第40話 動く脳波
☆
「まずはこれを見てくれ」
白井はチヨコの質問を受けるとデスクのパソコンを操作してまた違う画像を映し出した。
そこには頭のレントゲン写真のようなものや、何か心電図の波形のようなものがあった。だが、チヨコには医学知識がないのでそれが何を意味しているのかさっぱり分からない。
「これは何かの検査の結果ですか?」
「まぁ、頭のレントゲンとかMRIの検査結果は置いておいて……。とにかく、これはミドリ君に関する検査結果だよ」
すると白井は一枚の写真を拡大して画面全体に映し出した。
「注目して欲しいのはこの写真、って言ってもチヨコ君は分からないと思うけど………あぁいや、馬鹿にしているわけじゃないよ。医者でもない君が分かっていたら逆に驚きだからね」
チヨコは一々取り合うのも馬鹿らしいと思い白井の軽口は無視することにした。そもそもチヨコにしてもそんなことは気にも留めていなかったことである。
「で、この写真はミドリ君の脳波を表したものなんだけど。これは脳波の動きを探知してその人の脳がどんな指令を出しているか分かる検査でね。最近はその精度も上がってきて、脳波を読み取って会話をすることも出来るほどなんだ。まぁそれは目を覚ましている人間の話なんだけど。…………要するに、この脳波を見ればその人が今会話をしているのか、体のどの部位を動かしているのか、それくらいは簡単に分かるってことなんだ」
「それは何となくテレビ番組で見たことがあります。体を動かせばある特定の脳波の動きをする。みたいな実験をやってました」
チヨコはテレビの医療特番で取り上げられていた現代の医療の進化についてのニュースを口にした。
「今はとりあえずその認識でいいよ」
チヨコの言葉に対して白井は一応の合格を出した。
とりあえずということは正確には違うのだろうが、というか、その違いが大きなもののような気がするあ、素人のチヨコに対して専門的な知識を求めるのはやはり違うだろう。
「今は分かり易くそれを脳波センサって呼ばせてもらうよ。その脳波センサをミドリ君にいろいろなタイミングでつけてみたんだ。それがこの結果」
白井はもう一度スクリーンに映し出された画像を人差し指でコンコン、と叩いて示した。
「その……脳波センサっていうのは大体分かりました。ですがミドリは目を覚ましていません。脳波センサを取り付けたところでせいぜい恒常的な動きのみしか反応しないのではないですか?」
例えば脳波センサを感知する機械を取り付けた人間に右手を挙げるよう指示をして、その脳波を確認する。そのような検査、実験をするならば分かるが寝たきりのミドリに対して脳波センサ取り付けたところで動かないのだから大した成果は得られないのではないかとチヨコは考えたのである。
「そうだね、チヨコ君の考えは正しい。それが普通の思考だよ。寝たきりの人間に脳波センサを取り付けたところでほとんど反応は見られない。時たま夢を見てるのか連続性も物語性もないばらけたパズルのピースみたいな断片的な動きを見せることはあるけれどそれが意味を成しているとは思えない。それが一般的な意識不明の人間に脳波センサを取り付けた結果だ」
「一般的な、ということはミドリはそうではないんですね」
「ご名答、と言いたいところだけどこんな言い方をすれば流石に察しがついちゃうよね。そう、ミドリ君は一般的な人間とは違う。結果的に言うと、ミドリ君の脳波が示していたのは衝撃的なものだった。……まずはこれ、この脳波が示しているのは会話。そして次はこれ、この脳波が示しているのは体の動き。激しい運動をしているようだね……」
淡々と画像に映し出された脳波の動きを指で示しながらチヨコに説明していく。
とはいえチヨコにとって波形を見たところで理解できるわけはないので形式的な説明にとどまった。
「夢を見ているわけではないんですか?」
「いや、難しい説明は省くけどこれは夢ででる脳波じゃないんだ。何を会話しているかどうかはもっと時間をかけて脳波の解析を進めなければ分からないけれど、この脳波の動きは起きている人間が普通に会話をして普通に動いている時にでる反応なんだよ。つまり、ミドリ君はちゃんと動いているし、ちゃんと会話をしている。そういうことなんだよ」
白井はそう言い切ったが、チヨコにはそれを理解できたようで理解できなかった。
脳波の上ではちゃんと話してちゃんと動いているのにも関わらず、実際は病院のベッドの上から動くことはない。チヨコは専門家ではないので白井から話を聞いたところでそれ以上の考察は出来なかった。
ミドリの脳波は正常な人間と同じものであるという事実を知っただけではまだ白井の言わんとしていることが読めない。
「ミドリの脳波が正常な事は分かりました。ですがそれは私にも何となく予想がついていました。他の医師の先生も目を覚まさない以外は何も異常はないって言っていました。だから脳波に異常が無いと言われてもその異常性というか、どういう風に衝撃的なのかが分かりません」
「うんうん、その疑問ももっともだ。チヨコ君は正しいことをいう。模範的な一般人だね」
「馬鹿にしているんですか」
「してないよ?模範的な一般人、当たり前のことを当たり前にこなす。善を当然のように善として行う。高度な倫理観や道徳心の檻の中にいるようだ。そういう風にして妖魔も退けたんだろうね。ミドリ君のお見舞いにしてもそうだ、事件からこれだけ日が経っているにも関わらず学校がある日は毎日必ず今でもやってくる。でもそれは普通の人間にはできないんだよ。普通過ぎて普通ではない、言い方を変えるならば人間味がまるでない。それがチヨコ君、君から僕が受ける印象だよ」
「なんですか、それ…………」
チヨコは自分が何を言われているのかさっぱり分からなかった。
普通過ぎて普通でない。
人間味がまるでない。
だがその言葉は何故かチヨコの心にすとんと落ち着いた。
「まぁ今はそんなことよりミドリ君の話だ。………要するにね、ミドリ君は今も喋っているし動いているんだよ」
白井はチヨコに関する話を切り上げてミドリの話題に戻した。
チヨコはもやもやとした感情が残ったが、一旦頭を切り替えた。
「ですが、何度も言うようにミドリは目を覚ましていません。どこで動いてどこで喋っているというんですか」
チヨコが白井に同じように食ってかかると、その答えはリンのほうから出された。
「……別世界だ」
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