第3話アルコールランプの儀式

その日の午後五時三十分、家に帰って来たオレは部屋にいる東阪さんに神宮校長について質問してみた。

「ねえ、何か怪しい計画があるみたいな話って知らない?」

「計画・・・、そういえば市の教育委員会で陰謀じみた話を聞いたことがあるな。」

「えっ!?それは本当か!」

オレは東阪さんに顔を近づけた。

「顔が近いぞ岡部くん・・・」

「すいません、それで陰謀というのは?」

「ほら、もうすぐ市長選挙が始まるだろ?その選挙の有力候補に田中努たなかつとむというのがいるんだけど、そいつが票を集めるために裏で金を集めさせているという陰謀なんだ。」

「その田中努って何者なの?」

「教育委員会で一番偉い人だよ、教育長と言えばいいかな。この市の学校に関することは全て教育委員会が決めていて、そのトップが教育長なんだ。」

「それはつまり、先生や校長に働きかけることができるということか・・・」

「うん、そうだね。教師や校長は教育委員会に認められて出世するから、教育長には頭が上がらないんだ。」

「ということはお金を払えば出世できますよとか言えば、先生や校長にいろんなことをさせることができるんだね。でも、どうして教育長の田中は金を払って何をしようとしているの?」

「おそらく市長選に向けて自分への票を集めようとしているんじゃないかと思う、次の市長になるために。」

「そんなことしていいのか?」

「公職選挙法違反だからもちろんダメだ、だけど世の中にはおれたちの見えないところで動いている悪い奴らがいるということさ。」

オレは怒りで右手を握りしめた。

みんなが大人に悪いことはしちゃダメと言っているのに、大人はいつもコソコソと悪事を働く。これじゃあ世の中がちっともよくならないよ。

「それはそうと岡部くん、入学式中止事件について何か情報は無いの?」

「あっ、そうだった。神宮校長の身辺調査が行われているけど、今のところは何もわかっていない。でも神宮校長は毎日昼頃になると、誰かに電話をかけているらしいんだ。」

「なるほど、それは臭うな・・・」

東阪は考えた後、ひざを叩いて言った。

「この事件はスクープになるかも。そうと決まったら、神宮校長へ直接取材へ行こう。早速アポを取ってくる。」

そう言って東阪は早速、学校に電話をかけた。

オレは仕事の邪魔をしては悪いと思い、部屋から出ていった。

「教育長による陰謀・・・、これは大事になったぞ。」

しかしオレは特に神宮校長とは関係ないことだと思っていた。








それから五日間捜査をしたけど、何一つ成果は無かった。

「事件の捜査にこれくらいのことはある、気を抜かずにがんばれ」

そう言って大貫はオレを励ましてくれた。

それから四日過ぎた二月二十六日、朝食にニュースを見ていたオレは、学校がニュースに映っていることに気づいた。

「昨夜、午後八時頃。春日井市西小学校の理科室で火災が発生しました。学校を巡回していた用務員の大貫虎二さんが、理科室から煙が出ているのを発見し消防へ通報しました。怪我人は出ておらず、消防と警察の捜査によって、火事の原因はアルコールランプについた火が理科室の暗幕に燃え広がったということです。警察は何者かが放火したという前提で、事件の捜査を進めていきます。」

まさか自分の学校で火事が起こるなんて、オレは夢にも思わなかった。

その後学校からのメールが吉野さんのスマホに送信されて、その日は休校することが決まった。

「今日は大貫さんには会えないか・・・」

オレは退屈そうに自分の部屋へと戻った、それから二時間後のこと、オレの部屋をノックする音がした。

オレがドアを開けると那谷さんだった。

「岡部くん、大貫さんが来たよ。」

「えっ!?大貫さんが、本当!?」

「うん、リビングで待ってる。」

オレは急いでリビングへ向かった、すると大貫が椅子に座りながら待っていた。

「よお、岡部。」

「もしかしてわざわざ来てくれたの?」

「ああ、今日は休みになってしまったからな。どうしても話しておきたくて、お前の家をさがしてなんとか見つけたよ。」

「それで話しというのは、昨日の火事のことなんでしょ?」

オレが言うと大貫は頷いた。

「ああ、オレはあの時学校の中を巡回していたんだ。知っていると思うが、この学校の理科室は二階にある。オレが二階の廊下を歩いていると、理科室がぼわぁと明るくなっていることに気づいた、最初は電気の消し忘れかと思ったが理科室に近づくにつれて焦げる臭いがしてな、そして覗いてみると火事が発生していたんだよ。」

「なるほど・・・、この事件の謎は一体だれがアルコールランプを持ってきて、火災を起こしたかについてだな・・・。」

「ん?岡部、今アルコールランプを持ってきてと言ったな?」

「はい、そうですが?」

「アルコールランプなんてどこの学校にもあるだろ?持ってくる必要はないじゃないか」

「いいえ、最近の学校にはアルコールランプなんてありません。」

岡部が言うと大貫は「えっ!?」と絶句した。

「確かに昔は学校の理科室にアルコールランプがありました、ですが今のこの学校にはアルコールランプはありません。」

「そうなのか・・・、知らなかったぞ。」

大貫は意外な顔をした。

「アルコールランプが学校から消えたのは、危険だからです。うちの学校でもアルコールランプによる火災があったことがあります。」

「本当か?」

オレは頷くと、その火災事件とその内容について語りだした。






今から三十年前の五月のある日、春日井市西小学校の理科室では小学五年生たちが、理科の授業でアルコールランプを使っていた。

ところがある男子生徒がふざけて火のついたアルコールランプを床に落としてしまい、炎が理科室全体に燃え広がった。幸い多くの生徒たちが無事に逃げきれたが、アルコールランプを床に落とした男子一人が死亡した。アルコールが男子の着ていた服にかかって、そこに引火したのが原因だった。

それから理科室でアルコールランプを使うと、時々全身真っ黒の子どもが理科室に現れるようになった

この出来事は学校の怪談として広まり、一部の生徒が肝だめしでアルコールランプを使う事件が発生した。

そして火災から三年後のある日、夜の春日井市西小学校の理科室では、肝だめしをするために三人の小学五年生がアルコールランプを使用した。

そのうちの一人がオカルトマニアで、アルコールランプの火をつけると、霊を呼ぶ呪文を唱え出した。

「ナタキ・ベコウ、ナタキ・ベコウ、ナタキ・ベコウ・・・」

すると理科室の角に、子どもと思われる人影が現れた。

人影は「助けて・・・助けて・・・」とか細い声で近づいてきた、三人の小学生はアルコールランプの火を消すことも忘れ、悲鳴をあげて理科室から逃げたした。

幸い火事にはならなかったが、この出来事で『アルコールランプの儀式』という怪談が生まれたのだった・・・。







「というのが、アルコールランプの儀式の話の全容です。」

「なるほど・・・、ってよく知っていたな岡部。」

「まあ、この学校の怪談話の一つになっていましたから。」

「そうか、でも今は怪談話をしている場合じゃないな。」

大貫はずれていた話を戻した。

「それもそうだけどもう一つ謎がある、それはどうして放火にわざわざアルコールランプを使ったのかについてだ。」

「なるほど・・・、確かに妙だな。」

「オレはアルコールランプの儀式に見せかけた犯行だと思う。それしかアルコールランプを使う意味が思いつかない。」

「確かにそうだな、それじゃあ放火の犯人は何者か・・・?」

「昨日の犯行時刻に学校にいたのは、大貫さんの他にいましたか?」

「その時は・・・、おれと美野島と細野しかいなかったな。」

「美野島と細野さんは何をしていたかわかる?」

「うーんと、美野島も細野さんも職員室で仕事をしていたな。」

「二人が不審なことをしていたのを見た?」

「う〜ん、そこはわからないな・・・。何せあの時は見回りしていたから、二人の近くにいなかったな。」

「そうか・・・、それじゃあ外から誰かが入ってきたというのはどう?」

「いや、その可能性はない。あの時学校にいたのは、おれを含めて三人だった。」

「となると、美野島か細野・・・もしくは共犯だね。」

オレは前日に美野島がオレと大貫のことを見ていたことを思い出し、真っ先に教頭が怪しいと思った。

「それにしても、アルコールランプなんてどこで手に入れたのかな?」

オレは気になったことを大貫に言った。

「確かに、売っている場所なんて検討もつかないな。いや、でもあそこなら・・・」

「大貫さん、心当たりがあるのですか?」

「学校の裏側の左端に、使われていない備品を置いておく倉庫があるんだ。そこにアルコールランプが置いてあるのを見たことがある。」

「ああ、白く塗られている倉庫か。でもその倉庫って普段は、鍵がかかっているよね?」

「ああ、倉庫の鍵はおれが預かって・・・あっ!?」

突然、大貫があることを思い出した。

「どうしたの大貫さん!」

「そういえば、二日前に美野島からあの倉庫の鍵を渡したことがあったんだ。あの時は倉庫の整理をしたいというから渡したんだけど、あの時に倉庫の中からアルコールランプを持ち出したとしたら・・・?」

オレの頭の中で犯人が思い浮かんだ。

「放火の犯人は・・・、美野島先生」

「仮にそうだとして、美野島先生はなぜ火事を起こしたのか・・・?」

「うーん、動機か・・・?」

オレと大貫は腕を組ながら考えたが、答えは出なかった。







大貫が帰ってから、オレは理科室の火災事件についてもう一度考えた。

「火の元となったアルコールランプから考えても、やはり美野島さんが怪しい。でも動機がイマイチつかめない・・・」

オレが机の上で考えていると、真理が部屋の中に入ってきた。

「学戸、ご飯よ〜」

「ああ、すぐに行くよ」

考えてばかりいてオレは空腹を忘れていたのか、オレのお腹が鳴った。

今日の夜ご飯は豚肉のしょうが焼きだ、オレが食べていると父の遥輝はるきが言った。

「学戸、お前の学校が何やら大変なことになっているみたいだな。」

「うん、校長に殺人予告状が来るわ、理科室が火事になったで、本当にめちゃくちゃだよ。」

「世の中、悪いことが続くものだね・・。早く元通りになるといいけど。そういえば家にも署名の人来なかった?」

遥輝は真理に質問した。

「来てないわよ、ていうか署名の人ってなんの話?」

「実は新一年生の親たちが、西小学校の入学式中止の撤回を求めて、署名活動をしているらしいんだ。同僚の妻がどうもその署名活動に参加しているようなんだ。」

「それはかなり大事ね・・・」

事件の影響が町内に広がっている・・・、早く解決しないといけないとオレは思った。


















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