KAC20228高性能人形の苦悩
@WA3bon
第1話 私だけのヒーロー
ヒーロー。どんな時でも助けてくれる英雄。
都合のいい話だ。そんなものに縋るなんて、人間は不合理きわまりない。
私は違う。不合理なご都合主義になど惑わされない。
なにせ、高性能かつ最新鋭なのだから。
「マスター。仕事をしてください」
人気のない店内。カウンターに突っ伏して居眠り中の男性に声をかける。
マスター。私を作った人形師。そしてこのネロ人形工房の店主だ。
そう。私は人間ではない。こうして複雑な思考をするし、外見上は十歳前後の女の子だ。
しかし魔道コアで稼働する最新鋭の自動人形である。
「あ? あぁ。ノワールか。せっかくいい夢見てたのに」
生あくびと生返事。そして八つ当たり。
店主と言うことは、当然店の切り盛りをしないといけない。なのに労働意欲がまるで見えない。
野放図なざんばら頭に無精髭。接客をしようという心構えさえもないようだ。
「腹減ったなぁ……」
そのくせお金がないとかお腹が減ったとか、愚痴だけはよくこぼす。
だったら働けばいいのに。マスターにはそれだけの技術がある。私の存在がなによりの証明だ。
バンボラの街。世界各地から人形師が集う、人形の街。
そんな環境にあっても、私の性能は群を抜いている。自惚れとか傲慢とかの不確かな感情論ではない。厳然とした分析の結果だ。
マスターはもっと私を使って宣伝をすればいいんだ。
なんなら売却しても構わない。どんな用途で使役されても、顧客を満足させる自信はある。なのに……。
「二度とそれ言うなよ?」
一度私の売却を進言したときは珍しく怒られたものだ。
人間の、特にマスターの思考は不合理極まりない。
「そもそもこの外見です!」
街へ買い物へ出掛けた私は、処理しきれない不満のタスクをつい口に出してしまった。
「お嬢ちゃん、お手伝い? 偉いねぇ」
道行くおばさんが声をかけてくる。
これである。子供がおつかいをしているとしか見られないのだ。
人形におつかいをさせること自体はこの街では珍しくもない。むしろ欲目にする光景だ。しかしそれも、工房が技術力をアピールするための宣伝活動である。
つまり私ではその役目を全うできていない、ということになる。本当に遺憾トイウ他ない。
「もっとこう、技術力を見せつけるハード設計をですね」
例えば……ウイングを付けたり胸に電気のこぎりを装備したり。頭部に魔道機関銃を内蔵するのも捨てがたい。
「ちょっといいかね?」
「あ! ドリル! 左手はドリルです!」
「うおっ!」
設計案のタスクが文字通り口から溢れてしまった。と同時に、目の前で男の人が尻餅を付く。急に驚かせてしまったようだ。
「大丈夫ですか? 申し訳ありません」
「うむ。これは本当に驚いたな……まるで人間と変わらん」
男性は差し伸べた手をしげしげと見つめながら、しきりに感心する。
「あの……?」
「あぁ。すまないね。実はワタシは人形の愛好家でね。バンボラまで買い付けに来たんだ」
そう言う彼は、身なりがかなりいい。
人形は安いものではないのだ。そのコレクターともなれば、貴族や豪商といった名士がほとんどだ。
と、先日読んだ月刊『ドールズフレンド』には書いてあった。
「どうかね? 是非、自動人形であるキミにワタシのコレクションを見てもらいたいのだが……」
思わぬチャンス到来。ここで私のことを、つまりはマスターの技術を売り込めば大口の顧客になる。
──でも……。
はたと躊躇する。『ドールズフレンド』には、人形は高価であるために関連する犯罪も横行しているとも書かれていた。知らない人にはついていかないこと、と。
──いいえ。高性能たる私が騙されるわけないです。
何よりもマスターの助けになるのだ。ためらう理由などない。
「是非とも行きます!」
男性のお家は立派で大きく、やはり見立て通りにお金持ちであった。さすが私。
「ささ。お茶でもどうぞ」
豪華な調度品が揃えられた応接間。出されたお茶も高級品なら、お茶菓子も街で行列ができるお店のものだ。
「ありがとうございます。それで、コレクションとい…うの、は……」
お茶を口に含んだ瞬間。急激に意識が遠のいていく。魔道コアからの魔力供給が阻害されている。故障? そんなはずはない。これはお茶に何かが……?
「ふふふ……お楽しみはこれから、ですよ」
ねっとりとまとわりつくような声を最後に、私の意識は闇に溶けていった。
『予備動力作動。再起動プロセス。セーフモードで実行』
「ん……?」
どのくらい落ちていたのだろう。予備動力に切り替わり、目を覚ます。魔力不足でまだくらくらと眩暈がする。
「あれ? う、動けない?」
起き上がろうとするが手足がびくともしない。鎖でベッドに拘束されているようだ。
「おや。さすが最新鋭モデルですね。もう再起動しましたか」
あの男性の声。なんでこんなことをするのか。抗議の視線を送る。
でも……。
「ひゃっ! ななななんで? 脱いでるんですか!」
男性は無言で服を脱ぎつつ、こちらへじわじわと近づいてくる。
マズイ。ピンチだ。しかし、慌てない。高性能な私に動揺は似合わない。
「う、迂闊でしたね! 私の溢れるパワーならこんなもの!」
人形の出力は、人間の筋力を大きく上回る。加えて私は最新鋭の高性能人形だ。そのパワーを持ってすれば鎖程度の拘束などなんの意味もない。
……はずだった。
「うーん! あれ? な、なんで?」
鎖を引きちぎるどころか、全然力が入らない。
「無駄ですよ。先程のお茶には魔力の経路をかき乱す効果がありましてな」
だからセーフモードなのか。万全ならば本当に問題なく対処できたはずなのに!
「ふふふ。天井のシミを数えている間に終わりますよ? ワタシ、小さい女の子が大好きでしてね?」
上着を脱いだ男がゆっくりとのしかかってきた。ゾワゾワと背筋に寒気が走る。
こんな機能まで有しているなんてさすが私。いや! 今はそんなことを言っている場合ではない。
「やめてください! 誰か……マスター! 助けて!」
「無駄無駄。ここには誰も来ないさ。何より、人形であるキミにナニをしても犯罪ではないのだよ?」
もうダメだ。諦めてギュッと目を瞑る。次の瞬間。
ドガン! 凄まじい破壊音と共に、部屋のドアが吹き飛んだ。
「おいおい。安普請だなぁ? ノックしたら壊れちまったぞ」
「マスター!」
野放図なざんばら頭に無精髭。見間違えるはずもない。
「なんだね君は! ワタシにこんなことをして──」
「寄ってくんな気持ち悪りぃ!」
有無を言わさず、マスターは半裸の男を文字通り一蹴した。
「ったく。お前の買い物はとんだ大冒険だな?」
ぶっきらぼうな言い草だが、高性能な私の目は誤魔化せない。マスターの発汗と呼吸、心拍数の乱れ。
大急ぎでここに向かってきたのだ。その理由は、解析の必要もない。
「ご心配をおかけしました……」
「お、おう? 妙に塩らしいじゃねぇか」
その後、マスターに拘束を解いてもらうもまだ十分に動けない。情けない……。
「ほれ、無理するな」
「うぅ…情けないです……」
結局マスターに背負われることに。高性能が聞いて呆れる醜態だ。
「その、今日は本当に申し訳ありません……」
道すがら改めて謝罪する。
自分が高性能と慢心した結果がこれである。穴があったら入りたいとはこの事か。
「まぁなんだ。店のことを考えてくれたんだろ? むしろ礼を言うぜ、相棒」
「あ、相棒、ですか?」
「おうよ。だからまぁ、気にすんなこの程度のトラブルはさ」
人形は物品である。自動人形が人間に近づこうとも、それは変わらない。悔しいがあの変態男の言う通りだ。
だからこそ私も商品として振る舞おうとしたのである。
しかしマスターは、そんな人形の私を相棒と、対等な相手と言ってくれた。
……本当に不合理である。
「私にとってはマスターは相棒ではないですけどね」
「それは手厳しいな」
苦笑するマスターの背に、そっと顔をくっつける。
そう。マスターはヒーローなのだ。私だけの、ヒーローなのである。
「ところでマスター。私にドリルを付ける気はありませんか?」
「え? ……本当にどっか壊れたか?」
その後しばらくマスターが優しくしてくれたのはまた別の話だ。
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