第4話 "彼"から見たレオナルド

-----辛い、苦しい…。

耐えがたい痛みから解放されたくて手を伸ばしても、真綿で締め付けられているかの様な苦しみが"俺"を捉えて離さない。

真っ白のテーブルクロスには、自分の零した料理の残骸達が無造作に転がり染みを作っている。

そんなテーブルの向こう側で、俺の父でありスペディナ王国の王ーーアレクシス・スターリッジはこちらを見下ろしていた。


「ちち、うえ…」

「解毒剤が欲しいか、我が息子…アルトよ。欲しいのならば這いつくばるのをやめ、ここまで辿りつくがいい」


自分の息子に向けるものとは思えない眼で俺を見つめながら、父は解毒剤の入った小瓶をチラつかせて笑った。

そうだ、こいつに助けを求めても無駄だ。

何故ならこんなに苦しんでいるのは、他でもない父のせいなのだから。

俺は自分の中の甘えを捨て、血反吐を吐きそうになりながらなんとか立ち上がる。

それからフラフラとボヤけた視界の中で彷徨って、強い痺れのせいでもはや感覚のなくなった手を使い小瓶を奪い取った。

こぼしそうになりながら、何とか飲み干す。

荒くなっていた息が徐々に落ち着いて、今にも消えそうになっていた意識が浮上してきた。


「次はうまく毒入りを見つけろ。さもなくば、お前はじきに死ぬぞ」


父はそう言って、この部屋を出て行った。

この苦しみは、いつ解放されるんだろうか。

バタバタと俺の方に駆け寄る音がして、力の入らない体を向ける。


「ごめん、ごめんなさい…アルト…弱い母さんを許してちょうだい…」


母が優しく俺を抱きしめながら、俺に謝った。

違うよ、お母様。貴女のせいじゃない。次期王候補として、これは仕方ないことなんだ。

そう言いたいのに、疲弊した体では首を横に振るので精一杯で。

母の温もりに包まれて、俺は意識を途絶えさせた。




ーーそれから何年かが経ち、"私"は完璧に毒入りの食事を見抜くことができるようになっていた。

口に含んだ時の味や食感で理解していたものを、匂いでも感知できるようになったのだ。

しかし、週に1度のその訓練は私の中に深いトラウマを刻み込む。

空腹を感じても"料理を口に含むこと"に恐怖し、満足に食事ができないようになった。

次第に食事の量は減っていき、必要最低限の量しか口に入れないようになっていた。

そんなある日だった。

彼…レオナルド・ルーカスに出会ったのは。



学園を歩いていると、女性の甲高い声と共に、何かを投げつけたような音が響く。

気になって音のした方に近づいていくと、1人の令嬢がそそくさとその場を立ち去って行った。

そこに取り残されていた男は怒るわけでも、令嬢を追いかけるでもなく、その場に散乱したティーカップの破片をかき集めていた。

この学園にいるということは端くれでも貴族なのだから、替えなんていくらでもあるだろうに、彼は制服に染み付いた紅茶をハンカチで叩いている。


「あの時食べたお母様特製ミートパイ、美味しかったなぁ」


呑気なことを呟く姿に、何故だか腹が立った。

自分が『王族らしくあれ』と教育されていたからだろうか。貴族らしくない彼の姿を見て、無性に不愉快に感じてしまったのだ。

そんな心情のまま、私はザクザクと足音を立てて彼に近づく。

それでも一向にこちらに気がつかない彼は、先ほど呟いていた過去に想いを馳せているのだろう。

食事と共に思い出せる楽しげな記憶があるのが、憎らしくて仕方がない。

私にあるのは、あの忌々しい苦痛に満ちた訓練だけだというのに。


「君は貴族としての立ち振る舞いを、もう少し考えた方がいいんじゃないか」


堪らず悪意のこもった言葉で声をかけると、彼はようやくこちらを向いた。

黒く艶やかな髪と、蜂蜜の溶けた様な丸々とした瞳。

その瞳は、まるで私の全てを見透かす様で思わずたじろいだ。

すかさず、俺の横についていた従者が声を上げる。

ここに居てはまずい。無礼者として処される可能性がある。

既に毒気は抜かれていたが、私は酷い言葉を続けて投げつけ足早に去ろうとした…その時だった。


「農民を馬鹿にするな!貴方がどんなに豪華な食事をしていたとしても、その裏側には沢山の農家や畜産家達の絶え間ない努力があるんだぞ!」


そんな言葉が私の背中越しに飛び込んでくる。

ここまで本音をぶつけられたのは、いつぶりだろうか。

段々と食事を残す様になっていた私を咎める者は居なかった。同時に、どこか調子が悪いのかと心配する者もいなかった。

意識的に、他の人間と距離を置いていたからだろう。

王族に相応しい人間となる為に厳しい訓練を受けた私は、誰にも本心を読み取らせない様表情を押し殺して生きてきた。

そのせいでついた通り名は"凍てついた仮面"だ。

自分にぴったりな名だと思った。すっかり凍りついた自分を溶かしてくれる人間など、現れないと思っていたから。

でも、どうやらそれは私の勘違いだったらしい。

ーー嗚呼、探していたよ。

君の様な存在を、ずっと。


気づいた時には、俺は笑い出していた。

あれほど押さえていた感情が、こうも簡単に引き出されてしまうなんて。

剣を構えようとしていた従者達に、手を振りあげて静止させる。

そんな行動一つで、私の従者達は私のいう通りに動く。

これが、私の世界の全てだった。

自分の身を守る為に従う者、権利を横取りする機会を狙う者。それだけだった。

私の母でさえ、王に裁かれるのを恐れて自分の息子を差し出していたというのに。


「気に入った。名前を教えてもらっても?」

「レオナルド…レオナルド・ルーカスです」


まずは彼の勇気ある行動を、称えるとしようじゃないか。

こうして、私と彼の日々は始まった。

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貧乏子爵家の俺が"聖女様"なんてあり得ない! 寝村 @nemura_purin

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