第4話 セルタ・アクア王子

「もうっ! いつもいつもいっっつもっ! 私が嫌がってるのが分からないのかしらっ! 何で決められた相手と結婚しなきゃいけないのよっ!!」

「落ち着いて下さいませ。あまり大きな声を出すと周りの使用人が驚きますわ」

「・・・・・・アリアの言う通りね」

 火神の像が両脇に立つ城門まで移動するなり、エリリカは両手を振って騒いでいた。アリアはいつも通り彼女を宥め、近くのベンチに座らせる。深呼吸をしてやっと落ち着いたようだ。

「はぁ。今日で成人するのに、今のは子どもっぽかったわよね」

「子どもっぽくたって良いではありませんか。それに、エリリカ様のこのようなお姿が見られるのは、私の特権みたいで嬉しいですわ」

 無意識に放たれたアリアの言葉に、エリリカは面食らった。嬉しさのあまり、段々顔がにやけてくる。

「そ、そう? ふふ。悪くないわね」

「何がですの?」

「こっちの話よ。う~ん。でもなぁ、アリアの前では大人っぽい私でいたいな」

「エリリカ様はいつだって美しくてかっこいいですわよ。私の憧れです。堂々としたお姿や強い意思に救われております」

 今の言葉には不満があったらしい。アリアの「憧れ」という言葉に、エリリカは顔を歪める。

「『憧れ』ねぇ。まぁ、今はそれで良いわよ。それより、二人っきりになれたんだから・・・・・・って、アリア聞いてるの!?」

「あ、申し訳ありません。聞いておりましたわ。今日のメインディッシュの話でしたわよね」

「違うわよ。いつまで私を食いしん坊キャラにするつもり。あなた、普段からボーッとしないでしょ。あそこに何かあるの」

 エリリカはアリアと同じ方向に視線を向ける。すると、城門の外に生い茂っている木々の間を、何者かが横切った。人影が通った後の木々が、僅かに揺れる。

「あれは何? 人?」

「多分ですけれど、メイドのアスミですわ。彼女、お客様がお見えになるまでの間、城門前のお掃除担当でしたから。それに、黒髪のポニーテールが見えましたわ」

「さすがは私のアリアね。しっかし、なんであんな所を走ってたのかしら。ここは綺麗になってるから、仕事はしてくれてるみたいだけど」

 二人揃って首を傾げていると、前からセルタ王子がやってきた。

 セルタ・アクアはアクア王国の王子であり、次期王でもある。しかし、イマイチ頼りない。常にビクビクしていて、決断力がないのだ。

 セルタは走ってきたと見え、大きく肩を揺らしている。走ったせいで服が乱れていた。彼は息を整えると、深海のように青い髪をなびかせた。

「あの、遅れて申し訳ありません。お会いするのは僕の誕生日以来でしたっけ。その、父上達はもう少しで来ると思います。多分。お誕生日おめでとうございます」

「遅れたと言っても少しですから、大丈夫ですよ。本日は私の誕生パーティーに来て下さり、ありがとうございます。祝いの言葉にも感謝申し上げます。アリア、あなたも挨拶なさい」

 エリリカに視線を向けられ、アリアは一歩前へ出る。セルタに向かって深々と頭を下げた。それに合わせて、流れるように三つ編みが垂れる。

「かしこまりました。セルタ王子、お待ちしておりました。この度は我が主の誕生パーティーに起こし下さり、ありがとうございます。それでは、私はこれにて―」

「待った待った。ストップ。ステイ」

「私は犬ではありませんわよ」

 婚約者同士を残して立ち去ろうとしたところ、エリリカに呼び止められた。彼女はアリアの手を取るとセルタに向き直る。エリリカを誰より知り尽くしているアリアは、今世最大級の嫌な予感がした。

「来て頂いて早々に申し訳ないですけど、言わせてもらいます。セルタ王子とは結婚できません。アリアのことが好きなんです。なので、私はアリアと結婚します」

「は? え? な、何を仰っているのですかっ!?」

「分かりました。その、アリアさんとの結婚式、楽しみにしております」

「は? セルタ王子はそれで良いのですかっ!?」

「ああ、はい、良いです」

 嫌な予感は的中したどころか、斜め上を飛んでいった。一人呆然としているアリアを残し、二人の間でトントン拍子に話が進む。結局、セルタは一人でコジー達に挨拶回りをすることになった。

 未だに状況が飲み込めず、アリアは立ち尽くしている。エリリカが肩を叩いたことで、やっとのこと現実に戻ってくる。

「エ、エ、エリリカ様っ。何故あのようなことを仰ってしまわれたのですかっ!? 馬鹿なのですかっ。もう取り返しがつきませんわよっっ」

「さり気なく馬鹿呼ばわりしたわね。良いのよ、取り返しがつかなくても。それに、セルタ王子も『分かりました』って言ってたじゃない。何か問題でも?」

 エリリカの何か反論でもあるのかという顔に、どうしていいのか分からなくなる。いずれ女王になる彼女を止めなければと思いつつ、心の奥底では喜びを隠し切れない自分がいた。

 アリアは必死になって反論の言葉を探す。

「りょ、両国の問題とかいろいろありますわ。そもそも、事前に私の気持ちを確認しておりませんわよね。断られたらどうするおつもりでしたの」

「いや、アリアは断らないでしょ。私のこと大好きだし」

「そう、きましたか」

 結果は失敗。発言の勢いを落としてしまった。

 お互いが言わなかっただけで、本当は気づいていた気持ち。戻れなくなることを知った上で、強行突破した。アリアから言い出せないことを気にした上で、強行突破した。エリリカはそういう性格なのだ。

 アリアは無意識の内に小さく笑う。

「何笑ってるのよ」

「申し訳ありません。エリリカ様には完敗ですわ」

「ふんっ。当然よね。まぁ、その、何。一応、ちゃんと言わないとね」

 エリリカは咳払いをして気持ちを落ち着ける。彼女にしては珍しく、緊張している様子が伺える。

「アリア、私と結婚してくれるわね」

「それは、無理ですわ」

「・・・・・・は、はぁっ!? 今のはっ、誰がっ、どう考えてもっ、『はい』以外の返事がないでしょうがっ! 理由を言いなさい、理由を」

 アリアが小さな声で返事をすると、対照的に、エリリカは大きな声を出す。アリアだって「はい」と返事をしたい。相手も同じ気持ちなのだから。しかし、そう簡単な話ではない。相手は一国の王女。使用人の家系に生まれたアリアが結婚して良い相手ではない。二人の気持ちが同じかどうかよりもむしろ、こちらの方が大きな問題なのだ。いくら二人で覚悟を決めても、これだけは解決のしようがない。

「考えて下さいませ。私は代々フレイム家の使用人を務めるアカシア家の人間です。対するあなた様は、このフレイム王国を背負っていく、フレイム家の一人娘です。認められるわけがありませんわ」

「他の人がどう思おうと関係ないわよ」

「駄目ですわ。それに、エリリカ様が私と結婚したい理由が分かりません」

 これが一番の謎だった。エリリカがどうして自分のことを好いてくれているのか分からない。彼女の性格からして、傍にアリアを置いているということは、信頼を寄せているということ。どちらかと言えば好かれていることは分かっている。しかし、恋愛的な意味で好きとなれば、話は別。今までの行動を思い返してみても、全く思い浮かばなかった。

「アリアが欲しいと思ったから」

「・・・・・・え」

 予想外の言葉に何の反応もできない。思考が固まる。聞こえないと思ったのか、エリリカが再び口を開く。

「もう、恥ずかしいじゃない。二回も言わせないでよ。だから、アリアが―」

「い、いえ、十分聞こえておりますわ。それ以上は結構です」

 我に返ったアリアは慌ててエリリカを遮る。こんな恥ずかしい言葉、何回も聞けたものじゃない。

「じゃあ何よ、その不満げな反応は」

「えっと、理由ってそれだけのことなのですか。もっとこう、ときめく出来事があったとか。そういうことではなくて、ですか?」

「恋愛小説じゃないんだから、あるわけないでしょ」

「で、ですよね」

 予想外の回答に、アリアは面食らってしまう。どういう反応をするのが正解か分からない。

「私が小さい頃。ほら、勉強を教えてもらってた頃よ。正直、アリアのことが苦手だったの。あれしなさい、これはダメって口うるさいし、宿題やらなかっただけで怒るし」

「それは、宿題をやらなかったエリリカ様が悪いですわ」

 正論を言われ、エリリカは片手を振ってあしらうような仕草をした。

「子どもは宿題なんてやりたくないものでしょ。

 ある日ね、夢を見たのよ。アリアが急にいなくなる夢。アリアがいないんだから、口うるさく言われることもないし、勉強をやらされることもない。アリアのことは苦手だったし、私にとっては最高のはずだった。だけどね、なぜだか分からないけど、悲しくて悲しくて仕方がなかったのよ。心に穴が開いたみたいで、どうしようもなかった。別の日に、別の使用人がいなくなる夢を見た。申し訳ないけど、何も感じなかったの。それで気づいたわ。アリアのこと苦手だし、いなくても良いって思ってたけど、本当は全然違ったんだって。あの時の夢みたいに、私の目の前からいなくならないようにしないとって。

 あの夢は、アリアの大切さに気づきなさいっていう、啓示だったのかもね」

 話を聞いて、アリアは胸の詰まる思いがした。ぎゅっと両手を胸の前で握りしめる。何とかしてエリリカの気持ちを覚まさなければ、と否定の言葉を絞り出す。

「幼少期だったので、夢の中で一人になられたのが怖かったのではないでしょうか」

「いいえ。大好きなお父様達が一緒にいたはずなのに、アリアがいないことへの悲しさが勝ったわ。アリアが見た夢じゃないから、イメージがしにくいかもしれない。たかが夢の話って思うかもしれない。でも、私にはあの時に感じた悲しさが全てだから。私の元からアリアがいなくなるなんて、考えられない」

「お気持ちはとても嬉しいですわ。私にはもったいないぐらいです」

 アリアは息が詰まりそうになった。お互いがお互いに、はっきりしたきっかけがあったわけではない。エリリカもアリアも薄ぼんやりとした理由を持っているだけ。それなのに、お互いがこれほど惹かれ合っている。相手を必要としている。

 アリアは自分の頭に浮かんだ「運命」の二文字を慌てて消し去る。

「でも、私から言えることは一つですわ。ご自分のお立場を考えて下さいませ」

「はぁ。分かったわよ」

 やっと聞き入れてくれたと思い、アリアは胸をなでおろす。エリリカが、ここまで想ってくれていたとは知らなかった。彼女の目を見れば、真剣そのものであることは伝わってくる。アリアには自信がないのだ。周りからよく思われないことは分かりきっている。それをはねのけるほどの自信が、備わっていない。「自分の意思」を伝える勇気もない。

 エリリカの表情は、何故だか希望に満ち溢れていた。

「それなら、全員に認めさせるまでよ。言ったでしょ、私はアリアが欲しいの。現実でなかったとしても、あんな思いは二度としたくない。大丈夫。私とアリアに不可能はないわ。二人なら無敵よ。ねぇ、そうでしょ」

 改めて思い知らされた。エリリカがこういう性格なのを。

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