第42話 フードの男・エドゥ


 ☆


 ダイダルの街に来てから二日目。


 ミドリとアンリはいつも通り効率を重視するために手分けして街を散策し、情報収集をすることにした。


 ミドリは世界各国様々な場所を同じように旅をして賞金首を狙うバウンティハンターたちならば街の人間よりも情報に通じているとみて街を出歩かずに宿屋街にいる人間を当たってみることにした。


 とはいえミドリの求める回答はバウンティハンターであってもなかなかできるものではなく、情報収集は難航している。


 一日を無駄にすることをそろそろ覚悟し始めた日暮れに、ミドリは流石に足が疲れたため休憩しようと入った茶屋にもバウンティハンターと思われる人たちは多く来店している。バウンティハンターでなくとも、店主も様々な情報が入ってくるだろうと踏んで最後の賭けに出た。


 「すいません、水と何か軽く食べれるもの下さい。それと、何個か質問してもいいですか?」


 ミドリはカウンターに腰掛け、まずは店主から聞くことにした。


 「おう、ちょっと待ってな」


 店の店主はガタイのいい強面の男だった。


 この街で店を営むにはある程度迫力のある見た目をしている必要があるのだろうか。思い返せばどの店、宿屋の人間も力の強そうな男が多かった印象である。


 店主はミドリの注文した水とラップサンドのようなものを皿にのせて持ってきた。


 「それであんた、質問ってなんだ?答えられる範囲でだけどな」


 「勿論です。まず、観測者って言葉に心当たりはありますか?」


 店主は少し考える素振りをしたが顔の表情は渋い。


 「いやぁ、分かんねぇ。最近の新しい賞金首か盗賊団、敵国の傭兵団の話か何かか?」


 「そういうわけじゃない。心当たりが無ければいいんです。」


 「まだ質問はあるんだろ?」

 

 店主はミドリに質問を促す。


 「じゃあ、化け物の出る噂を聞いたことがありますか?妖魔じゃなくて、巨大な人間が5メートルを超える化け物に姿を変えるんだ」


 ミドリがそういうと店主は大きく笑った。

 

 「なんだぁ、あんた!気でも狂ったか?そんな化け物がいたら誰だって知ってらぁ。妖魔だってそんな大きいのは見た事ねぇな」


 「………そうか」


 店主の他にもミドリの話が聞こえていた周りの男たちも盛大に笑った。


 その笑いがミドリを馬鹿にする笑いだと分かってはいるが、一々相手にしていたら身が持たない。ミドリはその場は堪えてラップサンドを食べたらすぐに店を出ようと決めた。


 だが、店内の角の席で何かを飲んでいた男がそのグラスを強く机に叩きつけた。


 ドンッ、という強い音は店内に響き渡り、笑っていた男たちも音のする方向へと反応して一瞬で静まり返る。


 机にグラスを叩きつけた男はぼろい雑巾のようなものを頭からかぶっただけのみすぼらしい格好をしていた。フードを深くかぶっていてその表情まではミドリの席からは伺い知れない。


 「あんだ、名前はなんていうんだ」


 男はミドリに対して名前を質問した。


 「俺はミドリだ。あんたは………?」


 「俺の名前はエドゥだ。こっちにこい、ミドリ」


 店主含め周囲の人間はミドリとエドゥのやり取りに見入っているが、ミドリはとにかく行かなくてはならないと思い言われるがままにエドゥの席まで移動した。


 「ミドリ………お前は今さっき化け物と言ったな。何故化け物について知ろうとする」


 フードを深くかぶったエドゥの顔は近くまで来ても口元までしか見えない。ただ、ボロ雑巾のようなマントを被っているとはいえ、フードから少しだけ除く綺麗に手入れされた髭と肌を見ると浮浪者やその類には見えなかった。


 「エドゥさん、今さっきの俺の話聞いていたんでしょ。化け物について知っているんですか」


 「先に俺の質問に答えろ。何故、化け物について知ろうとする」


 ミドリの質問に対して質問で返したのに対してエドゥは鋭く切り返した。


 「………俺は、その化け物を見たことがある。だから聞きたい。これじゃだめか」


 「いや、まぁいいだろう。まず、俺は化け物を直接知っているわけではない。その点においていえばお前の期待に沿う答えは出来ないかもしれない。ただ、お前の言っていた情報と酷似する特徴の化け物の話を聞いたことがある」


 「それでもいい、知ってることはどんなことでも教えてくれ」


 ミドリはようやくたどり着いた手がかりを掴めるかもしれない話に身を乗り出した。


 「俺がその話を聞いたのはメトラムとサンスベールの国境付近の紛争地帯でのことだ。俺は少し前にサンスベールの戦線拡大に伴う大規模な傭兵の召集を聞いて紛争地帯に赴いた。そこでは万ではきかない数の兵士たちが戦っていた。状況は非常にまずかった。メトラム側の戦線は後退し、国内にサンスベール本隊の本格的な侵入を許すのも時間の問題、メトラムの軍は消耗しきっていて敗戦濃厚と思われたその時だった。………援軍の知らせだった。正直、今更千や二千の軍が来たところで形勢不利は変わらない、誰もがそう思っていた。でも違った。俺たちの気づかないところでいつの間にか敵国サンスベールの軍はほとんど壊滅していた。どうしてそうなったのかを見たものはほとんどいない、だからこの件に関して正確に語れるものはほとんどいない。なぜならその手がかりとなる情報を持つサンスベールの人間はほとんど見るも無惨な状態だったからだ。だが、ほんの一握り生き残ってメトラムの捕虜になった人間が言うにはサンスベールの陣営に化け物が出たそうだ。5メートル前後の巨体で顔はサメそのものだったらしい。他には情報は何もない。ただ、捕虜となった兵士が今更そんなウソをつくとも思えなかった。だからその話を聞いてからというもの、俺もその巨大な化け物についてバウンティハンターや傭兵として活動する傍ら調べているが、収穫はゼロだ。だが、ここにその化け物を見たという人間が来た。ミドリ、お前のことだ。ようやく一歩前進する……」


 エドゥは自分が化け物についての情報を得たきっかけをミドリに話した。


 ミドリも真剣に聞いたが、自分の見た化け物とは少しだけ情報は違った。


 「化け物を見たのが俺だけじゃないっていうだけで物凄いこっちとしても前進だ。だけど俺の見た化け物とは少しだけ違う。俺の見た化け物は全身が白と灰のような体毛で顔はサイガっていう動物のものだった。サメとは間違えるはずがない、それは信じてくれ」


 「……すまん、サイガってなんだ?」


 「サイガっていうのは絶滅危惧種の動物で、まぁそれは後々自分で調べてくれ。とにかく、その化け物の顔が違ったって話なんだ」


 ミドリも最初にサイガと言われた時は何の動物か分からなかったため、エドゥが知らなくても無理はないと思った。が、今重要なのはその動物についてではなく、化け物の容姿が違ったということである。


 そしてミドリは自分がビッグロープと出会った経緯、そしてその戦闘をエドゥに伝えた。


 「分かった、一旦お前の言うことを信じよう。そして、俺の捕虜から聞いた話、お前の話双方正しいと仮定する。そうすると、恐ろしいことになるな……」


 その先はエドゥは口にしなかったが、それはミドリにも分かった。


 サメの頭を持つ化け物、そしてサイガの頭を持つ化け物。つまり、化け物は一体ではなく、複数いる可能性が高いということである。二匹出てきてしまった以上、さらなる化け物の存在ももはや現実的な話となってくる。


 だが、これだけ目立つような容姿をしておいてほとんど衆目に触れずに伝説のような類に収まっているのは不自然である。


 「エドゥさん、その話を聞く限りサメの頭をした化け物はメトラムの味方をしたように思えるんだけど」


 「あぁ、確かにその戦に関しては化け物は何故か結果的にメトラムを助けることをした。だが、奴らは何を考えているのかさっぱり分からない。何しろ姿を見せないのだからな。だから俺はその化け物についての情報を追っている。…………それが皇都に近づく足がかりになるかもしれないからな」


 「ちょっと待って、皇都と化け物に何か関係があるのか」


 ミドリはエドゥが最後に言った言葉に引っかかった。皇都についてもミドリの求める情報の一つである。


 「………知らないのか?今までは皇都は皇都以外の国同士でいくら戦争が起きようと知らぬ存ぜぬだった奴らだが、最近は何やら不穏な動きを見せているとかなりの噂になっている。その噂にはかなり尾ひれがついたものも多いだけに鵜呑みにするのは危険だが、その中に皇都では生物兵器を作っているとの話もある。サメの頭をした化け物の存在を知っていた俺はその情報をただの噂話とは思えなかった。だから調べている。お前もそうだと思っていたんだが、違うのか?」


 「あぁ、その話は初めて聞いた。今まで一切外との干渉を嫌ってきた皇都が動き出そうとしている………?」


 「それもまだ噂話の域を出ない。だが、もし本当になれば何かとてつもないことが起きるのは間違いないだろうな」


 エドゥは拳を強く握りしめてそう言った。


 ミドリはまだエドゥから聞きたいことはあったが、アンリとの再集合の約束の時間が迫っていることを壁掛け時計を見て思い出した。


 「あの、いいところで悪いんだけどエドゥさん。俺、連れとの約束があるんだ。また会えないか」


 「それはいいが、またの機会だな。俺はもう今夜にはこの街を出るんだ」


 「エドゥさん、あんたは一人か?」


 「そうだ、俺は誰とも組んだことはない。これまでもこの腕一本でやってきた。そして、これからもだ」


 「…………分かった。今日はありがとう、また出会えたらその時はよろしく頼む。その時には俺の連れも紹介する」


 「そうだな、ミドリ、お前とはまたどこかで出会えそうな気がする。それまでお互い何とか無事に生きてると良いな」


 エドゥはそう言うとミドリよりも先に店から出ていった。


 ミドリも食べかけだったラップサンドを口に詰め込んでアンリの待つ宿へと急いで戻ろうとしたその時、店主から声がかかった。


 「お客さん、金、払って行けよ」


 「え、」


 よく見るとエドゥの食べていたものの料金まで含まれている。


 「…………ちゃっかりしてやがるぜ、エドゥさん」


 ミドリは手持ちで払えない額では無かったので二人分の会計を済ませて急いで店を出た。


 陽の落ちた冷えた風の吹く街を走るミドリはエドゥとのやり取りを思い出していたが、不思議と悪い気分はしなかった。

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