引きこもりのヒーロー

@sanshima

第1話

もう疲れてしまった。


でも現実は逃げ切ることをなかなか許してはくれない。

逃げていることに成功したように見えるだけで、焦りは募るばかり。

「疲れてしまいました」なんて人様に言えているうちはまだまだ甘いのだ。

本当に追いつめられたら何も言えなくなる。

我が家は、高級住宅街の小高い丘のうえにある。まあまあな豪邸だ。


70代の母と独身引きこもりの娘40代のふたり暮らし。いわゆるゴミ屋敷。

7040問題というのが社会問題化しているらしいが、それに当てはまるのか?

世間にはうちのような家庭がいっぱいあるのか?

世間のご近所さまは、我が家のことを奇異な目で見ている。それにはもう慣れた。

楽になりたければ逃げ切りたければ、あと一歩、なにかを完全に諦めなければならない。

しかしその一線を越えるともう二度と戻ってこれなくなりそうだ。

結局私はまだ諦め切れなくてもがいている。


いつからこうなった?

いい大学を出て安定した職場に入った、人間関係で疲れて辞めた。

いくらでも再就職できると思っていたが甘かった。お嬢様の私は世間知らずだった。


いつでも結婚できると思っていたがこれも甘かった。ある年齢を境に、男性から全く相手にされなくなった。これには驚いた。選ぶ立場ではなく選ばれる立場だったのだ、と気づくのが遅すぎた。完全に手遅れだ。怖いくらい孤独だ。


気力がなく眠れない私は鬱という診断を受けたが、本当かわからない。薬も飲むのを辞めてしまった。

「いのちのダイヤル」に電話して話を聞いてもらった。「つらかったですね」と言われるだけだった。そして死ぬ勇気もなかった。

多分、近所からの通報で役所から人がきた。ひきこもりの会に参加してくださいね、と言われ、ハイと返事したが行かなかった。

動かずうだうだと腐っていく。


あるときなにかの支援機関から男性がやってきた。

うだつの上がらない、薄毛の男性だ。やる気があるのかないのか、ニコリともせず、なにか情報を持ってくるでもなく黙っている私の側で黙って座って、20分経過したら帰っていく。

決まった曜日に律儀にやってくる。


たまにアーアと言ったりして、どちらが支援されている側なのかわからなくなる。

だんだん彼と同化していく。

「登れそうにないですね」と同じ穴の底で並んで明るい天空を見上げている気がする。


その日彼は、新しい紺色のシャツを着てきた。季節の変わり目で会社が支給したものらしい。

もしかして、もう少し髪の毛があって、もう少し目に生気が宿っていたら、イケメンの部類なのではないだろうか。携帯電話が壊れた私は、直しに行きたかった。彼はオッケーしてくれた。


外に出るのは実に5年ぶりだ。

携帯ショップへは、彼がスマホで地図を見ながらだったが、迷いまくる。ついに私が道案内をすることになった。ヘラッと彼が笑った。この人、笑えるんだと心に力がみなぎる。


ヒーローにしては頼りないが、彼は私のヒーローだ









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