第39話 協力
☆
「観測者、ですか」
チヨコは白井が口にした、どういうわけかミドリを横取りしたという組織の名前を繰り返した。
「そう、観測者。何を思ってそんな名前にしたのかは分からないけど、とにかくそう名乗っているらしいから仕方ない。これがまた厄介な組織でね」
白井は口をへの字に曲げて言った。
「そもそも白井先生たちがミドリを組み入れようとしていた理由。そしてそれを観測者とかいう組織が横取りしようとする理由は何なんですか。ミドリはそれほどなにか重要な人間なんですか」
突然大の大人たちが組織だのなんだのと言って一人の男子高校生をめぐってなにやら動いているというのはあまりにおかしな話が過ぎてチヨコは理解できなかった。
「ミドリ君は非常に重要な人物だよ。それは紛れもない事実だ。チヨコ君は思ったかもしれない、大の大人が揃いも揃って組織だの言って訳が分からないと。でもね、逆に言えば分別のある大人たちが本気で一人の男子高校生を追っているという時点でそれは信頼に足る事実なんじゃないかな」
「それもそうですけど、答えになってません」
白井の言い分も理解できるが、それでも食い下がらずにはいられなかった。
「うん、チヨコ君がどうして僕たち、そして観測者という組織がミドリ君を追っているのか、ミドリ君は何者なのか、それを知りたい気持ちは十分に察するよ。それにチヨコ君がそれを知ることも当然の権利だと思う。だけど今はどうしても言えない。だから今は僕たちがミドリ君を組織に組み入れようとしていた、そして観測者に先を越されたという、それだけを信じてはくれないかな」
白井はその先は今は答えられないと言った。
チヨコとしてはそれで納得できるはずもなく、それは白井も分かりきってはいると思うのだが、それでもこの態度に出るということはチヨコが何と言おうときっと教えてはもらえないのだろう。
それを考えるとチヨコは納得せざるを得なかった。
「いずれ、教えて貰えるんですよね?」
「あぁ、それは約束する。時が来たら必ず教える」
「それなら、今は納得します。話を進めましょう」
「話が早くて助かるよ」
白井は一安心したように背もたれから離していた背中を深く落ち着けた。
チヨコはこれまでの話を全て信じるとしても一度にいろいろな事が動きすぎていて何が何だか既に分からなくなり始めていた。そのため、これだけは確認しておきたいと思うことを質問することにした。
「妖魔とか、観測者とか、色々ありすぎて頭の中で整理するには時間がかかりそうなので、一つだけ……私をこれからどうするつもりなんですか」
「どうするっていうのは?」
何を聞きたいか恐らく分かっているのにも関わらず白井はチヨコに聞き返した。
「今日私は自分が見た妖魔についてだけ白井先生に質問しようと思って病院に来ました。そしてその目的はほとんど達成されたと言ってもいいでしょう。私がおかしくなって幻覚を見たわけではないというのが分かっただけで十分来た甲斐はありました。ですが、私の目的はそれでも、白井先生たちの方が私を待っているようでした。それは私に何かをさせるため、若しくは何かの話を聞かせるためなんでしょう。でなければ用もなくこんな場所で会う必要はありません。白井先生やリンさんの話についてはこれからまた聞きます。ですが、私が今日ここへ呼ばれた一番の目的は何なんですか。まず最初にそれを聞くべきでした」
白井は遠回しにしていた話を突然投げかけられたのかしばらく黙り込んだ。
それがどういった沈黙なのかはチヨコには分からなかったが、少なくとも質問に答えようとはしているらしい。これまでの白井の態度からも分かるように、白井は答えるつもりが無ければ即答する。それが今回は即答していない。
「……これから僕はチヨコ君に対してズルい言い方をしなければならない。それを許してほしい。…………チヨコ君はミドリ君の目が覚めることを望んでいるね?」
「はい、それは当然です」
「で、あればだ。君は僕たちに協力しなければならない。僕たちに協力することがミドリ君の目を覚ますことにつながる。それを聞いたうえで答えてもらおう。……チヨコ君、僕たちの組織に協力してくれないか」
白井の言葉は確かにズルいと言われても仕方のないものだった。
チヨコにとってミドリが目を覚ますならば藁にも縋る思いで何でもする覚悟がある。白井たちに協力することでミドリの目が覚めると言われればチヨコには選択の余地はない。
「そんな話を聞かされれば私には協力しないという選択肢はありません」
「助かるよ。チヨコ君が協力してくれればことは予定よりも早く進みそうだ」
白井はチヨコの勧誘に成功してホッとした表情を浮かべた。
リンからも心なしか安堵したような雰囲気を感じる。
「では教えてください。ミドリはどうしたら目を覚ますんですか。それと、どうして未だに目を覚まさないんですか」
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