1. 現実

 与えられた個室に荷物を下ろすと、ブレイヴはベッドに寝転んだ。


 随分と破天荒な一日だった。父の遺品を探すつもりが、戦闘兵器のパイロットにまでなってしまったのだ。疲れない方がおかしい。


 一応アリスやグレンから説明は受けたが、まだ分からないことが多すぎる。


 アダマント・クロスはバミューダ海域に出没する怪物のことを知った機関が作り上げた戦艦であり、その存在は秘匿とされていること。ミスリルの設計には父が関わっていること。そして、あの怪物ども――巨獣は、人類を襲っている、ということ。


 しかし、彼らはブレイヴが話し終えるまで、じっとこちらの様子を伺っていた。出方を待っていた、という風でもない。しかしアリスやグレンも、『巨獣は人を襲う』ということ以外は分かっていないらしい。


 とはいえ、トレジャーハンターという非合法に近い仕事から戦闘パイロットになるというのは大出世だ。少なくとも三食の食事と安全な睡眠が保証されている時点で大分マシだろう。


 考えていたところで始まらない。なにせ、まだ顔合わせすら済ませていないのだ。明日に備えて眠ってしまおうか……なんて考えていたところで、扉がノックされた。


「グレンだ。コーヒーでもどうだ?」


「艦長なら大歓迎なんスけどね……」


「そう言うな。お前の配属先が決まったんでな。その報告がてら、といったところだ」


「そりゃ、鍵を開けないわけにはいきませんね」


どうせもう眠ろうとしていただけだ。少しくらいならば構わないだろう。


 ロックを解除し、グレンを招き入れる。初対面の時は青いパイロットスーツに身を包んでいた彼だったが、シャツにジャージという、随分ラフな格好だった。その両手には、いい香りを漂わせるコーヒーカップがある。


「俺は本来、喫茶店の店主でな。コーヒーには自信がある。兵站を軽視してた機関の連中を説得して、この艦の食堂も改善させたんだ」


「普段はペンを握ってるだけの連中じゃ、『飯の良し悪しが生き死にに関わるなんて思わんでしょうね。……店はどこに?」


「パリだ。喫茶アルカナ。聞いたことは?」


「いやぁ、そういうのは余り……。言って通り、俺はトレジャーハンターだったんです。ジャングルに支店でもありました?」


「ジャングルどころか、支店なんてねぇよ」


笑い交じりに言うグレンだが、その目は悲しげだった。店を残してここに来たことを、悔いているのかもしれない。


「俺もお前と同じ。機密を教えられて、ここに来るか死ぬかを選ばされた。なんで俺が選ばれたのかは、まだ謎のままだ」


喫茶店の店長と、戦艦の戦術長。似ても似つかない職だし、人選にも謎が残る。それでも彼は、生きることを選んだのだ。


 「昔は自ら食堂に立って、みんなに飯を配ってやったもんだ。……そんな連中がどんどん死んでいくから、今は作戦室にこもり切りだけどな」


そう言って、グレンは目を細めた。


「良いか、新入り。これは戦争だ。……いや、虐殺と言った方が良い。奴らがまだ島から出ていないのも、奇跡と言って良い。長生きは諦めろ」


そう言って、彼はコーヒーを飲み干した。


 「お前の配属は第3中隊。お前以外はみんな量産機だ。いびられるぞ?」


「新入りですから、その辺は覚悟の上っすよ。……コーヒー、ごちそうさまです」


そう言って、ブレイヴもコーヒーに口をつけた。程よい苦みが残る、絶品のコーヒーだ。 


 ブレイヴの反応に満足したのか、グレンは部屋を後にした。


 ――楽な仕事ではない。それは覚悟の上だったが、改めて現実を突きつけられたような気がして、ブレイヴは誤魔化すように、残ったコーヒーを飲み干した。


 翌日。睡眠不足をコーヒーのせいにして無理やり起き上がると、ブレイヴはアリスの指示を受けて、操縦室へ入った。


 かなり広めの部屋だが、そこを埋め尽くすように人が並んでいる。中央にある巨大なモニターでは、長髪の小奇麗な女性が、値踏みするかのようにブレイヴを見つめている。


 「待っていたわ、ブレイヴ。チームの皆に紹介するから、私の隣へ」


言われたとおりに、アリスの隣に並ぶ。彼女は一度満足げに頷いた後、口を開いた。


「皆さん、新メンバーの紹介です! クレイ・オーズバーン、通称ブレイヴ! 配属は第3中隊です!」


彼女の言葉に、一人の男が手を挙げた。


「新入りがいきなり戦闘科ですか? まずは主計科などの方が宜しいのでは……」


「ブレイヴ。彼が第3中隊の隊長、オズワルド・ミクスです。――彼はミスリルの設計者であるジャック・オーズバーン氏の息子です」


その言葉に、艦内がざわついた。


「では、彼は……」


「ええ。昨日に引き続き、ミスリルへ搭乗してもらいます」


「危険では? 昨日はたまたま……」


「どこにいても、危険なことは変わりませんよ。……さて、ブレイヴ。まずはグレンの部下、戦術オペレーターのマキ・アヤセ」


アリスの言葉に答えるように、一人の少女が一歩前へ出る。


「随分と若いっすね」


「スカウトされる前は、日本の学生でした。――砲撃士のロビンと、操舵士のケビン。双子の元傭兵です。もともとはあなたのお父さんの戦友でした。あとで挨拶なさい。……さて、次は整備隊長」


その言葉に、作業着の男が一歩、前へ出た。鋭い瞳で、ブレイヴのことを睨みつけている。


「俺は認めねぇぞ。あの人の息子だからって、ミスリルを新入りに任せるなんてのはな」


「不満は後で言うように。――さて、ブレイヴ。そこのモニターに映っている女性が、我々の上にある機関、対未確認生物組織『フロンフル財団』の創設者、フタバ・ジョースィーさんです」


『……随分と待ったぞ』


「失礼しました。フタバさん、彼が……」


『あの男の息子か。なるほど、よく似ている。操縦時術は?』


「完璧でした。どこで操縦技術を学んだのか……」


「そいつは俺が聞きたいところです。あれはどういうわけなんです?」


『あれはお前の父親が作ったものだ。詳しいことは私も分からない』


「……そうっすか」


結局、なぜ操作方法が分かったのかも謎のままだ。


 そのまま艦内メンバーの紹介を終えると、ブレイヴはオズワルドの指示に従い、第3中隊の待機室へ案内された。


 4人の男女が、彼を値踏みするかのように見つめている。どうにも居心地が悪く、ブレイヴは誤魔化すように頭をかいた。


「えっと……今日からここに配属された、クレイ・オーズバーンです。ブレイヴって呼んでください」


「そんじゃ、ブレイヴ。さっきの整備隊長の言葉だが……ま、気にすんなよ。言葉じゃどう言おうが、あいつは指示があれば機体を整備するしかねぇんだ」


張り詰めたような空気の中で、長い髪を後ろに結んだ青年が口を開いた。


「貴方は?」


「フィリップ・バーナム。 ZX-2 のパイロットだ。そんであそこの仏頂面が、 ZX-3 のパイロット、ロビー・ツー。3号機なのにツーだ。ややこしいだろ?」


冗談交じりなフィリップの言葉に、室内の空気は幾分か和らいだ。彼が、この隊のムードメーカーらしい。


「そこの2人が、第3中隊のアイドル。マール・コリンとセラ・マーシー。3サイズは……」


「余計な事言うな、このバカ!」


フィリップの言葉を遮るように、マールと呼ばれた少女が口を開いた。


「私は認めないわよ。あの機体、私が乗るはずだったのに……」


「そう言わないの、マール。彼がいなければ、この艦は沈んでたのよ?」


「……そういえば、昨日はなんで出撃しなかったんです?」


ブレイヴの問いに、フィリップが苦笑交じりに答えた。


「機体の整備中でな。本当ならブレイヴに戦術長かマールが乗る予定だったんだが……」


「俺が選ばれちまった、と」


「そういうことだ。ま、マールのことは兎に角、俺たちはお前を歓迎するぜ」


意外なほどあっけなく打ち解けることができて、ブレイヴはほっと息を吐く。いびられるかもと踏んでいたのだが、どうやらグレンやブレイヴの取り越し苦労だったらしい。


 そんなフィリップの言葉にへそを曲げたのか、マールは頬を膨らませて、待機室を出て行ってしまった。


「その……ごめんなさい、新人君。彼女、本当にミスリルに乗るのを楽しみにしてたから……」


「いえ……。でも、なんでそこまで?」


「不思議かしら? 知っての通り、私たちの仕事は危険極まりないわ。この隊だって、最初は倍の数いたのよ? 棺桶くらいは選びたいのよ」


「倍の数ってことは……」


「ま、そういうことだ。暗い話はここまでにして、とっととブレイヴの歓迎会を始めようぜ。……ね、隊長」


フィリップの言葉に、ずっと口を閉じていたオズワルドが口を開く。


「そうしたいところだが、どうやら出撃だ。初陣だな、新人」


「出撃って……」


そんな指示、出てないじゃないですか。そう言い返そうとしたところで、艦内に放送が響いた。


『緊急事態! 索敵に出ていた第2中隊との連絡が途絶えました! 第3中隊は至急出撃してください!』


マキの声に、全員が立ち上がる。先ほどまでの笑顔は消え、戦士の顔になっていた。


 ZXシリーズ。量産型と説明を受けてはいたが、それぞれの機体は僅かに差があった。近接型の隊長機やロビー機に対し、狙撃用の武装を積んだフィリップ機とセラ機。マールの機体は、様々な武装を積んでいた。


『間違いなく巨獣の仕業だ。後れを取るなよ、新人』


「了解。……ところで、この機内も禁煙で?」


『安心しろ。吸い放題だ』


「そいつは僥倖」


オズワルドの返事が返ってくるや否や、ブレイヴは煙草に火をつけた。


『ちょっと! あんたが死んだらその機体は私の物なのよ!? 煙草臭くしないでよ!』


「死ぬつもりはねぇよ。それに……」


煙を吐き出し、レーダーに目を向ける。


「俺はトレジャーハンターだぜ? 獲物を人にやる馬鹿がどこにいる?」


『……格好つけんじゃないわよ、コソ泥のくせに』


そんな言葉を残し、通信が途切れる。


 彼女の言う通りだ。トレジャーハンターは当人たちにとっては夢とロマンが溢れる仕事だが、しょせんは墓荒らしのコソ泥だ。


 『そういやお前、ガイドの案内で此処に来たんだろ? そいつはどうしたんだよ』


「金渡して『何も言わずに帰れ』って言ったら、喜んで帰って行きましたよ。おかげで昨日の出撃のボーナスが飛びましたけどね」


『世渡り上手だねぇ。出世街道まっしぐらだ。今のうちに媚でも売っておかねぇとな』


『そこまでにしろ、フィリップ。……戦闘反応を確認。下降する』


そう言って、隊長機が山の中腹に降り立つ。――そこは、木を伐採して切り開いた小さなキャンプ地だった。ボロボロの布切れのようになったテントと、破壊されたZX。そして――。


『やはり、全滅か』


おびただしい数の死体。仕事の性質上死体は見慣れているブレイヴだが、我慢していなければ吐き出してしまそうだ。


『警戒を怠るな』


「……言われなくても」


カラ元気で答えて、銃を出す。昨日とは違い、予備弾倉も用意してあった。


「新人。長距離と近距離の両方に対応できるのは、お前とマールの機体のみだ。いざというときは頼りにさせてもらうぞ」


『ちょっと隊長! なんで私とこいつが……』


――爆音とともに、その通信はかき消された。


 マールが乗っている機体の左腕部が弾け飛び、地面に転がる。


『無事か、マール!?』


『平気です! 敵はモールタイプ!』


その言葉と共に、マールは残された右腕で、背中のマシンガンを引き抜いた。そのまま敵をかく乱するかのように、上昇して地面に銃を撃つ。


『フィリップ、セラは配置につけ! 新人はマールのフォローを頼む!』


 地面が抉れ、怪物が顔を出す。――モールタイプと呼ばれたそいつは、巨大な鼻と鋭い爪をもつ怪物だった。


 『でかい……』


マールが声を漏らす。


「怖気つくなよ、先輩!」


『……言われなくても!』


マールがマシンガンを捨てて、ロケットランチャーを引っ張りだした。――が、引き金を引く前に、鋭い爪がそれを薙ぎ払う。残された右腕と共に、ロケットランチャーが宙を舞った。


『そんな……』


『戦艦アマダスへ! モールタイプの巨獣と戦闘中! マールが戦闘不能だ!』


『了解。マールさん、動けますか?』


『……両腕は無いけど、まだ戦えるわ』


モールが鼻先を、マールの機体へ向ける。生命的なものだった鼻先はいつの間にか硬化し、ドリルのように回転している。


『馬鹿なことを言ってないで退避しろ! 大穴開けられるぞ!』


フィリップが叫び、引き金を引く。銃弾はモールタイプの右目に直撃したが、硬質な瞼に遮られる。


『馬鹿な! どんだけ硬いんだよ……! 隊長さん! こいつは新種だ!』


『言われんでも分かっている! 戦術長、指示を!』


『我々も其方へ向かう。それまで足止めを』


「簡単に言ってくれるぜ……」


ブレイヴは悪態をついて、剣を抜いた。――その剣先を、マールとモールタイプの間に滑り込ませる。金属同士の刷れる音と共に、火花が飛び散った。


『馬鹿! 何やってんのよ!?』


「俺が死んだらこいつを棺桶にするんだろ!? だったら先に死ぬんじゃねぇよ」

 

そのまま力任せに、モールタイプの鼻先を押し返す。アームソードが折れると思っていたのだが、どうやら無傷で済んだようだ。


 ほっと息を吐いたのもつかの間。モールタイプは仕返しだとばかりに、ミスリルへ鋭い爪を振りかぶった。


 ――間に合わない。


『――させないわよ』


セラの声と共に、爪先とミスリルの間で何かが爆ぜる。その衝撃で、ミスリルは樹にたたきつけられた。


『特製弾よ』


「先に説明くらいしてくれて良かったんじゃない!?」


『暇があったらしてたわよ。それとも新人君のお墓の前で伝えてほしかった?』


「……おっしゃる通りで」


機体を起こし、銃を抜く。そのまま数発をモールタイプにぶち込みながら、マールタイプをセラの射線上へ誘導していく。


『ナイス、新人君!』


「そう思うなら、今度ご飯でも……」


爪を寸前のところで躱しながら言う。余裕ぶってはいるが、少しでも気を抜けば切り裂かれてしまう。


『――引いて!』


セラの指示で、脚部のブーストを作動させて一気に後退する。先程フィリップの銃弾が命中したところに、セラの特製弾が直撃した。


 元々わずかに損傷していたのか、瞼は四散し、眼球が露わになった。唯一柔らかい部位であるそこに、オズワルドがナイフを突き立てた。もだえ苦しむモールラットに振り回されながらも、オズワルドがさらにナイフを深く押し込む。緑色の体液がまき散らされ、隊員たちの死体へ降り注いだ。


 ブレイヴはミスリルを移動させ、マールの機体を起こす。てっきり抵抗されるものだと思っていたが、マールは素直に立ち上がった。


「いけるか?」


『右腕は肘まで残ってる。だから、その……』


「迎えが来るまでは支えておいてやるさ」


『……ありがと』


ようやく素直になったマールに微笑みながら、戦況へ目を向ける。


 モールタイプは混乱したのか全身を地面に晒し、その場でもだえ苦しんでいた。


『ロビー! 腹を狙え!』


使い物にならなくなったナイフを捨て、オズワルドが言う。ロビーは日本刀のような剣を抜くと、モールタイプの腹に突き立てた。


『通った!』


フィリップが叫ぶ。ロビーはそのまま剣を一閃させると、体液にまみれた剣を引き抜いた。


『全員傷口を狙え!』


オズワルドの指示で、セラとフィリップが傷口に銃口を向ける。ブレイヴも空いている左手でライフルを抜くと、一斉に銃弾を叩き込んだ。


 硝煙と共に、体液が噴き出す。


『――よし。討伐完了!』


オズワルドが死亡を確認すると、全員が射撃を辞めた。周囲が、しんと静まり返る。一帯はモールタイプが暴れまわったおかげで、地面が抉れ、どれが死体なのかも分からなくなっている。


『――これが戦場だ、ブレイヴ。俺たちも、いずれはこうなる運命にある』


フィリップの言葉が、重くのしかかる。


『良いか、ブレイヴ。機体に甘えるな。どんなに頑丈な機体でも、気を抜けばお陀仏だ』


「……了解」


絞り出すようなその返事に満足したのか、フィリップは通信を切った。


 戦艦に、かつて人だったものが回収される。一目で死んでいると分かっても、医務室での確認が必要らしい。秘匿とされている組織の性質上、そこから更に死因を決め、ようやく遺族に遺体が渡されるらしい。


 「面倒な職場だね、まったく……」


マールの肩を支えながら呟く。生きている怪我人は後回しだ。


「そう言わないで。割ける人員は決まってるの」


「そりゃ分かってるけどよ……。あ、煙草吸って良いか?」


「良い訳無いでしょ!」


「そんだけ叫べりゃ大丈夫だ」


 ブレイヴは、今まで死にゆく仲間たちを目の当たりにしてきた。


 失血死や病死、中には野生動物に襲われたものもいる。凄惨な死に際であることは間違いないが、それでも、今日襲われた隊員達よりはマシだろう。


「その、ありがとね」


ばつの悪そうなマールに、ブレイヴは苦笑する。先程からずっとこの調子で、二言目にはお礼を挟んでくるのだ。


「懐かれたわね、新人君」


機体を収容し終えたセラが、そう口を開いた。


「可愛いでしょ、マール。心を開いてない相手にはあの調子なんだけどね」


「余計な事言わないでよ、セラ!」


「おいおい。一度助けられただけで惚れちまったのか? だったら俺にも心を開いてくれよ」


コーヒーを飲みながら言うフィリップに、マールはべっと舌を出した。


「軽い男はいや」


「そんなに変わんねぇだろ、ブレイヴも……。お前もどうだ? グレンさんのところに行けば貰えるぜ?」


「いや、俺は……。それより隊長は?」


「振り回されてた時に、随分と手ひどくぶつけちまったらしくてな。今は医務室だ。よくもまぁ、あんなに叫んでくれたもんだぜ」


機体の損傷は少なそうに見えたが、中はそうはいかなかったらしい。


「それと、あのモールタイプ。グレンはあれをモールタイプ甲型って命名した。あの人の考えじゃ、まだ何体もいるらしい。これから整備科の連中と作戦会議だとさ」


「あれが、何匹も……?」


「怖気づいたか? そうだ。第2中隊を全滅させた化け物が、何匹も蠢いてる。それがこの島だ。分かるか? 奴らがこの島から出たら……」


「……世界が終わる」


ただ襲うだけではない。飼いならし、兵器として扱う国だって出てくるかもしれない。そうなれば、世界の国家情勢は大きく塗り替えられる。


「だからこそ、俺たちが必要なんだ。平和な世界の礎に、ってな」


そう言って、フィリップはコーヒーを飲み干した。


「誰だって死ぬのは怖い。だが、それでも家族を守って死ねるのなら、な」


そう言い残し、フィリップは去っていった。


 心配しているのか、マールがブレイヴの顔をのぞき込む。カラ元気で笑って見せたが、余計に心配をかけてしまっただけらしい。


「その……フィリップも、怖がらせるつもりじゃ無かったと思うから」


「……分かってる。俺が強くならなきゃいけないってことくらいは。機体だけじゃねぇ。俺自身が、もっと……」


「……分かってるなら、それで良いわ」


マールが微笑む。彼女はそのまま医務班が持ってきた担架に横になると、艦へ運ばれていった。


 「で、どうする? 私たちは先に帰る?」


セラの言葉に、ブレイヴは苦笑した。


「帰るって言ってもな……。あのモールタイプのことも気になるし……」


「あら。じゃ、一緒にお食事はまた今度ね」


「ご一緒させていただきます!!」


微笑みながら去っていくセラの背中を、ブレイヴは慌てて追いかけた。


 「――モールタイプ甲型、ですか」


「はい。統制を取っているタイプの巨獣では無かったということが、不幸中の幸いでしょうな」


グレンはそう言って、モールタイプの瞼の欠片をデスクに置いた。鉄の板のように頑丈なそれは、とても生物のものとは思えない。


「艦長。甲型がモールタイプだけならば良いのですが……」


「竜型だと、現存の兵器では厳しいかもしれませんね」


アリスの言葉に、戦術室に重い空気が漂った。


 いくら隊員たちの士気を上げたところで、兵器が物理的に通じないのでは意味がない。


「フロンフル財団に、予算の増加をお願いします。整備長は戦術科と連携を取って、この甲型の皮膚を破壊できる武装の開発をお願いします。勿論、急ピッチで」


「島内の警備はどうします? 第2中隊が全滅したとなっては、行きたがる隊も……」


「しばらくは、局地的なものに納めましょう。今は兵力の温存を重視しなければ」


「欠員の補充は?」


「それも相談しますが……人員に関しては、あまり期待しないでください」


アリスはそう言って、ため息を吐いた。フロンフル財団とて、無限に金がわいてくる泉ではない。とはいえ、グレンやブレイヴのように、強引にメンバーにすることは出来ることならば避けたかった。


 「……ブレイヴは大丈夫ですか?」


「ケアは第3中隊にお任せしていますが……あとで私が様子を見に行きます。第3中隊は、隊長のオズワルドさんが戦線に復帰するまでは、後方支援をしてもらいます。その間に、ブレイヴにも戦場に慣れてもらいましょう」


「……やはり、新人がいきなり戦闘班に所属するのは荷が重いのでは?」


グレンの言葉に、アリスは首を横に振った。


「あの人が遺した機体に、彼は導かれるようにやって来ました。必ず意味がある筈です。あの機体――ミスリルを、自由に動かしてみせた彼に」


 確かに、初めて搭乗した機体だとは思えないほどの動きだった。――しかし、その秘密を知る人間はもういない。設計者であるジャック・オーズバーンは他界し、機体はその息子であるクレイ・オーズバーンに託されたのだ。


 「私は、艦長の意見に賛成です。初めは『こんな若造が……』と思いましたが、マールタイプの攻撃を受けた際の受け流し方。あれはプロの仕事です。本当にトレジャーハンターなのかは甚だ疑問ですが……」


整備長の言葉に、グレンは頷いた。


「彼はどうも、クレイ・オーズバーンという名を隠したがっている様です。隊員達にも、ブレイヴという通称を呼ぶように頼んでいるとか……」


「ここにいる人は、多かれ少なかれ秘密を抱えています。私だって、清廉潔白だとはとても言えません。そこは言いっこなしでしょう?」


「……ですな」


アリスの言葉に、二人は頷いた。


 「さて、問題はマールさんの機体、 ZX-4 です。あれはもう……」


「そこで、ご提案が」


彼女の異動を行おうと提言しようとしたところで、整備長が口を開いた。


「彼女、随分とミスリルにご執心でしてね。どうにも、自分自身の機体が欲しいとか。今回の頑張りを顧みても、プレゼントを用意してみては?」


「……分かりました。マールの専用機を造りましょう。とはいえ、ミスリルを造った頃のように潤沢な資金はありません。あくまでも ZX-4 を改良する程度の造りにするように」


「了解しました。……それでは、戦術長。一度格納庫の方へ」


「ああ」


グレンと整備長が部屋を出ていく。アリスは疲れを吐き出すかのようにため息をついて、壁に背中を預けた。


「……やっぱり、私に艦長なんて……ジャックさん……」


もうこの世にはいない、彼女の命の恩人。その男の名前を呟き、彼女はその場に蹲った。

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