2.ドM勇者、追放を悦ぶ
10分前までスプリングスティーン伯爵家の跡継ぎであり、将来を渇望されていたルーク。
しかし、突然全てが奪い去られた。
実の父によって追放され、文字通り路頭に迷ってしまったのだ。
だが、そんな状況に、
「父上! 僕に試練(ごほうび)を与えてくださったのですね!!」
――ルークの表情はこれ以上ないほどの悦(よろこ)びに満ち溢れていた。
そう。
何を隠そうこの少年――――真正のマゾ。
――つまりドMなのである。
これまで伯爵家の跡取りとして将来を約束され、何不自由なく生きてきたルーク。
だが、そんな平坦な日常に彼は物足りなさを感じていた。
その折、神から正体不明の<外れクラス>を与えられ、実家を追い出さた。
けれど、そんな絶体絶命のピンチは、彼にとって快楽(よろこび)でしかなかったのだ。
「……父上は全てお見通しだったのですね!」
ルークが平坦な日常に飽き飽きしていたことを。
これ以上ない試練(よろこび)を求めていることを。
息子の望みを知っていたからこそ、父は試練を与えた。
ルークは、父がルークのためを思って追放したのだと「悟った」のだ。
「――さて、これからどうやって生きていこうか」
ルークは考えを巡らせる。
無一文で放り出された彼は、今日の寝食さえあてがない。
「とりあえず、ダンジョンに行ってモンスターを倒してみようか」
ルークはそう考えた。
有用ななスキルを何も持っていないルークだが、これまで剣術を磨いてきた。
幸い、腰には剣がある。
これさえあれば、低級のモンスター相手ならなんとか倒せる自信はあった。日銭を稼ぐことくらいはできるだろう。
「ついでに<耐える者>が本当にレベルアップしない外れクラスなのか検証しよう」
†
ルークは、街へ向かい、ギルドで冒険者登録を済ませた。
そして、モンスターの中でも弱い部類であるゴブリン討伐のクエストを受注する。
「初めてのクエストですから、十分に気を付けてくださいね」
ルークは受付のお姉さんからそう忠告を受ける。
「はい、そうします」
ルークはそう言いつつ、内心ワクワクしていた。
これまでも、弱いモンスターと戦う機会はあった。
しかし、それは父ジャーク共に見守られながらのことであり、万が一には助けてもらえるという安心感があった。だが、それは言い換えると、なんの危険もなく、ある種の惰性でもあったのだ。
だが今回は違う。間違って強力なモンスターと出くわせば、この身を危険にさらすことになる。その刺激は、ルークがまさに求めていたものであった。
†
ルークは三十分ほど歩き、ゴブリンの生息する森へとたどり着いた。
森の入り口付近には弱いモンスターしかいないため、初心者冒険者がレベルアップするのに定番の場所になっていた。
「よし、頑張ろう」
ルークは森へと足を踏み入れた。
そして少し歩いたところで、早速ゴブリンと出くわす。
「ギルゥ……」
ゴブリンが、威嚇のうなり声を上げる。
「……行くぞ!」
ルークは剣を引き抜き、ゴブリンへと斬りかかった。
ゴブリンも手に持っていたこん棒を振りかざすが、ルークの動きの方が圧倒的に速かった。
「グガァッ!!」
ルークの剣が、ゴブリンの体を斬りつける。
それによってゴブリンの体が切り裂かれることはなかった。
人間同様、ゴブリンの体は<結界(ライフ)>によって守られている。
――結界は、魔力によって生み出された防壁である。
敵の攻撃を打ち消し、身を守る。
これがあるうちは、身体には傷一つつかない。
だが、結界が薄くなってくると、痛みを感じるようになる。
結界が魔力を失った衝撃を、身体が痛みと感じるのだ。
つまり、ゴブリンがうめき声を上げたのは、ルークの剣戟によって結界がかなり薄くなっていることの現れだった。
ルークはさらに立て続けに、ゴブリンを斬りつける。
その一閃で、ゴブリンの結界(ライフ)を削り切った。そして剣はそのまま勢いを失うことなく、ゴブリンの身体を真っ二つに切り裂く。
「グガッ――――!!!」
ゴブリンは緑色の血しぶきをあげなら、絶命した。
ルークは一つ息をつく。
これまで必死に剣を学んできたルークにとって、ゴブリンは剣一つで倒せる相手だ。
実際に、倒したことも何度かあった。
しかし、その時は父に見守られながらの戦いだったが今は違う。
絶対に死なないとわかっている状況と、最悪死ぬ可能性もあるという状況ではまったく違う。
これがルークにとっては、生まれて初めての「命を賭けた」戦いだったのだ。
「……そうだ。経験値は――」
ルークの初期スキル<苦難>。
その説明によれば、ルークはモンスターを討伐しても経験値が増えない。
それが本当なのかを確かめる。
「<ステータス>」
ルークがそう唱えると、空中に光の文字が浮かび上がった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ステータス : ルーク・スプリングスティーン
レベル1(0/10,000)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レベル1。
クラスを与えられたばかりなのでそれは当然だ。
だが、問題は次の数字――経験値だった。
右の10,000という字は、レベルアップに必要な数値を示している。
そして、左の数字――ルークの場合は「0」。
これはルークがこれまで稼いだ経験値を示している。
その数値は、ゴブリンを倒したというのに、初期値である「0」からまったく動いていない。
「やっぱりモンスターを倒しても経験値は得られないのか……」
ルークはその事実を受け止める。やはり神官の言葉は間違っていなかったのだ。
「……でもまぁ絶対にレベルアップできないって決まったわけじゃないだろう。きっと何か方法はあるはず」
ルークはそうポジティブに捕らえていた。
彼は今までいろいろな本を読んできたが、その中に「レベルアップがまったくできない人間がいる」ということが書いてあるものは一冊もなかった。
であれば、何かしらの方法でレベルアップすることはできてもおかしくないと考えたのだ。
ルークは切り裂かれたゴブリンの胴体に手をつっこみ、中から魔石を取り出した。これがゴブリン討伐の証明になる。
「とりあえず、日銭を稼ぐために、もう少しゴブリンを倒そう」
――ルークは自分を鼓舞するようにそう呟いて、前を向いた。
だが、そんな彼に声をかける者がいた。
「よう、ルーク」
――声の主はよく見知った人間の者だった。
ルークが振り返ると、そこには兄、ルードの姿があった。
「兄上、どうしたんですか?」
ルークが尋ねると、ルードは言った。
「俺がレベルアップに付き合ってやるよ!」
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