猫少年と影絵猫 4

 薄暗くなった住宅街。僕は猫少年と並んでぽつぽつと並ぶ街灯を辿っていた。帰りが遅くなった猫少年を、自宅まで送り届けるためだ。レンズは既に帰宅した。というか、させた。レンズの家は門限があり、それに遅れるのは色々と問題がある。本人はもう少し猫少年と話したかったようだが、こればかりは譲れない。レンズもそれはわかっているので、しつこく食い下がることはなかった。

 猫少年は終始俯きがちで、無言だった。僕が話しかけないのもあるが、それ以上に本人が話を出来そうな雰囲気ではなかった。

 久しぶりに口を開いたのは、猫少年の自宅近くまで来たときだった。

「あの……お兄さん」

「なに?」

「……友達って、どうやったら、できますか……?」

「…………」

 そういう質問は、友達の多い人にするべきだと思う。

 突然の難問に僕は困惑した。仮にも年上が、そんなの僕も知りたい、などと回答をするのは情けない。頭をひねり、なんとかそれらしい答えを引っ張り出す。

「そうだな……君は、どういう人と友達になりたいと思う? どんな人が友達になってくれたら、嬉しい?」

「ん……明るい人……とか。一緒にいて、楽しい、とか……そういう人……?」 

「たぶん、君の周りの人も同じ事を考えていると思う」

 一緒にいるなら、暗い奴より明るい奴の方が良い。つまんない奴より楽しい奴の方が良い。誰だって、友達になるなら良い奴の方がいいのだ。

「だから、そういう人になれるように頑張るしかないんじゃないか」

 猫少年は絶望的な顔になった。

「………………難しい……」

「あー……」

 そりゃそうだ。それが出来る器用な奴は、そもそも友達の作り方で悩んだりしない。

「まあ、その、なんだ。正直、無理に明るく振る舞うのは疲れるし、どこかでボロが出るから、あんまりおすすめしないよ。僕も早々に諦めたし」

「……お兄さんは、友達、いますか?」

 雑なフォローをしたら、状況が悪化した。

 こちらを見上げる期待のこもった目に、心がへし折れそうだ。

「いや……あんまり」

「……そっか……」

「ごめん」

 猫少年は気丈にも首を横に振った。だがその顔は、明らかに失望に染まっている。年下の少年をここまでがっかりさせてしまって、本気で申し訳なくなってきた。真剣に悩み、相談してきた相手に適当な返事をするべきではなかった。

 どうしたものかと考えていると、猫少年が小さい声でぼそぼそとなにかを呟いた。

「うん? なに?」

「あの……」間。六秒くらいはあったと思う。「お兄さんは、ぼくの友達、なってくれますか……?」

 思いも寄らぬ申し出に、だいぶ驚いてしまった。意味不明な叫びが口から迸りそうになるのを、すんでの所で押さえ込む。危うく、小学生相手に奇声を上げる不審者になるところだった。最悪、警察沙汰である。

「だ、駄目ですか……」

 僕が無言なのを拒否と受け取ったのか、猫少年は涙目になった。それでも下を向かないのは、まだ諦めていないからか。もしくは、涙目で見上げることで得られるものがあると知っているのか。後者は僕の認識している猫少年の人格にそぐわないので、前者だろう。かなりの割合で希望的観測が含まれている気もするが、たぶん、そうだ。

「いや、駄目ではないけど──」

「ほんと?」

 ぱあっと効果音でも付きそうなくらい、目に見えて表情が明るくなる。俯きがちでぼそぼそ喋るせいでわかりづらいが、表情による感情表現は意外と豊かな方である。表情筋が死にかけで、笑ってんだか怒ってんだかわかんないと言われた僕とは対象的である。

 いつの間にか到着していた猫少年の自宅──古い県営アパートだった──の前で連絡先を交換し、別れる。猫少年は少し頬を赤くして、にこにことしていた。さよなら、と手を振る顔が別人のように明るい。心なしか声も大きく、発音もはきはきとしていた気もする。常にあの調子だったら、友達を作るのには苦労しないのではないだろうか。そう思ったが、それが出来ないから悩んでいるのだろう。人間の精神は、そう簡単に上機嫌を維持できるような構造ではない。

 それにしても、である。

 来た道を戻りながら、よかったのかなあ、と心配になる。僕は自他共に認める友達甲斐のないやつだ。こまめな連絡も行き先の不明瞭な雑談も苦手である。猫少年が望んでいるような友人関係が築けるか、正直、だいぶ不安だ。

 悪い気は、しないのだけど。

 妙にふわふわとした気分は、家に着くまで続いた。

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