2.食料調達

 「後方支援ってのは納得したがよ……」


穏やかな波を眺めながら、ブレイヴが呟く。その手には、一本の釣り竿が握られていた。


「食料調達は、そもそも後方支援ですら無いんじゃねぇか……?」


「そう言うなよ、ブレイヴ。物資の到着が遅れてんだ。お前、トレジャーハンターだったころはこういうの慣れてたんだろ? 適材適所ってやつだ」


そう答えるフィリップの手にも、同じく釣り竿が握られていた。


 食材の調達。それが、今の第3中隊の任務だった。


「肉はロビー。セラとマールは野菜。おかげで俺たちは、殆ど突っ立ってるだけの魚介類係に任命されたってわけだ。戦闘班よりは生き残る可能性は高いぜ?」


「いや、襲われたら終わりだろうがよ……」


「その時はその時だ。……っと」


フィリップが魚を釣り上げて、バケツに入れる。粋のいい魚が、バケツの中で跳ねていた。


「自信無くすね、先に釣られると」


「こういうのは運だぜ、ブレイヴ。……で、お前さん。マールと艦長、どっちが本命だ?」


「……え? 何が?」


水面を眺めながら言う。


「何がって……。分かってんだろ? その歳で未経験なわけじゃねぇだろうし……。皆気にしてるんだぜ? うちのアイドル連中が新入りに食われるって」


「馬鹿言え。アリス艦長ともそれほど話したことはないし、マールに至ってはついこの間まで嫌われてたんだぜ?」


「でも、セラまで飯に誘ってたじゃねぇか。珍しいんだぜ? あいつが人の誘いに乗るのも」


「……お流れになったけどな」


「それでもデートの確約は貰えたんだ。もっと喜べよ。あの鬼軍曹の目もないんだ」


 隊長であるオズワルドは、まだ医務室で精密検査を受けている。本人はもう戦場に立とうとしているのだが、用紙3枚にもわたる怪我を記した書類をたたきつけられ、おとなしく医務室にいることにしたらしい。


「そりゃ、あの怪我で戦場に出られてもな……」


「生きてるのが不思議だってのに、今じゃ歩けるようになってんだぜ? わが隊の隊長ながら、本当に人間なのか疑っちまうね」


フィリップの言葉ももっともだ。オズワルドの回復能力は、『傷の治りが早い』なんて言葉で済ませられるものではない。比較的軽傷で済んだマールでさえ、まだ包帯を取れずにいるのだ。


 「しっかしお前さん、どんな根性してんだ?」


「え? ここで小言?」


「逆だよ、逆。お前、ミスリルのアームソードの強度も知らずに、あの場に飛び込んだんだろ? 剣が折れたら二人ともお陀仏だってのに……」


「あの場で喧嘩別れするよりマシだろ」


「そりゃそうだが……。あーあ。俺にも近接武器がありゃ、マールも今頃俺に……」


「その件だが、整備班の新武装、もう出来たらしいぜ。隊長が復帰したらテストだと」


「マジかよ! おいブレイヴ。今すぐ隊長ベッドから引きずりおろして来い」


「お前、隊長を何だと思ってやがんだ……」


それにしても、随分と急ピッチで進められたものだ。あの戦闘から、まだ1週間も経っていない。いくら早急に開発しなければならないとはいえ、やっつけ仕事になっていないか疑問である。


 太陽が西に傾き始めたところで、フィリップは竿を仕舞った。


「もう帰るぞ。このままじゃ俺らも飯を食い損ねる。食糧調達をしていて飯を食い損ねましたなんて、笑い話にもなりゃしない」


「それもそうだ。じゃ、帰りますかね。……うおっ!?」


ブレイヴも竿を仕舞おうとしたところで、ぐいっと竿が引っ張られる。あまりの衝撃に、竿がそのまま持っていかれてしまった。


「馬鹿! あれ備品だぞ!?」


「言ってる場合か! こりゃただの魚じゃねぇ!」


 海の中から、「そいつ」が現れる。


 それは、余りにも巨大な魚だった。そいつは竿を吐き捨てると、そのまま海から飛び出した。


「まずい! 巨獣だ!」


フィリップがそう叫ぶや否や、バケツを持って駆けだした。


「お前も逃げろ、ブレイヴ!」


「いや、助けを呼んで来い!」


「馬鹿野郎! 死んじまうぞ!?」


「どうにも鈍そうだ! 足止めくらいはやって見せるさ!」


魚は腹部から二本の太い脚を出すと、その場に立ち上がった。そのままビー玉のような目で、ブレイヴを睨んでいる。


「……死ぬなよ」


「俺は元トレジャーハンターだぜ? 魚に襲われたことくらい……無いけど、まぁやって見せるさ」


魚と戦ったことはないが、身のこなしには自信がある。ただ立つだけでも危ういバランスの巨獣に、後れを取る訳がない。


 立ち去ってくフィリップを見送ると、ブレイヴは護身用の拳銃を抜き、駆けだした。魚タイプの巨獣の鱗に拳銃の弾が通るとは思えないが、それでも陽動にはなる。魚はフィリップを追おうとしていたが、そのターゲットをブレイヴへ移した。


 ブレイブを吹き飛ばそうと、その巨大な尾ひれを振り回す。ブレイヴは滑り込むようにそれを回避すると、数発の銃弾を魚に叩き込んだ。


「こう見えても飯の味にはうるさいんだ。そんだけデカけりゃ、たいそう美味いんだろうな?」


岩陰で弾を補充しながら呟く。ブレイヴが岩陰から飛び出したころには、その岩は魚の尾ひれに粉砕されていた。


 「洒落になってねぇな、おい……」


粉砕された岩を見ながら呟く。ブレイヴは比較的柔らかそうな部位を狙ったが、ミスリルではなく生身。目の前に照準が出てくる訳もなく、弾も小さい。狙ったところに当てられない。


 あの時マールに『俺自身が強くなる』なんて言ってはいたが、どうにもまだまだらしい。


 「――やべっ!」


気を抜いていたせいだろうか。振り回された尾ひれの風圧で、ブレイヴは前につんのめった。


 ろくな防御態勢も取れず、ブレイヴはその場に転がった。それを狙っていたかのように、魚が宙に舞い上がる。


 ――押しつぶされる。慌てて立ち上がろうとしたが、間に合いそうもなかった。


「……くそが」


諦めて、ブレイヴは思わず呟いた。フィリップは、もう艦に到着したころだろうか。


 『――何諦めてんのよ、この馬鹿!』


桃色の鉄の塊が、魚の懐にめり込んだ。


 「……マール?」


そこにあったのは、桃色の ZX 。見たことがない機体だった。


『どう? ブレイヴ。私の専用機! その名も『 ZX-R 』よ! どう、羨ましい?』


「俺のミスリルも専用機だよ、馬鹿」


そう言いながら立ち上がる。服に付いた汚れを落とすと、ようやくブレイヴは一息ついた。


 ――数分前。


 「……ねぇ、セラ。私の担当してるピーマンって、今日の夕飯じゃないよね?」


籠にピーマンを放り込みながら、セラに尋ねる。


「マール……。もしかして、まだピーマン食べられないの?」


「うっさいわね! 他で栄養を補えば良いのよ! ピーマンを食べられなかったって死にはしないわ!」


「好き嫌いはいただけませんね、マール隊員」


マールの言葉を遮るように、入り口からアリスの声が聞こえてくる。セラとマールは慌てて立ち上がると、姿勢を正した。


 「この畑にある野菜は、全て食堂勤務の方々が誠心誠意、丹精込めて育ててきた野菜です。残すことは許しません」


「で、でも艦長、ピーマンって苦いし……」


「それなら、今日のメニューは肉詰めピーマンにします。それなら食べられるでしょう?」


「本当!? 艦長、愛してる!」


今にも抱き着かんとばかりのマールを抑えながら、セラが口を開いた。


「それで艦長。ここに何の用が? 護衛もなしに艦を離れるのは危険ですよ」


「いえ、マールさんに新しい機体の紹介をしようと。セラさん。ここは一人で頼めますか?」


「え!? 機体、もう完成したんですか!?」


マールが歓喜の声を上げる。マールの愛用機である ZX-4 は、先の戦闘で大破してしまった。そこで彼女専用の機体を造ってくれることになったのだが、どう考えても早すぎる。


 「……一応確認しますけど、手、抜いてないですよね?」


「失礼な。……ま、疑問も分かりますが。これに関しては、フロンフル財団がモニタリングしてくれたお陰です。優秀なメカニックの方がついてましたので、徹夜ですが組み立てることが出来ました。後でお礼を言っておくように。……それと先に言っておきますが、ミスリルのように完全な新型というわけではありません。あくまでも ZX-R のカスタム機ですが」


「それは気にしてません! さ、早く行きましょう! 野菜はセラが採るんで!」


「……え? 残り全部?」


野菜は、まだ半分も取り終えていない。おまけに、マールが持つはずだった野菜も艦まで運ぶようなのだ。面倒この上ない。


「おねがぁい……」


くりくりとした、宝石のような目でマールが頼んでくる。セラはため息を吐くと、その頭をなでてやった。


「分かった分かった。あとは私がやっておくから、マールは行ってきなさい」


「良いの!? さすがセラ! 愛してる!」


そういうが否や、彼女は籠を下ろして駆けだしてしまった。


「……一応確認しますけど、セラさんってそっちですか?」


「何がです? 場合によっては辞めますよ、私」


「冗談ですよ、冗談。あまりに懐いているようなので」


「ええ。可愛いですよね、猫みたいで」


 マールが格納庫の扉を開けると、整備長が立ち上がった。


「随分待たせてくれるじゃねぇか。……ほら。あそこにあるのがお前さんの機体だ」


そこにあったのは、ピンクに光沢する ZX 。マールは思わず機体に駆け寄り、コックピットをのぞき込んだ。


「その名も ZX-R 。既存の ZX シリーズより一回り小さい分、機動性が確保できた。武装はそれほど変わりないが、近接戦闘用の水平二連式の散弾銃と、右腕部にバンカーが仕込んである。近距離戦の火力を底上げさせてもらった機体だ。……一応言っておくが、壊すなよ?」


「わぁ……」


「聞いちゃいねぇ」


整備長はため息を吐くと、追いかけてきたアリスに向き直った。畑からここまで走ってきたのだろう。随分と疲弊している。


「隊長機の方も、じきに修理が終わる。後は復帰を待つだけだな」


「…………はい」


呼吸を整え、ようやくそうとだけ返事を返したアリスに苦笑し、煙草をくわえた。


「艦内は禁煙ですよ、整備長」


「そう言うなって、艦長。何徹したと思ってんだ」


「……灰、落とさないでくださいね」


「馬鹿言え。ここは俺たちにとっての戦場だ。汚してたまるか」


調子よく返してくる整備長に苦笑しながら、そろそろマールを呼び戻そうとした、その時。艦内に、マキの音声が流れた。


  『緊急事態です! 釣りに行っていた第3中隊のブレイヴさんが、魚型の巨獣と戦闘中の模様!』


「なんですって!?」


思わず叫ぶ。整備長は何かを悟ったように、その場にしゃがみこんだ。


「……生身で巨獣に、か」


「……マールさん!」


『艦長! 止めたって行きますよ!』


「―― ZX-R 出撃準備! 格納庫の扉を開いて!」


アリスの悲鳴のような声での指示にようやく我に返ったのか、整備長が部下にゲートを開かせる。マキのカウントを待つことも無く、 ZX-R は外に飛び出していった。


 地面にたたきつけられた魚を見て、マールはブレイヴをかばうように立った。そのままバンカーに次弾を装填し、魚が起き上がるのを待つ。


『……あの時とは正反対ね』


「これで貸し借りゼロだ、マール。やっちまえ」


『……うん!』


 魚はゆっくりと起き上がると、今度はマールに向けて、尻尾をたたきつけた。彼女は僅かに機体をずらし、その尻尾にショットガンの銃口を向ける。


『夕飯になっちゃえ!』


そのまま引き金を引き、無数の銃弾を鱗に叩き込んだ。いくら硬い鱗とはいえ、モールタイプ甲型の対策として造られた散弾の威力には敵わない。弾は尻尾の先をえぐり取った。


『トドメは……』


そしてそのまま傷口に右腕を押し付ける。魚が慌てて引き離そうとするが、マールは右腕を深くめり込ませたまま、バンカーを射出した。


 魚肉が飛び散り、バンカーを引き抜く。体内にバンカーを撃ち込まれては、魚もひとたまりもなかったのだろう。そのまま地面に倒れ込み、動かなくなった。


 「……で、食えるのか? こいつ」


妙になまめかしい魚の足をペチペチとたたきつつ、ブレイヴが尋ねる。


「うん。もうすぐロビーが来るから、あの刀で捌いてもらお」


「……俺は勘弁願いたいんだが」


先程まで死闘を演じていた相手だ。刺身にして食いたくは無かった。


「好き嫌いしないの。私もピーマンの肉詰めなんだから」


「ピーマンは襲ってこねぇだろ……」


そう言いながら、ブレイヴは試しにと、四散した魚肉の一部を口に放り込んだ。


 その晩、ブレイヴは巨魚の肉を一人で平らげたと言う。


 魚との死闘から一晩明け、ブレイヴはベッドに腰を掛け、ぼんやりと酒を抜いていた。


 あの魚の肉はたいへん美味であり、随分と酒が進んでしまったのだ。


 「あー……気持ち悪い」


煙草をくわえてから、艦内が禁煙だということを思い出す。仕方がなくそれをくわえたまま、部屋のドアを開けた。遺跡の外に出れば、どこで煙草を吸おうが自由だ。もっとも、危険と隣り合わせだが。


 遺跡の階段に腰を下ろし、ようやく煙草に火をつける。ゆっくりと昇っていく煙を眺めながら、意識を覚醒させていく。


「あ、また煙草吸ってる」


「……どうも、艦長。護衛もつけずに外出ですか?」


アリスはブレイヴの隣に腰を下ろすと、ふぅと息を吐いた。


「護衛ならいるじゃない。生身で巨獣とやりあったのが」


「避けただけっすよ。……で、どうしたんです? 副流煙でも浴びに来たんスか?」


「そんなわけ無いでしょ。……ちょっと、疲れちゃって」


アリスはまだ若い。どんな理由で艦長を務めているのかは分からないが、艦内にいる全員の命を、その小さな両肩に背負っているのだ。疲れるのも当然である。


「……俺も昔、隊員たちを引っ張ったりしましたから。多少は気持ちも分かりますよ」


「あら。トレジャーハンターって、単身とかコンビのイメージだったけど。この島にも一人で来たでしょう?」


「そりゃ漫画や映画の中の話です。宝を持ち出すにも人手がいりますからね。ここに一人で来たのは……まぁ、親父とのケジメをつけたかっただけなんで。人を雇うのも違うでしょ」


「意外と、しっかりしているのね。意外と」


「……ただのちゃらんぽらんの墓荒らしだと思ってました?」


「……正直」


「あ、そうっすか……」


正直かなりへこみながら、灰皿に灰を落とす。その様子にアリスは苦笑しながら、


「私ね、本当は艦長なんてするつもりじゃ無かったのよ。器じゃないもの」


「そりゃ、アンタを頼ってる連中に失礼ってもんですよ」


「……失言だったわ。でも、本当にそうだったの。見ての通り、まだ若いし」


「でも、アンタは背負っちまったんだ。俺たちの命を」


彼女の命令一つで、艦は動く。場合によっては、チームの全滅すらあり得るのだ。そのストレスは計り知れない。


 「ウダウダ悩んだって仕方がないでしょ。俺たちは、艦長が命令してるから闘ってるってわけでもない。多かれ少なかれ、守りたいモンがあるから闘ってんだ。――ちょっとクサいっすけどね」


「……ええ、だいぶ。でも、ありがとう。背負い過ぎちゃってたのかも」


「そりゃどうも。……で、ものは相談なんですけどね。せめて部屋の中でくらい、煙草オーケーにしてくれません? 毎回ここに来るってのも……」


「ダメです。あなたには密命を出します」


「密命? 随分いきなりっすね。それこそ新入りじゃなくて、ほかに他に頼んだ方が……」


「ここで、わたしの息抜き係になること。良い?」


「……ま、それなら構わないっすよ」


そう答えて、煙草を消す。そのまま立ち上がろうとして、アリスに手を掴まれた。――どうやら、艦長様は随分とストレスをお抱えらしい。


 ブレイヴは再び腰を下ろすと、新しい煙草に火をつけた。

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クロス・バミューダ 桔梗 @atama-bosabossa

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