マイリトルヒーロー

NADA

私だけのヒーロー

今日も雨か…

昨晩遅くから降り出した雨は、朝になっても止む気配がない

ため息まじりにカーテンを開ける


「ハナちゃん、今日も長靴で行けるよ」

「カッパも着る」

「いいよー雨降り楽しいねー」

と、笑顔を作ったけど、雨降りなんて全然楽しくない


四月から小学校に入学した一人娘のハナちゃんは、六月になる今もまだ一人では学校へ行けない

母親である自分が、毎朝小学校まで一緒に行く

周りの子どもたちは、ゴールデンウィーク後から子どもだけで通学している


たくさんの小学生に混ざって、大人である自分がハナちゃんについて行くのは、正直面倒で恥ずかしかった

本当なら、ハナちゃんを送り出して、家でのんびりできるはずだったのに…

雨だと、余計に億劫になる


「おはよー」

「おはよーございまーす」

近所の子どもが挨拶する

「今日もママが一緒なのー?」

子どもの容赦ない言葉を笑顔でやり過ごす

すぐに道草をしようとするハナちゃんを何とか学校まで連れていく

雨と汗でべたべたになりながら、傘と子どもたちでごった返す下駄箱へ行く


さて、今日は素直に教室へ行ってくれるだろうか?

次々に来る小学生の群れは、皆移動していき、遅刻してくる子が数人走って来るのが終わると、下駄箱にはハナちゃんとママだけになる


「一時間目、始まっちゃうよ」

担任の若い女の先生が迎えにくる

「ハナ、帰る」

「……」

近頃は、教室まで行けなくなってきた

しばらく、三人で押し問答を続けるが、担任の先生はハナちゃんひとりをみているわけにはいかない


「今日のところは、……、また、明日、がんばろっか?」

苦笑いで私を見る若い先生に、そうですね、と返事をして下駄箱を出る


ハナちゃんと、トボトボ校庭を歩いていると、二階の窓からおーい!と声がする

二年生のリクトくんだ

毎朝通ううちに、何となく顔見知りになって、いつも話しかけてくれる

帰るのー?とリクトくん

うん、またねーと手を振る

リクトくんが大きく頭の上で手を振った

少しだけ、気持ちが上を向いた

朝のあいさつをしたり、何気ない会話をするだけだったが、明るい笑顔のリクトくんを見ると、元気を分けてもらえる気がした


次の日は、晴れたので私の気持ちもいくらかマシだった

同じように下駄箱での先生とのやり取り

今日は、同じクラスの子どもたちも数人一緒に迎えに来て、ハナちゃんを誘ってくれた

ハナちゃんも満更ではなさそうだ

「よし、行こっか」

担任の先生とクラスメートに連れられて、ハナちゃんは教室へ歩いていった


ところが、お昼過ぎに帰って来たハナちゃんの様子がおかしい

体調は問題なさそうで、夕飯もいつも通りに食べたけれど、お風呂から出て寝る時に、もう、学校行かない、と布団を頭から被って言う

何かあったの?と聞いても、何も答えてくれない

その日はそのまま、ハナちゃんもママも眠りについた


次の日の朝、やっぱりハナちゃんは不機嫌で学校へ行く準備も手こずった

引きずるようにして、小学校まで連れていったけれど、ハナちゃんは下駄箱まで行けず、校庭にしゃがみこんだ

いつもより時間も遅くなり、梅雨のジメジメとした空気が身体中にまとわりつく感じがして、イライラした

「ハナちゃん!」

つい、声を荒げてしまう

動かないハナちゃんを、無理に立ち上がらせようとして腕を引っ張った

ハナちゃんが腕を振り払い、体勢を崩した私は、後ろに倒れてしまった

情けないのと、お尻が痛いのとで立ち上がる気力もなく地面に座っていると、頭上から声がした

「大丈夫?」

見上げると、リクトくんが手を差し出してのぞきこんでいる

「だいじょばない」

いい大人なのに、すねて言うとリクトくんは笑いながら手を引っ張ってくれた

「僕も今日寝坊して遅くなっちゃった」

優しい目のリクトくんが、のんびりと言う

「そっか、そんな日もあるよね」

お尻の砂をはたきながら、私は半笑いで立ち上がった

「そんな日もあるよ」

リクトくんは、そう言うと手を振り、じゃあねー、と走って行った


下駄箱から担任の先生が顔を出して、こっちへ走ってきた

昨日の音楽の時間に歌った新しい曲を、ハナちゃんは知らなくて、一人だけ歌えなかったことを気にしていたらしい

おうちで練習してみてください、と先生がコピーした楽譜をくれた


家に帰って、おもちゃの小さなピアノで楽譜を見ながら歌ってみた

最初は嫌がっていたハナちゃんも、そのうち一緒に歌いだした

その日は、一日その歌を歌いながら過ごした


翌日のハナちゃんは、自分から早い時間に学校へ行く準備をしていた

私は、昨日の尻餅のこともあり、あまり期待しないようにしようと元気なく家を出た

小学校に着いて、校庭を歩いているとおはよー!と後ろから元気な声がする

リクトくんだ

走ってきたリクトくんは、その勢いのままハナちゃんの手を取ると、行こー!と二人で下駄箱へ走って行った


リクトくんの後ろ姿が、私にはスーパーヒーローに見えた

マントはしてないけど、ランドセルを背負った小さなヒーロー

ありがとう…!



大丈夫かな、と校庭で下駄箱の方を気にしていたら、担任の先生が教室の窓から顔を出した

お母さん、ありがとうございますー、ハナちゃん来ましたから~と頭を下げた


お願いしまーす!と私もお辞儀をして、学校を後にした



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マイリトルヒーロー NADA @monokaki

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