か言い忘れてることはない? 何でも良いのよ。例えば、セルタ王子がいらっしゃる少し前、城門前の木々の間を走っていたとか」

「!? ひ、人違いだと思います」

 アスミの声が裏返った。明らかに動揺している。彼女は目の前のティーカップを持つと、勢いよく口に流し込む。やはり、アリアが見た木々の間を走る人影は、アスミで間違いなさそうだ。

「そう、人違いなのね。今日は仕事に戻っても良いし、部屋で休んでも良いわ」

「あ、ありがとうございます。今日は体調が優れないみたいなので、休ませて頂きます」

 アスミはメイド服を翻して、大急ぎで部屋から出ていった。扉が大きな音を立てて閉まる。

 アリアは、視線を扉からエリリカに移す。

「もう少し、お話を聞いた方が良かったのではないでしょうか。アスミは確実に何かを隠しておりますわよ」

「彼女は怯えきっていたわ。メモを一度もポケットから出してない、っていう確証が得られただけでも収穫としましょう。それに、一つ分かったことがあるわ。まぁ、それには二つ確認しておきたいことがあるんだけどね」

 エリリカの言葉にアリアは目を丸くする。アスミの証言を聞いただけで、本格的な調査をまだ何もしていない。

「もうお分かりになられたのですか?」

「教えて欲しい~?」

「いえ」

 アリアがスパッと断りを入れるとエリリカは困ったように表情を変えた。他の人に対しては堂々と発言できるに、アリア相手だと途端に上手く言えなくなる。

 エリリカはティーカップを持って、紅茶をいっきに口へと運ぶ。

「そういえばこの紅茶! アリアが淹れてくれたのね。めちゃくちゃ美味しいじゃない。うん、口当たりも良いし、この世で一番美味しいかも」

「それ、コック長が淹れた紅茶ですわよ」

「え、あ、あれ」

 エリリカは慌ててティーカップを机に置いた。何度見ても変わらないのに、カップをジロジロ見つめている。その様子が可笑しくて、アリアは思わず吹き出した。

「それほど慌てなくてもよろしいのに。怒っているわけではありませんのよ。『私の淹れた紅茶以外飲まないで下さいませ』と言った覚えもありませんし」

「仕方ないじゃない。私も必死なのっ。それに、どうせならそれくらい我儘言ってくれても良いのよ」

「・・・・・・」

「ちょっと、何よその目は。そんなに引かなくても良いじゃない!」

 ムッと頬を膨らませる。昨日、自分よりも年上相手に指示を出していたとは思えない。

 エリリカは咳払いをして話を戻す。

「ちゃんと話すわ。でもその前に、言ったでしょ。二つ確認したいことがあるって。厨房に行くわよ」

 エリリカの「確認したいこと」が想像できない。アリアは期待半分、不安半分の気持ちで、エリリカの後ろをついていった。

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