第41話 バウンティハンター


 ☆

 

 ミドリとアンリは盗賊の一団との戦いを終えた後はひたすら次の街へと歩みを進め、数日後にはダイダルの街へと到着していた。


 街に着くとミドリとアンリは二手に分かれて情報収集を始め、日暮れごろには街の宿屋に集合して集めた情報を持ち寄り食事を始めた。


 「宿屋の食事もなんだか味気ないな」


 「そういうなよ、ミドリ。これでも割とここらへんじゃいい宿なんだぜ?」


 そういうとミドリはボソボソした麺を勢いよくすすった。


 味気ないだけでなく素材そのものの質も低い気がしてならないが、黙って二人はかきこんだ。ご飯が食べられているだけまだいい方だと思うしかなかった。


 「……そんで、そっちはどうだった?なんかあったか?」


 ミドリは寂しいごはんを考えることを止めてアンリに今日の進捗状況を聞いた。


 「うーん、ミドリ、この街の中心の方にあった保安所は見たか」


 「あぁ見た。メトラムの中にある保安所の本館らしいな。ここの保安所は。でかかったし、レンガ造りの建物で少し異質だったな」


 ミドリは腕を組んで保安所の様子を思い出した。

 

 今まで見た建物の中でも珍しくきちんとした建物で、ニルディにあった教会よりも数倍大きい。ミドリはその建物をみて区役所か何かの庁舎のような見た目だと感じたが、そう言ってもアンリには伝わらないだろうと考えて口をつぐんだ。


 「他には何を見た?」

 

 アンリは立て続けにミドリに質問をする。


 「でっかい保安所の他には……そうだな、街の外れの方には犯罪者の収容施設、みたいなのがあったな。あとは、民家がほとんどなかった。その代わりここみたいな宿屋は多かったな」


 「そうだ、この街にはほとんど民家が無い。その理由はこの街がバウンティハンターの拠点になっているかららしい」


 「バウンティハンター?」


 ミドリは聞き慣れない言葉に疑問を呈した。


 「バウンティハンターはその名の通りで賞金首を捉えてその懸賞金を得ることを生業としている人間たちのことだ」


 するとアンリはカバンからチラシのような紙の束を床に広げた。


 そこには人の顔と、その下に懸賞金が書かれている。


 「これが賞金首たちらしい。保安所に行ってバウンティハンターだと言ったら貰えたよ。そしてこれを見てくれ」


 アンリは広げた紙の中からさらに一枚を選んでミドリの前に差し出した。


 ミドリは身を乗り出してそれを見ると、そこには見覚えのある顔が載っていた。


 「撃墜王・ゾンダン………生死問わず………ってまさかあいつか!?」


 「あぁ、おそらくこの間のあいつで間違いないだろう。あの盗賊団のリーダーには懸賞金がかかっていなかったから事実上ゾンダンでもっていたグループだったんだろうな」


 「それを知ったところでって感じだけどな。………懸賞金は………っと、金貨10枚!?」


 ミドリは再びゾンダンの載った紙をみて驚いた。


 「そうだ、あいつの首には金貨10枚かかっていたらしいぞ。今から首を取りに行くか?」


 アンリは冗談交じりに言ったが、ミドリはそれを冗談とも受け取れないほど衝撃を受けていた。


 「金貨10枚って言ったら、………単純計算二人でも無駄遣いしなければ少なく見積もっても半年は暮らせる額だぞ」


 ミドリは覚えたてのこの世界の物価を頭の中で必死に計算しておおよその額の大きさを表した。


 ミドリが驚くのも当然で、今まで二人は旅の途中捕まえたタヌキやウサギ、時には鹿の肉や皮を売って生活費を得ていた。それでも貰える金額はたかが知れていて、大型の鹿の皮や肉を丸々売ったとしてもせいぜい銀貨20枚程度で、その程度のお金ならば街の滞在費や食事でほとんど消えてしまう。


 そのため二人には貯金もほとんどなかったので、盗賊から狙われたとはいえ出せるお金は実は銅貨数枚程度だったのである。


 「だろ?だから僕も驚いたんだよ。基本的に賞金首は殺しても捕まえてもこの街の収容所までもっていけば保安所で報奨金を貰える仕組みになっている。この街はメトラムのなかで一番でかい保安所と収容所がある場所だからバウンティハンターの拠点になっているんだ」


 アンリの説明にミドリも納得した。


 この街に民家があまりない理由も、それは宿屋に滞在するバウンティハンターが多く、犯罪者を連れてくることも往々にしてあることなので治安がいいとはあまり言えないのだろう。


 「それでミドリに相談なんだけど」


 アンリは相談を持ち掛けたが、ミドリには何となく想像がついていた。


 「………アンリ、まさかバウンティハンターやろうっていうんじゃないだろうな」


 「…………うん、僕はそのつもりだった。勿論、危険な事はしない。相手が5人以上なら絶対に狙わない。それで旅の途中にたまたま見つけたら挑戦してみる、それくらいだったらやってみないか?」


 アンリの言葉にミドリは頭を抱える。


 バウンティハンターをする以上、相手にするのは懸賞金のかかった犯罪者である。旅の片手間にできるようなものではないとミドリは感じたが、それでも賞金首にかかっている懸賞金はどれも最低でも金貨5枚以上のもので、あまりの金額に目がくらんだ。


 そして、これまで二回盗賊を退けたことがミドリの背中を押してしまった。


 「…………絶対に無謀な事はしないなら。まぁ、やってみる価値はあるか。アンリが物陰から弓で狙うっていうのもあるしな…………」


 「約束する!危険な事はしない!じゃあ決まりだな!」


 「…………」


 ミドリはアンリがバウンティハンターをやりたいと自らいうなどあまりに意外だったために強く反対することが出来なかったのもある。きっと何かアンリも思うところがあるのだろうと深くは聞かずに、ただ危険を冒さないことを条件にミドリは賛同した。


 「それより、この先どうするんだ?この街は結構広いし、全部見切るのはたぶん無理だろうけどたぶん話を聞く限り保安所と収容所以外は目ぼしいものは無さそうだぞ」


 ミドリは話をこれからの行動のことに移した。


 「ミドリ、忘れてないか?僕の目的はこの広い世界を見て回って見識を深めたい。様々な事を知りたい。それがこの旅の目的だけど、ミドリの目的は違うだろ?観測者について、自分について、皇都アスハラについて、話を一通り聞いて回らないといけないんじゃないのか?」


 アンリにそう言われてミドリは思い出した。


 自分がニルディを発とうと思ったきっかけは、そもそも外の国、街になら自分のような人間を知る人、観測者という謎の言葉を知る人間、化け物の存在を知る人間がいるはずだと思ったからである。


 忘れてはいないものの、旅を続けることでこの世界に慣れ始めてしまっていて本来の目的を見失うことが最近のミドリはしばしばあった。そしてそれを感じるたびに恐ろしいと思うのである。


 この世界の生活に慣れてしまうほど、当たり前になってしまえばそれだけ元の世界が遠くなってしまう気がしてならない。断片的に頭にある知識も、本来それが自分の持つものであるはずなのにも関わらず今度はその記憶の方が別の世界の物になってしまいそうで怖くなる。


 「……そうだ。俺には俺の目的があった。だけどあまりにも情報がないのと、この生活に慣れ始めていて最近はしばしば忘れてしまいそうになることもある。……元々別の世界にいたっていうのも、そもそもが記憶違いで、この世界にいたけれどただの記憶喪失ってだけの可能性だってある。記憶がない以上それが嘘か本当かの判断も出来ない。自分に自信がない」


 「ミドリ……。そう思う気持ちも分からなくはないけれど、あのビッグロープとかいう化け物は確かにミドリのことを観測者だと言った。それに変わりはない。ミドリがこの世界の人間だろうとそうでなかろうと謎は残る。少なくとも、その謎を解き明かしてみる価値はあるんじゃないか?」


 「それもそうだな…………」


 「それにさ、もしミドリがこの世界の人間だったのだとしたら旅をしている内にミドリを知っている人に出会うかもしれないだろ。それだけで旅を続ける理由には十分なるさ」


 アンリは目的を見失いそうになるミドリを説得したが、ミドリの心は完全には晴れていない。


 その後はこれからはもう少しだけこの街で情報収集をすることを話し合い、結局その日はそのまま就寝した。

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