影絵ウサギ 7
学校というのは一見、強固に守られているようで、実はそうでもない。
内と外は明確に分けられ堅牢に阻まれている一方で、内側で起きる様々な出来事に対しては極めて無関心だ。
プールの監視カメラがいい例である。外部の人間が内部であるプールを覗くことは絶対に許さない、という強い主張をしている一方、実は校内の監視の目は緩い。周囲を威嚇する監視カメラが狙っているのは外側ばかりで、内側に向かうカメラはないのだ。校内にプールを覗き見る不審者がいる可能性を考えていないのか。考えた上で知らぬふりをしているのか。単に予算がないのか。実際のところはわからないが、少なくとも内側で起きる問題より、内と外で起きる問題を警戒しているのは間違いない。他に校内で監視カメラがある場所が来客用の通用口や校舎裏の搬入口のような、外部の人間がやってくる場所ばかりというのも、そういう考えが透けて見える。
そのおかげで──というと怒られそうだが──校内で少々のトラブルを意図的に起こすことは、そう難しいことではない。少なくとも、落書き程度なら簡単にできた。
事前に素早く描ける絵を考えておけば、あとは人に見られないよう注意さえしておけばいい。ペン一本くらいならポケットに入っていても不審ではない。極めて手軽な悪戯である。あまりにも手軽な上に簡素な絵だったせいか、便乗犯が数件現れた。おかげで疑われすらしなかったのはありがたい。先生に呼び出されて問い詰められたときの誤魔化し方まで考えていたのだが、そっちは無駄になった。
てるてる坊主については、実は僕が置いたのは全体の三分の一に満たない。残りの三分の二は、やはり便乗犯と、あとは噂を真に受けた人によるものだ。噂の出所は、実はよくわからない。僕も知らないうちに話が一人歩きして、いつのまにかあの呪いじみた噂が出来上がっていた。まあ、どこかのオカルトかぶれがでっち上げてくれたのだろう。
さすがに中庭に浮き輪を浮かべるのは面倒だった。事前に用意して置いた浮き輪を噴水に放り込むだけなのだが、噴水のある中庭は四方を校舎に囲まれている。それはつまり四方から中庭が丸見えということだ。その状況で誰にも見られず浮き輪を放り込むというのは、かなり難しい。朝も放課後も、部活動をしている生徒がいるのがネックだった。結局、部活が休みになり人の数が少なくなるテスト期間に実行する事になってしまった。
騒ぎを起こすたび、SNSの投稿をチェックした。期待したとおり、無警戒に騒ぎについて投稿しているアカウントが見つかった。悪戯を繰り返すと、その分投稿をするアカウントは増えた。一度や二度なら受け流していた者も、三度、四度と繰り返されると、やはり気になってしまうのだろう。僕はそれらのアカウントを一つずつ精査し、明らかに生徒のものであるアカウントを除外していった。過去の投稿内容も全て遡り、疑わしいアカウントを絞っていく。
張り紙を貼るころには、目をつけたアカウントは十二まで絞り込まれていた。うち十個は、投稿内容に手がかりとなるものが少なく、生徒なのか教師なのかが判断できないものだ。しかし残りの二個は、投稿内容から生徒ではない可能性が高いと予想されるものだった。ただ、先生のものかはわからない。生徒でない風を装っているだけの可能性もあった。
正直、僕はこの十二のアカウントの中に先生のアカウントがあるとは思っていなかった。所詮は、一介の中学生の浅知恵だ。そう上手いこと求めたものが見つかるとは、みじんも思っていなかった。それでも一応、出来るところまではやっておくことにしたのは、中途半端なところで手を引くのは気持ちが悪いな、というだけの理由だった。
早朝の張り紙は、先生を狙ってやったことだった。張り紙の内容のほとんどは、ネットで適当に拾い集めたものだ。ただいくつか、先生のものかも知れないと目をつけていたアカウントの投稿から引用したものもあった。
なにかリアクションがあるかと思ったが、予想に反してこれは空振りだった。なんの反応もなかったのだ。SNSへの投稿はもちろんのこと、教頭先生からの呼び出しすらなかった。
あの厳しい教頭先生が、あんな内容の張り紙についてなんのアクションも起こさないなどということが、あるだろうか。最初に発見した生徒に状況を詳しく聞く位はするはずだ。それなのに、まったく声が掛からない。僕は訝しみ、そして一つの推論に行き着いた。
先生は、張り紙のことを教頭先生に報告せず、もみ消したのではないだろうか。
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