見えない影絵、見えない人間 3

 ヤマヤドリと会うことが許されたのは、保護されてからさらに十日ほどが経過した頃だった。

 その頃、私はとっくに元気を取り戻していた。けれど、退院どころか院内の散歩すら制限されていた。今思えば、それは私を守る意味合いが強かったのだと思う。向けられる好奇の目。囁かれる憶測。腫れ物に触るような態度。世間はいつだって容赦がない。その上、渦中の私は記憶障害だ。両親も、担当医と看護師たちも、そんな私を守ろうとしてくれていたのだろう。

 当時の私には、そんなことはわからなかった。病室に籠もりきりの生活はただただ退屈で、それを強いる大人に対する不満は日に日に募っていた。

 そんな毎日だったから、ヤマヤドリに会えるのは楽しみだった。同時に、少し不安でもあった。

 ヤマヤドリに、私の記憶障害の話は伝わっていない。それは両親から聞いていた。配慮なのだと、両親は説明した。その言葉の意味は、当時の私にはよくわからなかった。

 今なら、少し想像が出来る。私はヤマヤドリと喧嘩別れをして、その直後に姿を消した。ヤマヤドリは、きっと責任を感じただろう。自分を責めたのだろう。──おそらくは、周囲の大人が察するほどに強く。

 そんなところに、記憶が無いんだということを教えたりしたらどうなるか。

 ヤマヤドリの性格なら、なおさら責任を感じたんじゃないかと思う。本人は不真面目なようなことを言っているけれど、実際の所、ヤマヤドリは真面目な人間だ。それは当時も同じだったと思う。だから、きっとそれを知ったらヤマヤドリは自分を責めた。

 たぶん、両親はそれをわかっていた。だから、配慮したのだ。ヤマヤドリが自分で自分を責めることで、追い詰められないように。

 当時の私はそんなことは全くわかっていなかったので、ヤマヤドリが来る前日は、困り果てていた。友達だったという情報はあるけれど、どんな風に接していたかの記憶がまるでない。そんな状態で会って、果たしてどう振る舞えばいいのだろう。そんなことを考えて、ろくに眠れなかった。

 翌日、ヤマヤドリは両親に連れられてやってきた。私と目が合うと、頬を震わせて下を向いてしまった。話しかければ返事はあったけれど、ヤマヤドリのほうからなにかを言ってくることはなかった。私はそれまでの記憶が無かったから、そんな態度も気にならなかった。

 それまでのヤマヤドリとは様子が違うらしいと知ったのは、だいぶ後になってからだ。

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