クロス・バミューダ

桔梗

0. バミューダの遺跡

 「変わってるな、アンタも」


ボートのハンドルを握るガイドの言葉に、男は無言を返した。


 褐色の肌に無精ひげ。おおよそ清潔感というものとはかけ離れているその男は、ブレイヴと名乗っていた。


 ガイドも、その名前が偽名であるということは薄々感づいていた。それでもこの仕事を買って出たのは、飛びぬけた報酬と、「バミューダトライアングルへ行きたい」という、好奇心そのものをくすぐる仕事内容。


 バミューダトライアングルとはプエルトリコとバミューダ諸島を線で結んだ俗称であり、そこに行くと計器がおかしくなり、飛行機や船が沈没してしまうといういわく付きの海域だ。


 彼が目指しているのは、そのバミューダトライアングルの中央付近にある小島。近隣住民が「悪魔の島」と呼んで近づくことを禁じている海域だ。


 「言っておくが、命の保証は無いぜ。あの島にゃ、俺も近づいたことがないんだ」


「構わん」


そう言って、男はポケットから地図を取り出した。


「なんの地図だ?」


「親父の遺品だ。トレジャーハンターだったんだよ」


「へぇ、そいつは……。一応確認しておくが、宝が見つからなければ報酬は無し。なんてことは無いよな?」


「その心配はない。金はある」


そう言いながら、ブレイヴは煙草に火をつけた。


「それで、親父さんはあの島で何を? 公式の記録じゃ、ここ20年は島に入った奴なんていないぜ?」


「それを確かめに行く。この地図以外は、父の葬儀の後に回収された」


「回収? 誰にだよ」


「さてね。あの頃は俺も若くて、奴らの言いなりになるしか無かった。一応は、政府の人間を名乗ってはいたが……」


ブレイヴは目を細めた。この話が真実なのだとすれば、やはり彼は相当の変わり者だ。謎の組織が取り上げそこねた一枚の地図。ただその紙切れだけを頼りに、バミューダ諸島沖なんぞに来ようと言うのだから。


 「それが宝じゃなかったらどうするんだよ?」


「別に、金が欲しいわけじゃない。親父が遺したものを見たいだけさ。勿論、金目のものなら大歓迎だが」


そりゃそうだ。いくら清廉潔白な人間でも、金は大切だ。金の切れ目が縁の切れ目なんて言葉があるほど、人間関係は財布の重さで決まってくる。


 「お前さん、気に入ったぜ」


「金は命より重い。俺の好きなコミックのセリフだ」


「……ちょっとがめつ過ぎやしないかい?」


ため息交じりに、ハンドルを握る。好感が持てる人物ではあるが、深入りは禁物。宝を目前に仲間割れなんて話もよく聞く。触らぬ神に祟りなし、だ。彼が比較的に治安が悪い地域でガイドなんて仕事を出来ているのも、極力悪目立ちを避けていたからだ。


 生活が豊かになる程度の大金には飛びつくが、一生遊んで暮らせるほどの金はいらない。そんなものを持っていれば、そのうち強盗に殺される。


 ボートを停めると、ブレイヴは煙草を携帯灰皿に突っ込んで、ボートから降りた。ガイドは大口をたたいていたが、やはりこの場所に長居はしたくないらしい。


「じゃ、三時間後に迎えに来るぜ」


と言い残して、さっさと島を出てしまった。


 彼の無事を祈りつつ、地図を開く。目的地までは、そう離れていない。島の南端にある小さな遺跡に、赤い丸が描かれていた。


 まだこの海域が「バミューダトライアングル」と呼ばれる前は、この島は頻繁に人が出入りしていた。それはこの遺跡が原因であり、父もその遺跡を調査するチームに所属していたことがある、と聞いていた。


 もっともその遺跡に歴史的なものは何もなかったということだが、父はそれ以上のことは話そうとはしなかった。そして、父が死ぬ間際に遺したこの地図。まるで「この遺跡には何かが隠されている」とでも言いたげな印。


 「父の遺品を探す」なんて言えば聞こえはいいが、要はブレイヴもこの地図を見て、トレジャーハンターの血が騒いだというだけだ。


 小さく、島が揺れた。地図を仕舞い、周囲を見渡す。地震のような揺れではなかった。まるで、地底で何かがうごめいたかのような揺れ。急げ。そう言われた気がして、ブレイヴは小走りに遺跡へ向かった。


 その遺跡は、かつては集落の要人の葬儀に使われていた……という説があるが、遺跡は遺跡。かつて煌びやかな文明の一部であっただろうそこも、朽ち果て、荒れていた。


 ガイドは「公式に入島した記録がない」と言っていたが、要は「非公式の入島はある」ということだ。盗賊が出入りしていたのだろう。


 遺跡の入り口へ続く階段に足をかけたところで、島が再び大きく揺れた。おまけに、耳鳴りのような甲高い音が響く。思わずその場に膝をついたところで、巨大な影がさした。


 ――それは、巨大な両翼を持つ怪物。絵本や映画の中で描かれている、幻の怪物だった。


「ドラゴン……」


思わず、彼はそう呟いた。その怪物は、確かに絵本に出てくるドラゴンにそっくりだった。


 『――退け』


どこからか、そんな声が聞こえてくる。ブレイヴが本能で階段から飛びのくと、それを待っていたかのように、遺跡が2つに割れた。巻き上がる噴煙に、彼は思わず目を覆った。


 煙が消えたところで、彼は遺跡が2つに割れたことで現れた、巨大な穴をのぞき込んだ。


 四方の壁を、複雑な計器で覆っている四角形の空間。それは、どう見ても先人が遺したものではない。


 その空間の中心には、黒い人型の物体があった。


 彼は本能のまま、その穴に飛び込んだ。――アレが、父が伝えたかったものだ。そんな確信があった。


 巨人の胸部に降り立つと、再び声が聞こえてくる。周囲を見渡すと、壁にスピーカーが付けられていた。


 ――もちろん、神の声なんてものではない。この遺跡はこの「巨人」の格納庫であり、父はソイツの開発に携わっていたのだ。


『何のつもりだ!?』


『時間がありません! 君、名前は!?』


今度は、少女の声が聞こえてくる。ブレイヴは少し悩んだ後、名乗った。


「クレイ・オーズバーンだ」


父から託された、本当の名前を。


 ――わずかな沈黙の後、男の声が響く。


『ジャック・オーズバーンの親族か?』


「息子だ。クレイ・オーズバーン。暗号名ブレイヴ。トレジャーハンターだ」


『……戦術長。彼を乗せましょう』


『馬鹿を言うな。ここは私が……』


『貴方を失えば、この組織も終わりです。――ブレイヴ、と呼ばせていただきましょう。搭乗を許可します。胸部ハッチを開くので、後退してください』


「搭乗って……こいつに?」


『もちろん。空を飛ぶ竜も本物であり、それは置物ではありません。列記とした兵器です。――申し訳ありません。詳しいことは話せませんし、恐らく貴方はここで死にます。しかし、その機体はかつて、あなたのお父さん――ジャック・オーズバーンの愛用機です。どうでしょう? それを棺桶に……』


「生き残った際の報酬は?」


開いたハッチに飛び込み、操縦桿を握る。初めて触る機体だというのに、随分と握りやすい操縦桿だ。コックピットの壁には、一枚の写真が貼られている。――そこに写っていたのは、若いころの母だった。


 『乗ってくれるのですか!?』


「死ぬつもりは無いぜ。俺は親父の遺品を取りに来たんだ。これだって立派な遺品だろ? それに……」


操縦桿を下げ、機体を発信させる。そのまま低空し、竜と対峙した。


「ピンチなんだろ? 親父の仲間が死にかけてんだ。体くらい張らせてくれ」


『……分かりました。その機体の俗称はミスリル。燃料は満タンにしてあります。あとは戦術長から操作方法を……』


「いらねぇ。どういうわけか、全部分かるぜ。武器の名称だけ教えてくれりゃ、それでいい」


不思議な感覚だった。まるで巨大なスーツを着込んだだけだとでも言わんばかりに、手足の動かし方やブーストの方法まで、すべてが理解できた。


『……戦術長のグレンだ。ミスリルの武装は2つ。近接用のアームソードと、中長距離専用の銃、MK6だ。相談数は8発。予備弾倉は無い。いけるか?』


「まぁ任せろって。で、さっきのお嬢さんの名前は?」


『――艦長のアリス・バーナシーです。ブレイヴ。あなたがこの作戦で生き残れば、多額の報酬を約束します。とはいえ、この島の機密を知った以上、お金を渡して解放、とはいきませんが……』


「お仲間にスカウトってことか?」


『貴方の言葉を信じるのならば、その機体を操れるのでしょう? まずは生き残ってください。検討を祈ります』


そう言って、通信が途切れる。


「多額、ね……。具体的な金額は提示してくんねぇのかよ。……よぉ、待たせたな、ドラゴンさんよ! 随分と良い子にしてたじゃねぇか!」


彼の言葉に答えるように、竜が上空へ移動する。――まるで、此方が動き出すのを待っていたかのような動き。どうやら、奴らにも秘密があるらしい。


 ――しかし、そんなことを考えている暇はない。奴が大口を開き、その喉奥から火炎を放ってきたからだ。


「そんなところまで御伽噺と一緒かよ……!」


機体を回転させ、火炎放射を避ける。そしてそのまま機体を前進させると、翼膜にアームソードを叩き込んだ。左右のバランスを崩した竜が、地面に落ちる。


 しかし、やはり戦闘不能とまではいかなかった。竜はそのままこちらに口を向けると、再び火炎放射を出してくる。


「学習しねぇ野郎だ……」


随分と見切りやすい攻撃に、ブレイヴは余裕をもって回避し、地面に降り立つ。――それを待ち構えていたかのように、地面が動いた。


「何……!?」


『罠です、ブレイヴ! 退避を!』


現れたのは、巨大な亀。そいつは素早く機体を振り落とすと、鋭い爪でミスリルの左腕を攻撃した。コックピットに衝撃が走り、ブレイヴは舌打ちを漏らす。


「ドラゴンが火を噴くなら、お前はノロマじゃなきゃダメだろうよ!」


『馬鹿なことを言ってないで機体を戻して!』


アリスの言葉に、ドラゴンがいたことを思い出す。慌ててミスリルを起こすと、飛び込んできた火炎放射を回避した。


「お仲間がいてもお構いなしかよ」


火炎放射の直撃を食らった亀だが、四肢を甲羅の中にしまっていた。


「そこは忠実なのね……。艦長さんよ! 2対1だが、形勢逆転の手はあんのか!?」


『2対1……?』


アリスの言葉と共に、再び地面が揺れる。――遺跡が更に左右に開き、そこから巨大な戦艦が姿を見せた。


「――おいおい。随分な隠し玉だ」


『隠し玉? 言ったでしょう、私は艦長、と。――ありがとう、ブレイヴ。あなたがいなければ、出撃準備は間に合いませんでした。後退しなさい』


「馬鹿言うな。最後まで付き合わせろよ」


そう言って、竜に照準を合わせる。


『下がったって報酬は変わりませんよ? ――もう一度言うわ。下がりなさい』


そんなアリスの声と同時に、戦艦の宝塔が青く発光する。猛烈に嫌な予感がして、ブレイヴはミスリルを後退させた。


『お利巧さんね。――撃て!』


轟音と共に、砲塔からレーザーが噴き出す。それは地面や草木を抉りながら、亀の甲羅を貫いた。そしてそのまま、竜の顔面に突き刺さる。


 亀と竜は一度内側から大きく膨らむと、血と臓器をまき散らし、動かなくなる。


ブレイヴは操縦席に体重を預けると、煙草に火をつけた。


「どこがピンチなんだよ、どこが……」


『言ったでしょう? 貴方がいなければ、動かす燃料が補充できなかったんです。本来ならば、戦術長であるグレンがその役目を担ったのですが――』


「俺だったら、本当にミスリルが棺桶になっただろうな。――さて、ブレイヴ。その機体から降りる前に、お前に選択肢をやらねばならない』


「選択肢……?」


『そう。知っての通り、あの遺跡や我々、そしてそのミスリルも、機密の存在だ。我々の存在を知らしめるということは、あの化け物どもの存在を公言するとこに等しい。そうなれば、世界は混乱状態だ。そのためにも、選んでもらわんとならない。――ここで死ぬか、仲間になるか』


「そりゃ随分と素敵なご提案だ」


『その機体には起爆措置が取り付けてある。仲間になるというのなら外してやる』


「逃げるなら、ボンってか。――分かったよ。給料は弾んでくれよ?」


そう言って、ミスリルの膝を曲げる。そしてハッチを開くと、ブレイヴはミスリルから飛び降りた。


 戦艦も着陸し、中から二人の男女が顔を出す。角刈りの屈強な男がグレンで、まだ成人もしていないであろう彼女が艦長なのだろう。


 「随分と若い艦長さんだな」


「訳アリなのよ。――さて、ブレイヴ。いえ、クレイ・オーズバーン。ようこそ、対巨獣組織『アダマント・クロス』へ。歓迎するわ。それと……」


そこで言葉を途切れさせると、彼女はブレイヴの口から煙草を取り上げ、もみ消した。


「艦内は禁煙。守れなかったら減俸ね」


いたずらっぽく微笑むアリスに、ブレイヴは苦笑交じりに呟いた。


「――さて、辞表でも書くかな」

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