たっくん~今はまだ私だけのHERO~【KAC2022第8回】

はるにひかる

たっくん


「おい姉ちゃん、ちょっと茶ぁ付き合ってくれよ!」

「や! やめて下さい!」


 学校帰り、家の地下鉄の階段を昇り切った私は、突然暴力的な力で手を握られて引っ張られた。

 ――これって、もしかしてナンパ? ヤダ怖い!


 ナンパに古典的も確信的も有るのかは知らないけど、こんな使い古されて成功率の低そうなナンパを平気な顔でする人、怖い!


 大声を上げて抵抗しながら道行く人に視線を投げ掛けてみるけれど、こっちを見ながら歩いて人は皆その途端に視線を逸らして、歩調を速めて過ぎ去って行く。

 ちょっと、この見知らぬ振りする社会、怖い!

 どう考えても、か弱い可憐な女子高校生が暴力的にナンパされてるんですけど!


 ……もう、仕方無い。スカートだし余りやりたくないけれど、鍛えたこの私の足技で……。

 あれ? これ、正当防衛になるよね?


 ――本当に怖いのは、爪を隠して自分の事を『可憐な』って言っている私かな――。

 良いじゃない、自分位は自分の事を『可憐』って思っていたって。

 私だって本当は可愛く在りたいの。

 学校の皆は私を見るといっつも「カッコ良い」しか言わないし。

 ……尤も、こんな私の事を『可愛い』って言ってくれる、後輩の女の子がたった1人、居るけれども。

 その子は私よりも家が学校に近いので、先に電車を降りてしまっている——。


「ちょっ、待てよ!」


 思考がグルグルし出した私が覚悟を決めて丹田に力を籠めた時、私の手を掴むナンパ男の手をはたいて離させ、両者の間に立ち塞がった男が居た。

 ――男の子が、居た。


「たっくん!」


 私は、たっくんの顔を見て叫んだ。――たっくんも私の方を見ている。……何で?


「姉ちゃん! また足技使おうとしただろ! そんな事したらこの人ボコボコになるだろ!」


 たっくん――獅子谷拓哉ししたにたくや・小学2年生の、私の実弟――は、ナンパ男を指差しながら私に怒鳴った。

 こら、たっくん。


「んだと、ガキッ!」

「姉ちゃんね、見ての通り、家の空手道場の師範代だからさ。メイビー、あんたなんてボコボコになっちゃうよ? 悪い事は言わないからさ、今すぐその汚い手を引っ込めた方が良いと思うな」


 ――こら、たっくん。


「んだとぉ? そんな嘘で俺が引っ込むとでも――」

「こっちです、お巡りさん!」

「こらー! 何やってる!」


 ナンパ男の手がたっくんの服を掴んだ時、荷物一杯のエコバッグを持った男の人が、お巡りさんを連れて来てくれた。


「くっ、憶えてろよ!」


 お巡りさんの登場に怯んだのか、ナンパ男はたっくんを離してスタコラサッサと逃げて行った。


「だから、姉ちゃんが憶えてたら、危ないのは兄ちゃんなんだって!」


 追い打ちを掛ける、たっくん。

 ……この辺の人達は私が家の道場の師範代だって知っているからお巡りさんを連れて来なかったにしてもさ。

 ナンパ男の手がたっくんに掛かった途端って云うのは、少し納得が行かない。

 尤も、本当にたっくんがやられそうになったら、私も迷わず攻撃していたけれど。

 たっくんだって小さい頃からずっと仕込まれて来ているから、相当強い。


 お巡りさんや呼んでくれた男の人は、私達の無事を確認すると、ホッとした様子で頭を下げてそれぞれ去って行った。


「大丈夫だった? 姉ちゃん。あんな奴、姉ちゃんなら一発だろ」

「うん……でも、ほら見て? あの人なりに力を入れて握っていたのは分かるんだけど、跡も全然残って無いの。過剰防衛にならないかと思って」


 ナンパ男に掴まれていた部分を見せて笑い掛けると、たっくんはわざとらしく溜め息を吐いて、お凸に手を当てた。


「ったく、姉ちゃんはしょうがないなあ。ずっと、俺が傍にいてやっから」

「うん、ありがとう、拓哉」


 いつもの可愛い徒名では無く名前で呼んであげると、たっくんは顔を真っ赤にしながら誇らし気に胸を張った。


 ――たっくん。今は未だ、私だけのヒーロー。


 その内に好きな人が出来て、その子だけのヒーローになるのだろうけれど……。


 その時まではせめて、たっくんにとってはヒロインで居てあげよう――。

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