には出ないよ。
「好きです」
優しく丁寧な手紙。その最後に綴られた震えるような一言。その四文字に僕の心は浮かれて舞い上がる。だけど、すぐにその気持ちを深く沈めた。……だって、明るくて優しい彼女が僕のことを好きなわけなんてないから。
バレンタインデー。好きな人にチョコを送る日。
といっても、もう今となってはただの建前で。実際はただ女子が男子にチョコを配る日。お正月のお年玉や年賀状と同じだ。つまりは義理チョコならぬ、義務チョコなわけで。僕はいつも罪悪感を覚える。もちろん、男子がお返しする日もあるし、逆チョコ文化もあるわけだけど、基本的に女子先手なのが申し訳ない。
とはいえ、建前の習慣も消え去ったわけではないと思う。チョコと同時に告白されて、付き合い始めたクラスメートも見たことがあるし。漫画やアニメでも定番イベントだし。
つまりは、その、まぁ、形だけのイベントとはいえないわけで。みんなの心も浮わつくわけで。
……もちろん、僕も例外ではないわけで。
要するに、彼女にチョコをもらっただけでも、僕は嬉しくって堪らなかった。
でも……。
僕は浮かれる心を押し込める。これを告白として受け取ってしまうのは、思い上がりも甚だしいんじゃないかと思うから。だって、彼女と僕はただのクラスメートに過ぎなくて。挨拶する程度の関係で。彼女は他の人にも渡していて。そこには僕より優しいともだちもいて。
つまりは、僕のことを"好き"なわけない。だって、有象無象のひとりだもの。明るい彼女の言う"好き"と、うじうじな僕の思う"好き"とはきっと意味が違うだろう?
……仮に。もしも……。もしも、彼女が僕を"好き"だったとして。付き合ったとして、彼女が幸せになるかは分からない。
だって、ほら。僕は可愛い彼女に釣り合う男じゃないんだもの。楽しく過ごすことができないかも。
友だちの多い彼女みたいに、明るくないし、優しくない。人気者の彼女みたいに、賢くないし、強くもない。
……だから、チョコをもらったのだって、好意を向けられるのだって初めてだ。チョコの種類も好意の種類も分からない。
だから、僕は。こんな弱い僕だから。
……それを捨てた。
耐えきれなくて、持ちきれなくて。……嬉しい想いが壊れてしまうのが怖くって。信じることができなくて。
汚れた山にそっと差し込んだ。僕の気持ちをしまうように。それは傷つけないように。見つからないように。手放した。……つまり、僕は逃げ出した。重いものを投げ捨てて。
それでも、そのときの想いは忘れられない。
頭の中がはち切れそうで。目をつぶって、チョコレートケーキを頬張った。甘いそれは優しく僕に染みていき、嬉しい気持ちが溢れだす。それはそのまま、逆流してきて、口の中は酸っぱくなった。顔の奥が弾けそうだった。
……この気持ちを味わう資格も好意と一緒に捨ててしまったのに。
僕はひとり。苦い気持ちと立ち去った。甘い想いはそこに残して。
捨てたものは二度と食べれないと分かっていたけど。
せめて、彼女にはとびっきりのマシュマロを押しつけたい。とっても甘い祝福を。二度と彼女に会えないけれど。
これで僕と彼女はおしまい。始まるものは何もない。
ねぇ、笑って。 おくとりょう @n8osoeuta
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