3.置き去りにされたが……



「俺がレベルアップに付き合ってやるよ!」


 ルードは、弟ルークに向かってそう言い放った。


「兄上が僕のレベルアップに? いいの?」


 ルークは思わずそう聞き返す。


 ルードもクラスを得たばかりで自分のレベルアップをしたいはずだ。

 それなのに、<外れスキル>を得た自分に付き合ってくれるというのだ。


「今までずっと努力してきたのに、経験値が得られないなんて可愛そう過ぎる。だから俺が手伝ってやるよ。一緒に強いモンスターを倒せば、経験値が増えるかもしれないだろ?」


 ルードはそう申し出る。


「ありがとう、ルード」


 ルークは兄の“気遣い”に感謝する。


「よし。じゃぁ、一緒に探索に行こう」


 そうして、兄弟は一緒に森を進んでいくことになった。


 †


 森を一時間ほど進んでいくと、だんだん出現するモンスターが強くなってきた。


「トロールだ」


 現れた巨大なモンスター。

 通常、クラスを授かったばかりの者では到底太刀打ちできない強敵だ。


 だが、


「――<神聖剣>!」


 ルードがオークをスキルで斬りつける。

 光に包まれた剣は、オークの結界(ライフ)を一気に削り切った。


(やっぱり、聖騎士はとんでもなく強いな……)


 ルークは内心で感嘆する。

 聖騎士には、<神聖剣>、<神聖結界>、<ヒール>の3つの初期スキルが備わっていた。

 どれも他のクラスの初期スキルとは比べ物にならないほど強力なもので、ルードは既に中級の冒険者程度の力を発揮していた。


 己の体技以外、何も持たないルークとは比べものにならない。


「ルーク、いまだ!」


 ルードの攻撃でひるんだトロールに、ルークも渾身の一撃を加える。

 ルードの<神聖剣>に比べれば、子供のような攻撃だが、それでもいくらかはトロールの結界を削れた。


 そして、そこにルードがさらにとどめの一撃を加えると、トロールはそのまま地面に倒れこんだ。


「……お、結構経験値がもらえたな」


 ルードはステータスを確認してそう言った。


「ルークはどうだ?」


「僕はまったくです」


 通常、パーティでモンスターを討伐すれば、その貢献度合いに応じてだが、パーティ全員に経験値が入る。だが、ここまでかなりのモンスターを倒してきたが、やはりルークには少しも経験値が入らなかった。


「そうか。トロールを倒してもダメか」


 ルークは親身になってレベル上げに付き合ってくれるルードに申し訳なくなってしまってくる。

 どれだけモンスターを倒しても、経験値は1たりとも上がらないのだ。

 この作業は無駄なものに思えてくる。


 だから、そろそろ帰ろうと提案しようと考えた。


 だが、次の瞬間。


 突然あたりに煙が漂い始める。


「なんだ!?」


 煙はどんどん膨れて、ルークの視界を奪っていく。


(な、何が起きているんだ!?)


 ルークは、当たりを見渡すが、煙で何も見えない。


「ルード!?」


 とりあえず兄の無事を確認しようとに呼びかける。

 だが、返事はない――――



 ◇


 ルードは煙の中、なるべく音を立てないようにその場を離れた。

 魔具で煙を発生させたのはルード自身だ。なので逃げ道はちゃんと分かっていた。

 すぐに煙から抜け出すことに成功した。


「ふひひ、バカなやつめ」


 取り残されたルークの表情を想像すると、ルードは笑いが止まらなかった。

 しかしルークに気づかれてはいけないので、必死に声を殺す。


「レベル1、スキルなしじゃ、あのあたりのCランクモンスターを倒すのは無理だ。絶対に生きて帰れないぞ」


 すべて、ルードの罠だった。

 ルードは力も地位も全てで兄ルークに負けていたが、今日その立場が逆転した。

 だからルードは大嫌いな弟を痛い目に合わせてやろうと、こうして森奥に置き去りにしたのだ。


「ザマァ見ろ! せいぜい苦しむといいさ!!」


 ◇



 煙の中、ルークは手探りで兄を探すが、伸ばした手は空を切るばかりだった。


 これ以上うかつに動くのは危険だと判断したルークは、音にだけ注意しながらじっと待った。少しすると煙が薄くなってきて、だんだんと視界が晴れてくる。


 そして、ルークは周辺にルードの姿がなくなっていることに気が付く。


「……兄上?」


 少し大きめな声で呼びかけるが、返事はない。


 煙で視界が奪われている間、モンスターの声などは聞こえなかった。つまり、ルードがモンスターに連れて行かれたとかそういう可能性はない。

 だとすると。


 そして、ルークは気が付く。


 ――――自分が置いて行かれたのだと。


 ここは強力な魔物が巣食う森の奥。

 入り口付近と違って、周囲には駆け出し冒険者では到底倒せない魔物がうろうろしている。

 ルークがここまで無傷で来れたのは、<聖騎士>という超レアクラスを持つルードがいたからに他ならない。

 道中戦ったモンスターたちは、ルークだけでは到底倒せない敵ばかりだった。


「……ハメられたの……か?」


 ルークの頭の中で思考がぐるぐるする。

 確かに嫌われているのは自覚していた。

 それがたった一日で変わるわけもないのも分かっていた。


(でも、血のつながった家族が、まさかこんなことをするはずがない……)


 だが現実にルークは森奥に取り残されている。

 この矛盾を必死に解決しようと頭を回転させる。


 そして、次の瞬間、ルークは一つの結論を導き出した。


「いや、待てよ。そういえば人間は追い込まれるとはスキルを開眼するって聞いたことがあるけど……」


 それは以前に読んだ本に書かれていたことだ。

 人間は命の危険にさらされると、新しいスキルを発現する可能性が高くなるという仮説だった。


(あの本は、家の書庫にあった。もしかして兄上もそれを知って……?)


 そうして、ルークの勘違いが始まった。


「そうか。兄上は僕がスキルに目覚められるようにわざと森奥に置き去りにしたのか……?」


 そう考えると、いろいろな“つじつま”があった。


(自力じゃこんな強い魔物がいる場所までくるのは無理だもんな)


 有用なスキルを授かれなかったルークをなんとかしようと、あえて崖から突き通した。

 弟を思う兄の行動。

 それがルークの結論だった。


 確かに、今の状況は大ピンチだ。

 スキルを持たないレベル1経験値0の男が、中級冒険者でも手こずる強敵がうろうろしている森に取り残されているのだから。


 だが、ここを切り抜ける中で、なにかしら有用なスキルに目覚めるかもしれない。

 いや。実はルークに――真正のマゾヒストな彼にとって、それはどうでもいいことなのかもしれない。


「これは兄上が与えてくれた試練(ごぼうび)……!」

 

 街に戻るその道中は、苦しいものになるだろう。

 だがその苦しみを想像すると、心の奥底から快感が押し寄せてくるのであった。

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