第2話 ローラとアリア①

 フレイム王国の城は、五つのフロアから成り立っている。一階が大広間と玉座。二階が厨房と食堂と大浴場。三階が住み込みの使用人部屋。四階が大臣の部屋と執務室、書斎。五階が王族の部屋。三階以上は王族と住み込みの使用人しか行くことができない。アクア王国とは、城の内装から城下町の配置まで、全てが線対称になっている。

 化粧担当を呼びに行く途中、四階でローラに出会った。肩まで伸ばした栗色の髪を揺らし、書斎からアリアの元まで走ってくる。その姿はまるで、ご主人様を見つけた子犬のよう。

「おっ、アリアさんじゃないですかっ! これ見て下さいよ。またまた面白い本を見つけました~」

「あなた、また勝手に書斎に入り込んだのね。いくらエリー様とコジー様が許可しているからって駄目よ。本来は王族の方が使用する場所なのだからね」

 アリアがどれだけ怒っても、気にする様子を全く見せない。ローラは嬉しそうに本を掲げて飛び跳ねるだけ。

「本の一冊や二冊や三冊や四冊、借りたって大丈夫ですよ。コジー様とエリー様も『好きに読んでね』って仰ってましたし」

「『一冊や二冊や三冊や四冊』って、普段何冊借りているのよ」

「えへへ~」

「褒めてないわよ」

 頭を掻いて照れるローラに、いつも通りの説教が出てしまう。ローラの世話役もすっかり板についてしまった。

 ローラ・ウェルは、十四年前からフレイム城で働く、住み込みメイドの一人。この十四年前、という年月には理由がある。

 十五年前、フレイム王国とアクア王国の間で半年に及ぶ大規模な戦争が起きた。当時三歳だったローラは両親と死別。終戦後、一人になったローラをフレイム夫妻が引き取った。それ以来、フレイム夫妻は自分の娘同様にローラを可愛がっている。それ故、アリアはエリリカだけでなく、ローラの教育係も任されている。

「あら、いけない。今はあなたにお説教している場合じゃないのよ。私はエリリカ様のお化粧担当を呼んで来なくては。あなたも持ち場に戻ってきちんと仕事しなさい。また後で・・・・・・きゃっ」

 一瞬、アリアには何が起きたのか分からなかった。話ながらローラに背を向けたところ、いきなり後ろから引っ張られた。突然大きな力が加えられたせいで倒れそうになる。アリアが慌てて振り向くと、俯いたままのローラが片手で腕を掴んでいた。

 今日だけで二回も引っ張られるとは思わなかった。ローラは城内でも群を抜いて背が高い上に、力が強い。アリアが踏ん張らなければ、頭から転んでいたかもしれない。

「急に引っ張ったら危ないじゃないの。転びかけたわよ。あなた、自分の力加減に気をつけなさい」

 ローラは俯いたまま、アリアの腕を離さない。彼女も普段から明るい性格だから、黙ったままだと心配になる。俯いて顔が見えないせいで、何を伝えたいのかも分からない。ローラの方が圧倒的に高身長なため、簡単に顔を覗き込むことができる。

 アリアはそっと彼女の顔を覗き込んだ。

「ごめんなさい。少し怒りすぎたわね。あまり気にしなくても良いわよ。さっ、顔を上げて。ね?」

「・・・・・・ですか」

「ん? 何か言った?」

 あまりにも小さな声だったから、聴きとることができなかった。数秒の沈黙の後、ローラは先ほどよりも大きな声を出す。

「また、『エリリカ様』なんですか」

「え」

 やっと顔を上げたと思ったら、今にも泣きそうな顔をしている。心なしか、アリアを掴む手にいっそう力が込められた。

「もしかして、パーティーの準備に気を取られて適当に話していると思ったの? そう聞こえたならごめんなさい。きちんとローラのことを思って言っているわよ。・・・・・・って、どうして笑っているのよ」

「い、いや、だって。あはははは。アリアさんったら変なこと言うんですもん。あはははは」

「もう、失礼ね。これだけ心配しているのに」

 さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、今度は大口を開けて笑っている。アリアは心底呆れてしまう。大きな溜息さえ出た。

「それだけ笑えれば大丈夫ね」

「ああっ! 待って、待って下さい」

「今度は何よ」

 再び歩き出そうとしたところ、またしても呼び止められた。大笑いされた腹いせに、少しぶっきら棒な返事をする。しかし、ローラはその返事に気づく様子がない。

「アリアさん、あたしもあと数カ月で成人します」

「確かにそうね。エリリカ様と同い年だし」

「だから、その、あたしが成人したら、二人で一緒に、二人だけで何処かへ行きませんか」

 ローラは少し照れたような表情になった。段々と言葉に熱が入る。必死にお願いする彼女が可愛くて、アリアは思わず笑ってしまう。

「ええ、良いわよ。成人のお祝いね。何処でも好きな所に連れて行くわ。行きたい所、考えておきなさいよ」

 アリアにとっては最善の答えだったが、ローラにとっては違ったらしい。なぜか彼女は泣きそうな笑みを向けていた。

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